狐の嫁憑き

小学校低学年の頃の話

 こわい話か……。


 うん、ひとつだけあるな。

 そうそう、子どものころのこと。


 よく分かったね。


 え?


 あ、ああ、いいよ。

 時間じかんもあるし。


 あれはたしか、夏休なつやすみの後半こうはんだったとおもう。

 くるまのなかは冷房れいぼうきすぎてさむかったのをよくおぼえている。


 うちの父親ちちおやままな人で、やすみがれるとふらりと「ドライブ旅行りょこうしようか!」なんて、目的地もくてきちめず、宿やそも決めず、はしり出す人だった。ぼくはそういうのはあんまりきじゃなかったんだけど。


 そのときはやまこう! って、とうさんがいっていたような気がする。くねくねしたみちを走って、だんだん気分きぶんわるくなって、なんでこんなところにってはらってきたのもよく覚えている。


 きそうになって、こりゃダメだと一度いちど車をめたんだ。山間さんかんの小さな展望台てんぼうだいのようなところだったけど、せまってくるような山のみどりあざやかだったなあ。あおそらしろくも。そのいろまちのそれよりもかった気がする。現金げんきんだよね、それだけですっかり気分きぶんくなっていたんだから。


 さらに山のなかへ、なかへ。


「ここらへんにひなびた温泉町おんせんまちがあったはず……」


 なんて、父さんはつぶやいていた。

 かあさんはのんきな人だから、「そのうちくんじゃない?」って。


 結局けっきょく、山のなかをぐるぐるまわっているだけのかんじ。

 そういえば、対向車たいこうしゃも、うしろからも、ほかに車が走っていた記憶きおくはないなあ。それくらい山奥やまおくだったんだろう。


 スマホなんかで位置いち確認かくにんしていたような気もするけど、ナビが反応はんのうしないのか、「おかしいな」って、ずっと父さんはくびをひねっていた。


 午後ごごおそくにやっと山のなかの集落しゅうらくに出た。

 温泉町なんて雰囲気ふんいきは一つもない。


 やっと車をりられるって、僕はそれがうれしかった。

 うーん……、って、おも背伸せのびしたよ。そんなおぼえ、ない?


 その年はとく猛暑もうしょだったんだけれど、そこはすごくかぜつめたかった。車酔くるまよいがのこあたまには気持きもちよかった。せせらぎのおとさそわれるようにしてみちはしのぞんだら、きれいな清流せいりゅうで、およいでるさかなまではっきり見えた。もりの緑がかわうつってきれいだった。木漏こもも川にそそいでキラキラしていたなあ。


 父さんと母さんは、ここがどこだかそのへんの人に訊きに行っていたんじゃないかなあ。


 宿はなさそうだからかえすしかないか。

 今ならよるにはいえかえれるかも。

 今日きょう仕方しかたないな。

 とにかく、ここがどこか分からないことにははじまらない。


 なんて、そんなことを二人ふたりはなしていたような気がする。


 僕?


 うーん……。


 たぶん、一人で川のながれに沿って、なんとなくあるいていたんじゃないかなあ。


 そのうち、さびれた神社じんじゃき着いていた。


 せみしぐれがるようで、みみがワンワンいうくらいにうるさかったなあ。森のにおいがかったってはなが覚えているから、川からはなれて山のなかにはいったかな? 川の音はとおくにあった気がする。よく分からないけど。


「あそびましょ」


 いつのまにか、地元じもとの子かな? いっしょにあそんでた。


 おとこの子?

 おんなの子?


 うーん……。


 かわいい子だったのは覚えているけど、そのわりに性別せいべつははっきりしないなあ。

 そうか。

 和服わふくていたんだ。その子は。

 浴衣ゆかたかな? きれいなそれじゃなくて、普段着ふだんぎみたいだった。あらいざらしってやつ。きっと当時とうじ、子どものころ、和服なんて見慣みなれていないから性別の印象いんしょうがなくなったんだとおもう。


 でも、そんなこと関係かんけいなく、たのしかったよ。


 当時の僕は……。いや、今でもなんだけど、いんキャ、だったから。自分じぶんでいうのもなんだけど。ともだちもすくなくて、そとで遊ぶことも少なかった。おやが僕をよくしていたのは、きっとそんな内向的ないこうてき性格せいかくをどうにかしたいって、それもあったと思うんだけどね。


 あいにく大学生だいがくせいになってもそのままですけどね。


 きみは……、なんだかはなしやすいんだけど。

 なんでかな?


 ま、まあ、とにかく。


 夏休みとか、遠出とおでとか、らない土地とちだとか。

 僕でも興奮こうふんしていたのかなあ。

 人見知ひとみしりもえてしまうほど、その子と遊べたのは。

 おにごっことか、かくれんぼとか、二人きりだったけどたのしかったなあ。

 夢中むちゅうになってた。


 ひとしきり遊んだあと、たおれていたおきつねさまをこしたり、境内けいだい掃除そうじもしたり。


 なぜって?


 その子は大人おとなびていて、


「あそばせてもらったんだから、おれいしないと」


 なんていって、そうだよねって、僕も素直すなお手伝てつだったんだ。

 ニコニコわらっていたなあ、あの子は。


「ねえ、ここにずっといない? ずっといっしょにあそぼ」

「ダメだよ、学校もあるし」

「ふーん……」

「さびしそうなかおすんなよ。またるからさ」

「ほんと!」

「ああ、やくそく」

「じゃあ、ゆびきりげんまん」

「うそついたら、はりせんぼんまそ」

「ゆびきった」


 子どもの他愛たあいない、でも大切たいせつ約束やくそく

 わしてわらいあったのが、その子の最後さいご印象いんしょう


 親がむかえにきて帰ろうとなったんだ。


 それだけ、かな。

 僕の体験たいけんは。

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