街が燃やされている。傷ついたクァウトリが湖へと落ちていく。太陽は沈んでしまった。戦士たちの泣き叫ぶ声が聞こえる。もがさに苦しむ老爺が助けを求めようとして力尽きた。あらゆる時間の滅びが、走馬灯のように脳裏に煌めいては。


 水路に浮かぶ死体を横目に、わたしは秘密の場所へと駆けていく。

 家々を通り過ぎ、幾つもの角を曲がり。ふっと視界が開けたとき。いちめんに星を散りばめた濃紫の景色が現れる。湖に映った夜空は、まるで真昼のように眩しかった。


「来てくれたんだね」


 影が嬉しそうに声を上げる。駆け寄ると、水面には同じ姿の少女がいて。


「ねえ、わたし、この前教えてもらった曲、ちゃんと練習してきたよ」

 抱き付いて、はにかみながら伝えると、彼女は眉を下げて愛おしそうに笑った。


「そんなに焦らなくても大丈夫なのに。忘れちゃってても、また一から教えてあげるから」

「ううん、少しでもあなたと踊れる時間を増やしたくて。それだけだよ」


 互いの背中に回していた手を離す。肩から腕を撫でて伝うようにして距離を取ると、触れ合っているのは指だけになった。


「てのひらに。とまる小鳥はショチトルのよう。そっと握って。くすぐって──」

 クィカトルエエカトルに溶けていく。鏡写しの声がこすれ合って、銀色に光る蜘蛛の糸のように揺らいだ。


 おもむろに踊り始める。次第にくるくると回るように。剥がれかけた舗装のうえで素足は赤く傷ついていった。スカートクェイトルの裾がひるがえる。視界が流れていく。流れていく世界はわたしたちの円舞をかたどるように球形をなしていた。燃え盛るテノチティトランさえ、尾を引くほうき星のように見える。


 滅びゆくものわたしたちは歌に合わせて踊りつづけた。

 回って、跳ねて、体を弓なりに反らして。ステップを刻む。耐えきれなくなってまた笑みクエポニをこぼす。ある時は高い音と低い音に分かれてハーモニーをつくる。ある時はぴったり重なるようにユニゾンをする。ある時は追いかけっこをするように……


 星のきらめきが乱反射する湖のほとり。わたしたちの影がくっきりと浮かび上がると、


 時間が切り離されて、まるで形だけが取り残されたみたいだった。わたしたちは踊りつづける。曲が始まって終わるまでの数分間、それがわたしたちに残された最後の世界ナウイだった。限られた時間ひろさの中でひかりは照り返し、折れ曲がり、重なり、無限に広がっていく。


「ねえ」

 少女わたしはたのしくてたまらない、といったふうに笑い出す。

「これが影の行き着く果てなんだよ」


 ……

 幾万もの神々が少女を見上げている。

 四百の雲の蛇が、ターコイズの主が、煙る鏡が、黒曜石の蝶が、七つの穂が、翼ある蛇が、犬神が、五つの花が、玉蜀黍の若き穂が、無数の兎が、黎明の館の主が、あらゆる神のかたちが侵略者コンキスタドーレスの放った炎に沈みながら、彼女たちに手を伸ばそうとしていた。

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かげかたち 藤田桜 @24ta-sakura

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