こっくりさんの呪い
λμ
解けない呪い
私が小学生の頃、こっくりさんという遊びが、何度目かのリバイバルブームになっていました。
ご存知かもしれませんが、こっくりさんというのは、占いと降霊術の間にあるような遊びです。用意するものは一枚の紙と十円玉だけ。紙の天辺か真ん中に鳥居を、下に五十音表を書いておき、鳥居に十円玉を置けば完成です。
集まった数人で、十円玉に人指し指を置き、こっくりさんなる幽霊とも神様ともつかない存在を喚びだし、質問すると、十円玉がひとりでに動いて答えてくれるという話でした。
その頃の私は、ときたま仲の良い友人たちと一緒に授業を抜けだし、使われていない教室で遊んでいるような子どもでした。
普段はカードゲームをしたり、授業ではやらない少し危ない実験をしてみたり、たまには学校の傍の駄菓子屋でお菓子を買ってきたりと、そんなことばかりをしていました。
ですが、その日は仲間の一人――仮にAとしますが、彼が古ぼけた本と紙を持ち込んだのでした。
「なあなあ、これやってみぃひん?」
正確には覚えていませんが、Aはそう言ったと思います。Aは三年生の頃に関西から転校してきた子で、やはりというか、私たちとは少し違う感性を持っていました。
Aが持ち込んできたのは『学校の怪談』という本で、知らない学校名のハンコが押してありました。Aが通っていた学校からパチってきた――本人に言わせれば返すのを忘れたまま持ってきてしまった本だというのです。
私は本のタイトルを見ただけでピンときました。きっとあれだろうな、という予感があったのです。そして、予想通り、Aは言いました。
「これ、紙がついとるんよ。やってみいひん?」
紙というのは、こっくりさんで使う、例の図案でした。Aが持ち込んできた本の末尾に付録としてついていたのです。
それは細かく折りたたまれた、古びてカサカサした紙で、広げるとB3くらいの大きさになりました。さすがに怪談本の付録らしく、子供だましではあるものの、おどろおどろしいフォントと、妙に凝った鳥居と模様が書き込まれていました。
「いや、くっだらねえ」
と誰かが苦笑しながら言いました。私も同意したと思います。
けれど一方で、このくらいの遊びなら良いかなと考えてもいました。
というのも、私は四人組のなかではオカルト好きなところがあり、また授業をサボるくらいならともかく、事が大きくなりそうな遊びは避けていたのです。
「まあでもいいじゃん」
私は言いました。
「ビビってるわけじゃないっしょ?」
私たちの間では定番の文句でした。そんなわけないとか言い合いながら、私たちは付録の紙を広げ、雰囲気をだそうと部屋の遮光カーテンを引きました。
学校の遮光カーテンは分厚く、電気を消すとほとんど真っ暗になりました。ただ手元だけは見えないと困るので、ほんの少しの隙間から光を入れ、こっくりさんの紙を照らしておきました。
言い出しっぺのAが紙に正対し、私はその対面に、残りを二人で囲みました。つまり鳥居に対して逆行しているのは私だけです。
今にして思えば、付録である以上、正しいやり方も書いてあったはずで、それをよく読んでからやれば良かったのでしょう。
もし読んでいれば、少なくとも私は鳥居の奥に座らなかったはずです。
そこは神様のおわすところであるから、つまり喚び出されたこっくりさんがお座りになられるところであるから、座っていれば憑かれてしまうと知れたのですから。
私たちは鳥居の模様の上に十円玉を置き、それぞれ人差し指を乗せました。
口ではバカにしていても、内心ワクワクしていました。
もし何か起きたらどうしよう。何を聞こうか。そんなことばかり考えていました。
「こっくりさん、こっくりさん、お越しください」
Aが唱えました。『お越しください』に、独特のアクセントがありました。私たちはじっと待ちました。実際のところ、私以外の仲間も期待していたと思います。けれど、なかなか十円玉は動きだしません。当時は教室にクーラーがついていなかったので蒸し暑さに汗が浮かんできます。
「こっくりさん、こっくりさん、お越しください」
またAが唱えました。私たちは待ちます。やはり何も起きません。前かがみになるような姿勢で十円玉に指を乗せていたために腕が疲れてきた頃でした。
ずっ、ずっ、と十円玉が動いたのです。
私たちは顔を見合いました。みな驚いていました。演技のようには思えません。私は歓喜とも恐怖ともつかない叫び声を必死に
声を出せば、つまり口を開けば、そこから入られて声を取られるというのです。
もちろん、口だの声だの、とってつけたような理屈です。だったら鼻は塞がなくていいのかとか、けっきょく質問のときに声に出すじゃないかとか、矛盾も多い。
けれど、当時の私たちは真剣でした。暑さとは別の汗を額に浮かべ、歯を食いしばるようにして口を閉じ、十円玉を注視していました。
「あなたは、こっくりさんですか?」
Aが尋ねました。
ずっ、ずっ、と十円玉が動きます。
なぜか五十音表の方に。紙には『はい』と『いいえ』もあるのに。
何か別のものを喚んでしまったのかと、急に怖くなりました。
十円玉が動きます。少なくとも私の意図とは別の方向に。
――せ
――や
――で
せやで。瞬間、私は思い切り吹きだしそうになりました。息をこらえるのに必死でした。危ないところで耐えきり仲間の顔を窺い見ると、A以外はやはり私と同じように奇妙な形に顔を歪めていました。
けれど。
「嘘やん。ホンマに降りきてるやん!」
Aが真剣な調子で、けれど独特なイントネーションで言ったために、私と仲間たちはもはや何に耐えているのか分からなくなりました。
そうと気づいていないのか、あるいは笑いをとるつもりだったのか、Aは関西弁のこっくりさんに質問をしました。
私の好きな人は誰か。
――いや、なんでそんなことを聞くのか、と私は思いました。
そうか、と。
Aは自由に十円玉を動かし、こっくりさんという形式を使って、私や他の仲間を辱めようとしているのかと。
とはいえ、どうせ当たらないだろうとタカをくくってもいました。十円玉はAが操っているようにしか見えませんでしたし、仲間も同じ考えだったでしょう。
ところが。
私は、ヒュッ、と息を呑みました。誰にも言っていない名前を、仲間には予想もつかないであろう別のクラスの幼馴染の名前を、こっくりさんが言い当てたからです。
仲間が、Aを除く二人がニヤニヤと私を見ました。
普段だったら即座に否定したでしょうが、そのときはできませんでした。驚きすぎて頷くことしかできません。それが衝撃だったのでしょう。仲間たちも変な顔をしました。するとAも本物だと確信したのか、真剣な声でこっくりさんに尋ねました。
「おかんとおとん、もうあかんのかな?」
私はAの発した質問を脳内で反復し、思わず顔をあげていました。Aは泣いてるようにも、怒っているようにも見えました。演技をしているようには思えません。
十円玉が、ずっ、ずっ、と動きだしました。
――あ、
――か、
あかん! と私は思いました。声にはしません。もうAの顔も見れません。ただ指に力を込め、せめてなにか別の文字に動かせないかと試みました。他の仲間も同じだったと思います。けれど十円玉は、私たちの友情を無視して動きました。
――ん。
「そうか、あかんか……」
Aが消え入るような声で呟きました。場をなごませようとしたのでしょう、くだらない質問をし、こっくりさんが答え、そんなことを何回か繰り返したあと、Aがぼそりと言いました。
「もう、ええか」
私たちは頷き返しました。Aは頑張ってくれていましたが、まるで通夜のような空気です。私はなんとか雰囲気を変えてやらなければならないと思いました。
Aと特別に仲が良いわけでもなかったのですが、両親の不仲については私も思うところがあり、どうにか励ましてやりたかったんです。
「こっくりさん、こっくりさん、おおきにありがとうございました。お帰りください」
Aが独特の言葉遣いで言いました。十円玉が鳥居へと滑っていきます。
――終わる。終わってしまう。
何か……何か、何でも良いから笑えるような言葉はないか。
私は必死でした。十円玉を止めようと力を込めつつ、足りない頭を必死に回していました。まるで金縛りにでも遭ったように筋肉が硬直していました。
けれど、十円玉が鳥居につくと、不思議なほど簡単に躰の強張りが解けたのです。
唱えるべき言葉も思いつきました。
Aが、仲間が、安堵ともため息ともつかない息を入れたとき、私は言いました。
「いや、こっくりさん関西弁つことるやないかい!」
ウケると思ったんです。爆笑まではいかずとも、苦笑くらいは誘えると、それでなくてもAが、ツッコミ下手やなあ、とフォローしてくれるだろうと思ったのです。
ですが、Aは、笑っていませんでした。むしろ怯えていました。
それは仲間も同じです。
Aが、小さく喉を鳴らして言いました。
「自分、取り憑かれてるやん……!」
んなアホな。
そのときは、そう思っていました。
けれど、あの日から私は、ふとしたときにエセ関西弁が出てしまうようになり未だに直っていません。
――なのに、来月から大阪勤務です。
こっくりさんの呪い λμ @ramdomyu
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