第7話 楽園の英雄と歌姫


 ──湖畔の街ボイガン二番街、メイリー自宅


「ぐぬぬ……」


 あの下着事件から一週間、メイリーが一向に進まないウッドレイとの関係に、寝室のベッドの上でぐぬぬする。もちろんあれからもウッドレイはメイリーを助け続けてはいるのだが、すぐに立ち去ってしまう。どうやらウッドレイは逃走した軍の跡地を立ち入り禁止にし、一人で何かをしているようなのだが──


「なんなのなんなのなんなのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! 私の下着であれやこれやするんだったら私であれやこれやしてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 近所迷惑になりそうなくらいのメイリーの叫びだが、実はメイリーの家は防音がしっかりとしている。そう、メイリーはをしているのだ。それというのも今から二ヶ月前、メイリーがウッドレイに助けられたH.I.S.ヒスの大侵攻。その際、メイリーの頑張りは送像機によって受像機を持つ人々に見守られていた。

 どう頑張っても死からは逃れられない状況でのメイリーの頑張りに、涙を流した者も少なくない。それに加え、ウッドレイのために歌ったあの歌声が予想以上の反響で、今やメイリーはボイガンの歌姫としてもてはやされていた。そんな中でスポンサーのような人も現れ、歌の練習をしやすいようにと今の家をプレゼントされたのだ。

 あのH.I.S.ヒスの大侵攻のゴタゴタの中で軍はどこかへと消え、住む場所のなくなったメイリーにはありがたい話。

 そうして今現在メイリーは、定期的にコンサートのようなものを行っている。メイリーの歌には身体再生力向上の効果もあり、心も体も癒されると大人気である。

 一番街のお洒落なショッピングモールにはメイリーの専門店が開店し、アクリルスタンドやポスターなどの様々なグッズが飛ぶように売れている。ボイガンは今、滅びゆく世界に誕生した歌姫の熱に浮かされていた。


「はぁ……、とりあえずこの間のH.I.S.ヒスの大侵攻はなんとかなったけど……、滅亡の危機を回避出来た訳じゃないよね……。だからこそ滅んじゃう前にウッドレイと思いっきりイチャイチャしたいのに……」 


 いまだこの世界は滅びの危機に瀕している。いつまたH.I.S.ヒスの大侵攻が起きるか分からないし、だからといって解決策すらない。もしかすればどこかへ逃走した軍が戦士グレイスの数を増やし、H.I.S.ヒスと戦える力を手に入れるかもしれないが──

 今のボイガンには、ウッドレイ以外に戦闘系の戦士グレイスがいない。街ではウッドレイとメイリーがいればなんとかなる──というような楽観的な考えも増えてはいるが、正直ウッドレイとメイリーだけではどうしようもない。なぜなら前回のH.I.S.ヒスの大侵攻は、以前ウッドレイが失敗した大侵攻と比べ、小規模だったのだ。前回のH.I.S.ヒスの大侵攻で現れたH.I.S.ヒスの数は三百を少し超える程度であり、ウッドレイが失敗した大侵攻では、三千体を超えるH.I.S.ヒスが現れている。

 次にまたその規模の大侵攻が起きれば、おそらくボイガンは滅びるだろう。


「ウッドレイは今後のことどう考えてるのかな……? 軍の跡地に住み着いてゴソゴソ何かやってるみたいだけど……。あぁ……、会いたいなウッドレイ……また五番街まで行ってウッドレイのこと召喚しようかな……」


 そんな独り言を呟きながら、メイリーがクローゼットを開けてゴソゴソと服を出し、着替え始めた。そうして着替え終わり、姿見の前でポーズを決める。


「うわぁ……、ちょっとこれはえっち過ぎたかなぁ……、でもウッドレイがえっちな服も似合うって言ってくれたし……」


 メイリーが着替えた服は、ニットと呼ばれる素材を使ったワンピースで、例によってパンツが見えそうなほどに丈が短い。パンツも懲りずに背伸びした際どい紐パンツにしたし、ワンピースのデザインもボディラインがハッキリと分かる形状で、胸の大きさや腰のくびれが強調されている。なにより──


「背中開きすぎじゃない? え? もうこれほとんど裸じゃん。ブラも丸見えだし、むしろブラはしない方がいいのかなぁ?」


 メイリーが姿見の前で色々とポーズを決めながら、ブラジャーを外してポイッとベッドの上に投げる。


「うわうわ! これ……、角度によっては胸が見えちゃわない? まあでも……、もしかしたらこれくらい刺激的な方がウッドレイも……」


 言いながらメイリーが頬を赤らめて顔を抑え、「ウッドレイもなに!? なになに私!? 何を期待してるの私は!? きゃーっ!!」と騒ぐ。そんないつも通りの独り騒ぎをしているメイリーだったが、突然ゴゴゴッ! という大きな地鳴りと共に床が揺れ──


「なに!? なになに!? 地震!?」


 ──と、急いで家の外へと出た。そうして家の外へと出たメイリーの目に、信じられない光景が飛び込む。


「え!? どういうこと!? 景色が動いてる!?」


 そう、。メイリーの家は少し高い位置にあり、スラムのあるボイガン川の河川敷がよく見える。よく見えるのだが──

 。先程より揺れは収まったが、相変わらずゴゴゴッと地面も揺れ続けている。

 

「ど、どういうこと……? わ、私の目がおかしくなっちゃったとか……? それとも夢……?」


 目の前の信じられない光景にメイリーが目をこすり、頬をつねるが──


「目もおかしくないし夢でもない!」


 見れば近隣の家からも人が飛び出し、「な、なんだ!」「ボ、ボイガンが動いてる!?」「ど、どういうこと!?」と困惑の色を隠せない様子で騒いでいた。そんな中、「皆さん聞こえますか?」と、ボイガン全域にウッドレイの声が響き渡る。どうやら軍が使っていた放送機を使用しているようで、ボイガン中の人々がウッドレイの放送に耳を傾ける。


「すみません皆さん。驚かれましたよね。実は僕が軍属だった時、ある計画が進められていたことを思い出したんです。それは【ボイガン地上移動楽園都市計画】と呼ばれるもので、文字通りボイガンを移動式の都市へとする計画です。工事はほとんど終わっていたようで、後は実行に移すだけという段階で先日のH.I.S.ヒスの大侵攻が起きました。それによって軍はボイガンを囮にして逃げ出し、現在の状況となっています。奇しくも先日のH.I.S.ヒスの大侵攻のおかげで僕達は腐敗した軍の管理から解放され、この楽園となり得るボイガンを手に入れました。と言っても、まだ滅亡の危機を脱した訳ではありません。これからもH.I.S.ヒスの大侵攻は起きるでしょうし、多くの犠牲が出るとは思います。ですが安心して下さい。このボイガンには楽園の歌姫と僕がいます。今から八ヶ月前、僕は失敗しました。それによって多くの方を失望させたとは思いますが、もう一度僕を信じてはくれないでしょうか?」


 ウッドレイのにわかには信じがたい話に、住民達は一瞬黙ったが、すぐに「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」と地鳴りのような歓声を上げ始めた。滅びゆく運命にあったボイガンに現れた英雄ウッドレイと、歌姫メイリー。そうしてボイガン地上移動楽園都市計画というパワーワードに、ボイガン中の住民が歓喜した。


「ありがとうございます。皆さんの歓声はこちらまで聞こえています。それともう一つ、皆さんに希望となり得る話があります。 本当はもう少し早くお知らせしたかったのですが、この二ヶ月間、一人で作業していたので色々と手が回らず、遅くなってしまいました」


 相変わらずの紳士的なウッドレイの言葉。先程までの地鳴りのような歓声はやみ、皆がウッドレイの放送に耳を傾ける。


「実はボイガン以外でも、人類が生存している可能性が判明しました。軍はそれを把握していながら、秘匿していたんです。おそらく慌ててボイガンから脱出したのか……、それともボイガンは滅びると思ってそのままにしたのか……、人類生存可能性区域の書類が残されていました。それによれば、ボイガンからおよそ千三百キロ南のトランタという街と、トランタからおよそ三千キロ西のディエゴという港町で人類が生存している可能性があります。ひとまずこの地上移動楽園都市ボイガンは南のトランタを目指して進ませていますが、それで問題はないでしょうか? もし問題がないのであれば、先程のように歓声を上げて頂ければ助かります」


 ウッドレイのその言葉に、住民達が一度黙った後で一斉に歓声を上げる。その歓声は大気を震わせるほどに轟き──


 気付けばメイリーは軍の跡地を目指して駆け出していた。ちょっとえっちな格好で、走れば色々と見えてしまうが──

 それに構わず走る。先程ウッドレイは「この二ヶ月間、一人で作業していたので色々と手が回らず、遅くなってしまいました」と言っていた。それはつまり、ウッドレイはこの計画を実行するためにすぐに自分の元から立ち去っていたのでは──と考え、ようやく一緒にいられる時間が確保出来るのだと、街の住民達とは違う意味で喜んでいた。



 ──湖畔の街ボイガン南部、ボイガン軍跡地


「ウッドレイ! どこにいるのウッドレイ!?」


 軍の跡地へと辿り着いたメイリーが、ウッドレイを探して走り回る。先程放送をしていたので、おそらく放送部にいると思ったのだがおらず──


「ウッドレェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェイッ!!」


 ウッドレイに会いたい一心で、メイリーが叫ぶ。


「うぅ……どこにいるのウッドレイ……、会いたい……会いたいよ……」


 どれだけ走り回ってもウッドレイは見つからず、メイリーの目にじわりと涙が滲む。そんな中、「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」という地鳴りのような歓声がした。方角は軍施設に併設された集会ホール。さらに集会ホールからは「ウッドレイ! ウッドレイ! ウッドレイ!!」と凄まじいウッドレイコールが響く。


 メイリーが急ぎ集会ホールへ向かい、開け放たれた扉を通り抜ける。するとそこには、集会ホールの壇上の上、集まった住民達に手を振るウッドレイの姿。どうやらメイリーが軍跡地へと向かっている間に、ウッドレイが「地上移動楽園都市ボイガンの運営にあたり、様々な技能を持った方にご協力頂きたいので、集会ホールへ集まって頂けると助かります。最優先は機械関連や電気、ガスなどのエネルギー関連に強い方ですが、その他にも医療、建築、料理、裁縫など、我こそはという方はお集まり下さい」と放送していたようなのだが──

 舞い上がって叫びながら走っていたメイリーは、その放送を聴き逃していたようだ。


 そんな中、住民達へ手を振っていたウッドレイがメイリーを見つけ、体が淡く光り輝いて一瞬でメイリーの元まで移動した。手にはいつの間にか大きな黒い布を持ち、メイリーの目に滲む涙を優しく指で拭う。


「ウッドレイ……」


 いつもの如く、きゅんきゅんしたメイリーが頬を赤らめる。そんなメイリーに「今日の服装もとても魅力的で素敵だね」とウッドレイが優しく囁き、「だけど……」と言いながらメイリーを黒い布で包み込む。そうして布の中に手を突っ込んだウッドレイが例の如くメイリーの服を脱がし、着替えさせ始めた。布の中からは「ああ!」「い、いや!」「んっ……!」と、メイリーの恥じらいの声が漏れる。そうしてウッドレイが黒い布をどけると、中からはいつもの膝丈のワンピースに着替え終わったメイリーが姿を現した。


「とても素敵な服だったけど、君の大事な部分が不特定多数に見えてしまいそうだったからね。もしさっきみたいな服を着たいなら、誰にも見られない僕と二人だけの時にして欲しい」


 ウッドレイのその言葉に、メイリーが目を見開いて「ええ!?」と驚く。


「え? え!? 今『誰にも見られない僕と二人だけの時』って言った!? 言ったよね!? え? それってつまり二人っきりで……? えっちな格好で……? ええ!? うそうそ!? そうなの!? 誰にも見られないってことは外じゃないよね!? 室内だよね!? ええ!? ウッドレイと……? えっちな格好で……? 密室で……? きゃーっ!!」


 そんな独り叫びをするメイリーを、ウッドレイが優しく見つめる。


 もちろん手にはメイリーの際どい紐パンツを握りしめ──





 ***


 ──地上移動楽園都市ボイガン


 メリカ国シガン州、湖畔の街ボイガンが元あった場所から南へ百キロの位置に、【地上移動楽園都市ボイガン】はいた。移動速度は時速十キロとゆっくりではあるが、この終末世界には似つかわしくない、賑やかな声が響く。

 H.I.S.ヒスの脅威が去った訳ではないし、これから向かうトランタに人類の生き残りがいるのかもはっきりとは分かっていない。もしかすれば逃走したボイガン軍とどこかで邂逅し、戦闘になるかもしれない。

 正直未来は不透明で不安しかないが、この【地上移動楽園都市ボイガン】に暮らす人々の顔は明るい。


 なぜならこの楽園には英雄と歌姫がいる。


 英雄であるウッドレイは少し変わって……、いや、かなり変わってはいるが、歌姫の歌の力をその身に宿し、何百、何千だろうとH.I.S.ヒスを屠る。駆ける軌道は【紅蓮の軌跡】と呼ばれ、未来への道を切り拓く。


 そうして歌姫であるメイリーは、その美しい歌声で住民の傷を癒し、明日への活力をもたらしてくれる。今も集会ホールからは──


「みんな集まってくれてありがとー! 未来のことなんて分からないし、これからとんでもない苦難が待ってるかもしれない! でも諦めなければ道はきっと拓ける! ううん……、私達みんなで切り拓くの! 準備はいい? 行くよ! 私の魂の叫びを受け取って! 響け! roar of the soul!!」



『歪められた日常 引き裂かれた感情 もう戻れないあの場所に 狂った運命が根を張っている


 全て奪われるよう 心まで奪われるよう 動きを止めた私の四肢が もがくように震えている


 ああ、なぜ私の四肢は動かない それはあなたに汚されたから


 ああ、なぜ私は叫んでいるの それはあなたを許さないから


 興味の失せた朽ちた玩具 自力で巻けない錆びたネジ 崩れ落ちる前の最後の足掻き


 roar to break the controlled story

 roar to break the chained story

 roar to break the controlled world

 roar to break the chained world


 I wish is a narrative not a story


 幸せな日常 満ち足りた感情 もう戻らないあの場所に 狂った運命が根を張っている


 全て奪われたよう 心まで奪われたよう 動きを止めた私の四肢は 何も出来ずに震えている


 ああ、なぜ私の体は冷たいの それはあなたに汚されたから


 ああ、なぜ私は泣いているの それはあなたを許せないから


 興味の失せた朽ちた体 満たすことの出来ない心 崩れ落ちる前の最後の叫び


 roar to break the controlled story

 roar to break the chained story

 roar to break the controlled world

 roar to break the chained world


 I wish is a narrative not a story


 壊れた玩具を見て安心した? 壊れた玩具を見て興奮した? ほら見てみなよ 気付けばあなたの四肢も錆びている


 ほらもう一度 壊れた四肢で絡み合い あなたの上で叫んで果てる』



 ──と、力強くも澄んだメイリーの歌声が響いていた。






 ──思い出は宝石のように輝いて、砂上の楼閣のように脆く儚い。そして君が歌い、世界は色付く。(完)

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思い出は宝石のように輝いて、砂上の楼閣のように脆く儚い。そして君が歌い、世界は色付く。 鋏池 穏美 @tukaike

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