狐の嫁憑き

何が怖いって？

　単純（たんじゅん）な話（はなし）、僕（ぼく）は覚（おぼ）えていないんだ。

　あ、いや、神社（じんじゃ）でのことはさっきいったようによく覚えているよ。

　でもさ、帰（かえ）りのことがねえ……。

　あのときは助（たす）けられた、おまえのおかげだって、事（こと）あるごとにいわれるけどさ。

　あの帰り、僕はもう疲（つか）れてぐっすり寝（ね）てたはずなんだ。

　それなのに、父（とう）さんも母（かあ）さんも、帰りもまた迷（まよ）ったけど、こっち、あっちと僕が指（さ）していたっていうんだ。それを信（しん）じたら無事（ぶじ）帰れたって。よく道を覚えていたな、えらい！　なんていうけど。

　そういえば、もう一（ひと）つ不思議（ふしぎ）なことがある。

　父さんは、僕が迷子（まいご）になったから捜（さが）し回（まわ）ってた、なのにひょこっと出（で）てきて前（まえ）を走（はし）って、神社に入（はい）ったとかもいう。知（し）らないよ、そんなこと。出来（でき）るわけないよ、ずっと神社で遊（あそ）んでいたし、ここにいたほうが親（おや）に見付（みつ）けてもらえるよって、あの子（こ）もいっていたし。

　僕が知（し）らない僕の話（はなし）を家族（かぞく）がするのは薄気味悪（うすきみわる）いもんでしょ？

　そんなの知らないっていっても、あの時（とき）おまえはまだ子どもだったからなあ、なんて、笑（わら）われるんだ。もうね、怖（こわ）いよりも不愉快（ふゆかい）だから、最近（さいきん）は「はいはい」って、生返事（なまへんじ）だよ、その話が出てくるたび。親戚（しんせき）の集（あつ）まりでいちいちされるのは堪（たま）らないよ。

　え？

　あ、ああ……。

　約束（やくそく）は果（は）たしたいよ、当然（とうぜん）。

　僕も会（あ）えるものなら会いたい。

　あの子にもう一度（いちど）。

　あれから何度（なんど）か親（おや）にあそこへまた行（い）こうってせがんだんだけど、迷（まよ）った末（すえ）だから分（わ）からないっていうんだ。

　大人（おとな）になって、免許（めんきょ）取（と）ってから自分（じぶん）でも行（い）こうとしたけどやっぱりたどり着（つ）けてない。

　うん。

　忘（わす）れてはいない。

　忘れられない。

　……。

　なんで、君（きみ）、うれしそうなの？