四つ角にある神様のようなもの

 四つ角にある、祠とも墓ともつかない『何か』を見た事があるだろうか。

 それは大抵住宅街の一角にあり、猫の額程の土地に、いつ誰が建立したか分からないほど、古くから存在している。

 新興住宅街でも無ければ、おおよそどの地域でも良く見かけるものだろう。

 近隣の住人に丁寧に祀られているものもあれば、殆ど忘れ去られ、雑草に覆われ、最早それがなんだったのかも分からない程朽ちてしまっているものもある。

 その中でも手入れが多少なりされていれば、供え物がある場合も多い。

 清酒やワンカップ酒、小銭、小さな蜜柑や、つんできた花が空き瓶に生けられていたり、ビニールに包まれた饅頭が備えてある事もある。

 さて、当たり前だが、供え物を無闇に触るのは御法度だ。

 今更語る必要も無いだろうが、何者かに供えてある供物に手を出して、大丈夫だったという怪談の方が珍しい。

 今回お話したいのは、もっとシンプルな事である。

 忘れないで欲しい。

「他所の土地から来たものが、四つ角に祀られた『何か得体の知れないもの』に、祈ってはいけない」


 私は13歳でこの街に越してきた。

 とは言っても、元々この辺りは母親の生家があり、小さい時は夏休みなどに良く遊びに来たものである。

 かつてはのどかで景色の良い片田舎だったが、田んぼや畑だった場所も随分潰された。

 見慣れた道には建売の一軒家が立ち並んでいる。大通り沿いには飲食店やスーパー、ちょっとした商業施設になっている所もある。

 母方の昔ながらの広々とした生家も取り壊され、半分の土地を売り、残りの土地にアパートを建てていた。私がこの街に帰ってきたのは、両親が離婚して、母親とそのアパートに住むためだった。

 祖母はもう養老施設にお世話になっており、この街で、母親と二人で暮らしていくことになる。

 記憶にある懐かしい景色と、今の街が随分違うのは少し寂しいが、昔に比べて格段に住みやすくなったのは事実である。時代の流れというか、仕方ない事なのは私でもわかる。

 真新しい住宅街を抜け、家路を急ぐ。

 ふと見ると、住宅街の四つ角、かつては田んぼと集落の境だった所に、男の子が立っていた。

 うちのアパートの上の階に住んでいる子だ。何回か話した事もある。

「ゆうくん、何してるの?」

 一つ年上の男の子であるゆうくんは、四つ角の祠……というか石造りのお墓に似たものに、なにやらブツブツいいながら手を合わせている。

 その祠の様な「何か」は、かつての記憶から寸分違わずそこにあった。

 風雨に晒され、所々黒く変色し欠けて、苔むした石柱には何か神様の名前の様なものが彫ってある。

 声をかけると、ゆうくんはパッと顔を上げた。

「ああ、なんだお前か。神頼みだよ、俺今年受験だからさ」

「受験……?」

 合格祈願をこんなところでして、意味があるものだろうか。そもそもここは何が祀られているんだろう?

 時刻もそろそろ夕方に差し掛かっており、なんだか不気味な雰囲気さえした。

「ちゃんと神社とか行ったら?ここ何の神様なのか良くわかんないし」

「神様だったらなんでも平気っしょ!俺だって困った時の神頼みで受かるとは思ってないし、こんなの結局気分の問題だからさあ」

 ゆうくんはへらへらしている。手を合わせている割に、なんだか酷く不謹慎なのは気の所為だろうか。

「もういいや、帰ろうぜ」

 促されて、ゆうくんの後ろをとぼとぼと着いて行く。どうせ行先は一緒である。

 気が付けば随分日が落ちて、空は真っ赤に染っている。それが綺麗と思えたら良いのに、なんだか酷く不気味に感じた。


 ドタンッ

 二階から大きな音がして、お母さんはため息を吐いた。

「近頃ずっとね。受験ノイローゼなんだって」

 ささやかな夕飯の並ぶその直ぐ上で、ゆうくんがドタドタしながら、家族と言い争っている気配がしていた。お母さんも流石に注意はしにくいのか、上の奥さんにそれとなく聞いたらしい。

「可哀想だけどねぇ……」

 ゆうくんは、それからも度々あの四つ角で手を合わせていた。声をかけても応えず、ただ一心不乱にブツブツ何か言っている。

 私もすっかり怖気付いてしまって、最近は目を合わさない様に通り過ぎるだけだ。

「お母さん、あのさ、前の道真っ直ぐ行って、田んぼがあったとこになんか祠っていうか、石に蜜柑とかお花とかお供えしてあるとこあるじゃん、あれ何?」

 お母さんはきょとんと首を傾げて、ああ、あれね。と合点がいった様だ。

「あれは、外から来た悪いものが集落に入らないようにしてくれてる神様よ」

「中の人を守ってくれてるの?」

「もちろん」

 お母さんはそう優しく答えてくれた。

「えっと……じゃあさ、もし外から来た人が、ふざけてお祈りなんかしてたら、どうなるんだろう」

 このアパートは新しい。私はゆうくんが以前どこに住んでいたのか、知らない。

「え?そうねえ……あれは結界だから」

 ガシャン!

 上の階のから何かが割れる大きな音がした。えっ……と思った次の瞬間、ベランダのサッシがバシンと大きな音を立てて開けられた音。そして。

 母が叫んだ。

「開けちゃだめ!!」

 どすん、と下の地面に大きなものが落ちた音がした。上の階から悲鳴が聞こえる。窓に駆け寄ろうとした私を、母親の腕が抱き締めた。

 私の部屋は3階だ。

 母の腕が酷く震えていた。

 遠くから、幾つものサイレンが聞こえてきた。


 終

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【ホラー短編集】アドニスの缶 縦縞ヨリ @sayoritatejima

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