そこは私の場所なのですが

六散人

 

「そこは私の場所なのですが。

譲って頂けませんか?」

その男は私に近づいて来て、唐突にそう言った。


私は幾分ムッとして、言い返す。

「あなた何を図々しいことを言ってるんですか?

他にも開いている場所はあるでしょ」


そもそも私が立っているのは、山手線のドア沿いの場所だ。

座席ではない。

今の時間は空いている座席がいくらでもあるのに、なぜこの男はわざわざこの場所を譲れなどと言うのだろう。


私は少し意地になって、その男を睨みつけた。

すると男は、私を憐れむような目で見て言った。

「残念です。後一日でしたのに」


そう言い残すと、男は歩き去って行く。

その後姿に、私は心の中で悪態をついた。


そしてドアの外を見ると、女が立っていた。

あり得ないことに、その女が立っているのは電車の外。

そして走る電車の扉に貼り付くように、中にいる私を見ていた。

その顔には、何故か歓喜の表情が浮かんでいる。


「うああ」

私は思わず叫んで後ずさる。


そんな私を、周囲に乗客たちが怪訝な顔で見ていた。

彼らにはあの女が見えていないようだ。


女は後ずさる私を追うように、扉をすり抜けて車内へと入って来た。

怯えた私は、急いで別の車両に向かって逃げ出した。


息を切らして車内を走る私を、他の乗客たちが迷惑そうな顔で見ている。

しかしそんなことには構っていられなかった。


暫く走ると息が切れて、耐えられなくなった。

仕方なしに立ち止まると、背中に何かが密着する感覚が伝わって来る。


さっきの女だ。

直感がそう物語っているが、私には振り返る勇気がない。


その時目の前に誰かが立った。

顔を上げて見ると、先程の男だった。


男は言った。

「残念です。

今日で祓える筈でしたのに。

そこまであなたに懐かれては、もう無理ですね」


そう言い残して、男は去って行った。

その時私の頬に何かが触れた。

あの女が、私に頬擦りしているのだ。

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そこは私の場所なのですが 六散人 @ROKUSANJIN

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