第3話 花子さん、猫耳をつける
「ふん、ふんふ~ん」
(男子トイレの個室のドアが開く音)
「ふぇあっ!
ちょ、ちょっと、だからノックしてってば!」
「もぉ、幽霊だって、
プライバシーがあるんだからね」
「ん? これ? 何かって?」
「見ればわかるでしょ?」
「ね こ み み」
「えー……。
もっと、喜ぶと思ったのに」
「わたしの調べによると、人間は猫が好きなんでしょ?」
(主人公が首を傾げるので、)
「むー……」
「やっぱり、ちゃんとした猫耳じゃないとダメだったかぁ」
(猫耳カチューシャを取り外す音)
「これ?
実は猫耳、というより猫又耳なんだよねぇ」
「どの辺がちがうかって?」
「ホラ、よく見て」
(花子さんが主人公に近づく)
「耳がちょっとシワシワでしょ?」
「それに……」
「ちょっと、耳貸して」
(花子さん、内緒話をするように)
「耳毛が、長い」
(花子さんが主人公から離れる)
「内緒だよ!」
「猫又に聞かれたら、怒られちゃう」
「それに、君を猫又に会わせたくないしね~」
「なんでって?」
(花子さん口をすぼめて、)
「だって……
猫又はかわいいもん」
「きっと、君もメロメロのきゅるきゅるに——って」
「えっ?
犬派? 君、犬派なの?」
「あはは」
「なーんだ、よかったぁ!」
「じゃあ、今度は犬の尻尾つけてくるね!」
「つけなくていい?」
「なんでよーぅ」
「うううぅぅう……」
「ウッキャー!!」
「やだやだ!
尻尾!
つける!」
(主人公が落ち着かせようとするので、)
「いやいや、
わたしは、
おおあ落ち着いていますよ!」
(花子さん息切れしながら、)
「冷静ですぅ!
これ以上ないほど、落ち着いていますけどぉ?」
(気まずい間)
「だ、だって」
「せっかく、わたしのこと、みえる人に、出会えたのに」
「こうやって引き留めたりしないと」
(ズズズーっと、花子さんが鼻をすする音)
「また、ひとりぽっちに……」
(カランカランカラン、とトイレットペーパーを勢いよく出す音)
(チーン、と鼻をかむ音)
「いいんです。いいんですよ。
今更、慰めなんていらないです」
「どうせ、わたしは陰キャで変態で不衛生なトイレに住むお胸がまな板の廃れた幽霊です」
「自虐がすぎる?」
「少年よ、放っておいてくれたまえ!」
(そっぽを向いてしまった花子さんに、主人公がフォローするので、)
「えっ?
高校一年生だから、まだあと二年はいるって?」
「ほ、本当?」
「じゃあ、まだ一緒にいられるの?」
「うれしい」
「今度は、君の話を聞かせてよ」
「知りたい……じゃなくて、
聞きたいんだ。君の話」
(チャイムが鳴る音)
「あっ……。
時間だね」
「ちょっと、さみしいな、なんてね」
(ギイィ、とトイレの個室ドアが開く音)
「早く行きなよ、遅刻するよ」
「ん? 犬みたい?」
「わたしが?」
(主人公がトイレから去って行く足音)
(遠くの方で、生徒たちが話している声)
「わんわん、とか……」
「かわいらしく言ってみれば、よかったのかな?」
(遠のいていく周囲の声)
「人間の男の子って、
どんな女の子が好きなんだろう」
(無音)
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