最終話 晩夏の悪夢

 僕は気を失って倒れていたのだろうか……


 ペンションのご主人と仲間たちが、小高い丘が臨めるせせらぎの畔で倒れている僕を見つけてくれたらしい。その時、まるで死神の魂が身体に乗り移ったかのように、僕は両手を天に向けてこわばらせ、白目を剝いていたという。


「お~い、悠斗君。いたら返事をしろ」


 彼らの声で気がつくと、もうあのおぞましいわらべ歌は消えていた。代わりに、佳代ちゃんの涙声が届いた。


「助かってよかったぁ……」


 僕はゆっくりと目を開けた。視界がぼやけていたが、次第に佳代ちゃんの顔がはっきりと見えてきた。彼女の目には涙が浮かんでいた。僕は助かったのだ。


「悠斗、大丈夫?」佳代ちゃんが心配そうに問いかける。


「うん、大丈夫だよ。ありがとう、佳代ちゃん」僕はかすれた声で答えた。


「本当に心配したんだから……もう、無茶しないでよ」彼女は涙を拭いながら、優しく微笑んだ。あの場所でいなくなったのは、彼女ではなく僕自身だったのだ。


「ごめんね、みんなにも心配かけて」僕はまわりを見渡し、仲間たちの顔を確認して、首を垂れて謝った。皆はよかったと言いたげに安堵の表情を浮かべていた。


「けれど、あのわらべ歌はもう聞こえないんだ。何が起こったんだろう?」僕は不思議そうに尋ねた。


「わからないけど、もう大丈夫だよ。みんなで早く宿に帰ろう」佳代ちゃんが手を差し伸べてくれた。


 僕はその手を握りしめ、立ち上がった。仲間たちと一緒に、僕はペンションへと戻ることにした。心の中には、まだ恐怖が残っていたが、佳代ちゃんの温かい手のぬくもりが、それを少しずつ和らげてくれた。


 そして、僕は外見上は怪我もせず、無事に我が家へと戻ることが許された。だが、二度と軽はずみな気持ちで肝試しなどしないと心に誓っていた。きっと、皆も同じ思いだったのかもしれない。

 しかし、僕たちの夏の冒険には大きな代償がまだ残されていた。それは、決して他人には口にできない、僕の心に宿る恐ろしいことだった。


 地元の町に帰り駅のホームや高いビルの傍を歩いていると、行き交う人々の背中に、送り人としてうす暗い影が見えてしまうのだ。もしかしてだけど、僕は死神の使いになってしまったのかもしれない。


 彼らを横目に通り過ぎると、暫ししてそこにはサイレンの音が鳴り響くことが繰り返された。幸いなことに、身のまわりの人々にはそんな恐ろしいことがなかったので、ほっと安堵していたが……


 しかし、その安堵も長くは続かなかった。夏休みが終わったある日、僕は佳代ちゃんと学校で再会した。彼女は僕の変化に気づき、心配そうに尋ねた。


「悠斗、最近何か変わったことがあったの? 遠慮なく教えてよ」


 僕は一瞬ためらったが、すべてを打ち明けることにした。彼女は驚きながらも、真剣に話を聞いてくれた。


「それなら、一緒に解決策を探そう。きっと何か方法があるはずだよ」佳代ちゃんの言葉に、僕は少しだけ希望を感じた。


 それから僕たちは、再び「幽谷村」へと向かうことを決意した。あの場所で何が起こったのか、そしてどうすればこの呪いから解放されるのかを探るために。


 再び訪れた村は、以前と変わらぬ不気味な雰囲気を漂わせていた。しかし、今回は仲間たちと共に、恐怖に立ち向かう覚悟ができていた。


 そして、僕たちはついに真実にたどり着いた。あのわらべ歌の正体、そして呪いを解く方法を見つけたのだ。あの神社の本殿の中には古文書が残されており、かつてこの村が飢饉に襲われた時、大勢の幼子たちがつまはじきとなり亡くなったという。あのわらべ歌を唱和しながら戯れていた少女たちは、亡くなった幼子の成り代わりの姿だったのかもしれない。


 ペンションのご主人とも協力し、小高い丘に彼岸花で覆われ、ひっそりと佇む膝丈ほどの古びた墓をたくさん見つけた。墓の前に膝をつき、静かに弔いの水をかけ、合掌した。


「どうか、安らかに眠ってください……」佳代ちゃんが涙声で祈りを捧げる。


 その瞬間、僕たちの周りに温かい光が広がり、まるで亡くなった幼子たちの魂が解放されたかのようだった。僕たちは涙を流しながら、彼らのために祈り続けた。


「これで、もう大丈夫だよね……」僕は佳代ちゃんに問いかけた。


「うん、そうだね。きっとこれで呪いは解けたはずだよ!」彼女は満面の笑みを浮かべて答えた。


 その後、僕は幸いなことに、再び普通の生活に戻ることができた。何気ない平穏な日常の大切さを噛み締めながら過ごしていると、あの不気味な送り人の影も消えていた。


 おかげで佳代ちゃんとの絆も一層深まり、僕たちは禁断の戯れを二度と繰り返さないと心に誓い合った。そして、これからも共に歩んでいくことを決意した。



 ✽.。.:*・゚ ✽.(おしまい)✽.。.:*・゚ ✽


 少しでもお気に召したならば、神社の賽銭箱に投げ入れるように、心を込めたコメントをいただければ幸いです。最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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通りゃんせの肝試し『晩夏に捧げる歌』 神崎 小太郎 @yoshi1449

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