第2話 絆

妻に朝から嘘をついて家を出る。それでも愛を感じるお見送りを受けた。


レンタルスペースを借りた。湾港地域にした。鍵の受け渡しが備え付けのキーボックスになっている。つまり現地には誰もいない。周囲は倉庫やハバーベイで平日は人がいない。奴と私の2人だけだ。


奴に伝えた時間より30分早く着く。ナンバーロック形式のボックスからキーを取り出し中に入る。簡素な部屋だった。30平米のレンタルルーム。コンクリートの打ちっぱなしの壁。白い光沢のあるタイル。そこに事務的な机と4脚のパイプ椅子が置かれている。壁掛けのテレビモニターの正面の席に腰かけてリモコンを操作する。


あと20分もすれば奴が来る。


あの日、私は寝室から前妻と奴を引きずりだした。服も着せずに廊下に2人を立たせて話を聞いた。前妻はこんなに早く帰ってくるなんてと言った。私は激高を抑えて男に話を聞いた。あなたの奥さんはすごくいいと言った。私は奴の顔を殴った。


膝をついた奴の腹を蹴り上げた。腹を抑えて仰向けになった男に馬乗りになり顔を殴った。前妻が体当たりして私を止めた。男は腫れた頬を手で押さえていた。口元は笑っていた。


ちょうどテレビでも不倫の話をしている。コメンテーターは結婚して1年もしないうちに、なんて言って責めている。私は前妻と5年過ごした。


スマホに奴の到着の知らせがきた。テレビを消した。


私が玄関を開けると奴はやはり笑顔で立っていた。迎え入れて先を歩かせた。座席に向かって歩く男の背中に前蹴りを入れた。男は足に重心を残したまま勢いを殺せずに海老反りになって前へ倒れ込んだ。椅子の背もたれに突っ込んで顔面をぶつけた。それでもなんとか腕を付いて床に倒れた。


私は想像していた通りに男のサイドに回り込んで脇腹を蹴り上げる。この部屋は靴を履いたままで良い。革靴の硬さを腹の柔らかいところに刺す。何度か蹴った。自分の足先の頑丈さと相談してから硬いあばらの方を蹴った。3度目に蹴ったら感触が変わった。きっと折れた。折れたあばらが臓器を傷付けることがある。私は蹴るのをやめた。


男は吐血して床を汚している。屈んで髪を掴んで頭を持ち上げた。男はやはり笑っていた。


前妻はそれでも賢い人だった。不倫に興じて時間を忘れる人ではない。靴をわざわざ玄関に置いておくのも不思議なくらいだ。私はすべてこの男の奇妙な習性なのではないかと、すべてが一段落してから感じとった。


この男は前妻がシャワーを浴びる隙にわざわざ隠した靴を玄関先に置いたのではないだろうか。行為にふける前妻に嘘の時間を伝えたのではないだろうか。バレることが、私の顔を見ることがこの男の目的だったのではないだろうか。


私の2回目の結婚式について知り、映像関係の仕事のつてをたどって意図的に入り込んだのではないだろうか。


吐血しながらまだ笑う男を見て私は疑いを確信に変えた。


男の頭を無理矢理引っ張り上げた。耳元で言った。


「地獄でまた会おう」


男は血を吐き出しながら声をあげて嬉しそうに笑ったから、今度は反対側の脇腹を蹴り上げた。




帰りの車を運転しながら私はなぜそう言ったのか考えていた。自分でもよくわからなかった。


男は地獄に落ちるだろう。私も2度も男を暴行したのだから地獄に落ちる。地獄に行く知り合いはたしかに彼しかいない。


夜、ベットの中で妻が私を心配した。口数が少ないのだという。私はしまったと思いここは素直に質問することにした。


「もしも地獄に堕ちても一緒にきてくれるかい」「あなたも私も天国へいくから安心して」


妻はそう言って私に身を寄せて地肌を重ね合わせた。私は安心したふりをして死後を共に出来ない女性と行為に及ぶ。あの男のことを脳裏に焼き付けたまま射精した。

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地獄でまた会おう ぽんぽん丸 @mukuponpon

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