第53話 神は道具ではない

 53.神は道具ではない


 ”このガウールを、世界的なリゾート地にしましょう”

 エリザベートが突然、

 大手ディベロッパーのようなことを言い出して驚く。


「……ごめんなさい、いきなり。

 それに勝手なことを言って。

 この別荘はロンデルシア国王様のものでしたのに」

 そう言って頬を赤らめるエリザベート。


「とんでもないことでございます。

 この別荘の今後に関しては、国王様もお悩みの御様子でした。

 売却することもお考えでしたし」

 執事の言葉に、エリザベートはパアッと顔を明るくする。

「まあ! そうなの?!

 もしそうでしたら、売主には私を選んでいただきたいわ」


 俺は少々面食らっていた。

 エリザベートは昔から何かを欲しがったりしなかったのだ。


 メアリーのためにこの別荘を、

 料理が旨いホテル、”オーベルジュ”にして、

 彼女が毎日、美味しい料理が食えて

 楽しく生計を立てられるようにしてあげたい気持ちは、わかる。


 しかし世界的なリゾート地とは。

 なんでそんな、デカい話になるんだ?


 俺たちの不思議はてな顔に気付いたエリザベートは

 窓の外に広がる景色を見ながら話し出した。

「この先、私たちが魔獣を討伐し、

 ガウールへの道程の危険度を下げた後。

 ここはきっと、大きく生まれ変わるでしょう。

 以前とは比べものにならないくらいに」


「それは間違いありませんね。

 以前は”知る人ぞ知る”場所だったガウールですが

 今までの反動で一気に人が押し寄せ、

 この地が美しく豊かであることが周知されるでしょう」

 ジェラルドも窓の外の景色を眺めながら言う。


 ……そうか。俺は考え込んだ。

「ここは、どの国にも属さない無主地だからな。

 下手すると争いの火種になってしまうだろう」


 エリザベートは強くうなずく。

「無主地であり未開発だと、そうなるわよね。

 だから最初から”完成されたリゾート地”として公表してしまうの。

 国家間の争いに、ガウールの人たちを巻き込みたくないじゃない」


 ……意外とこの地に思い入れがあるんだな。

 俺たち今のところ、

 ここで大変な目にしかあってないのだが。


 執事は深く礼をして言った。

「この地について深くご配慮いただき心から感謝いたします。

 先ほどの件もあり、明日は村の主だったものが集まるので

 その旨、ご提案させていただきます」

「あくまでも提案ですわ。

 ご無理はなさらないでくださいね」

 エリザベートははにかんで言う。


「では、僕たちはどんどん討伐しましょう!」

「なんでこんなに魔獣が増えたのか、

 その原因も探りましょうね」

 ジェラルドとフィオナが外に向かおうとするが、

 俺は呼び止めて、彼らに頼んだ。


「……ちょっとだけ待ってくれ。

 俺、朝飯まだ食ってない」


 ************


 背後に並んだフィオナたちに

 朝起きるのが遅すぎることを責められつつ、

 大慌てで食事し、討伐を再開した。


 今回は、ファル達もついてきてくれた。


 まん丸い体に三角の耳をピンと立て、

 一本線の眉をキリリと上げているが

 いかんせん口が”ω”なので緊張感には欠ける。


 しかし俺の横をトコトコついて来る姿は

 いつも一緒だった幼い日々を思い出させ、

 思わず口元が緩んでしまうのだった。


「……気ぃ引き締めてもらえませんかね」

 背後から厳しい声がかかる。

 振り返るとフィオナが、紫の瞳を薄目にして睨んでいた。

「いや、もちろん俺は……」

「あんまデレデレしないでもらえますか?」


 彼女が俺に手厳しいのには訳があった。

 彼女はもはや、ファルファーサに愛されることを諦めたからだ。


 フィオナはあれから、

 ファルの子どもたちになついてもらおうと

 必死に頑張ったのだが。

 しかし骨付き肉を与えても、

 気に入りそうな犬用オモチャを見せても

 じっと見ているだけで近づいても来ない。


「やっぱりじゃダメなんでしょうか」

「そうか? ファルが子どもの頃は……」

 落ち込むフィオナの代わりに、

 俺がそれをつかんだ瞬間。


「ぱう!」

「ぱう! ぱう!」

 いっせいに子ファルファーサたちは吠え始め

 俺の足元に群がったのだ。

「ははは、ほら、やっぱりなあ!

 よしよし、投げるぞ? 取ってこーい!」


 オモチャをポーンと投げると、

 丸い体3つが転がるように駆け出した。

 そして1匹が誇らしげに、

 小さな口で”はむっ!”とくわえて運んでくる。


「よしよし偉いぞーははは」

 俺はしゃがみこんでその子を撫でまくる。

 そして振り返りながらフィオナに言う。

「ちゃんと遊ぶじゃないか、投げてみろよ」


 フィオナはワクワクしながらオモチャを受け取り、

 思い切って投げながら叫んだ。


「はいはいみんなー! 誰が取れるかな~!」

 大きく弧を描いて飛んでいくオモチャ。

 それは離れた場所でポタっと落ち……。

 三匹の子ファルファーサはそれを、

 俺の足元で見ているだけだった。


 ************


 実際に討伐が始まっても、

 ファルたちはじっと見ているだけだった。

 まあ危険だから、手出しなどせず、

 そうしてもらえるとこちらも安心なのだが。


 たまに魔獣の攻撃が俺に向くと、

 さすがに成獣であるファルは駆けてくる。


 イノシシのような魔獣パイアが突進してきた時は

 その横腹にものすごい速さで回転しながら体当たりし、

 ついでにの牙で深手を負わせていた。


 パイアが甲高い鳴き声をあげながら転倒すると、

 興味をなくしたように、また俺の横に戻ってくる。


「まるで冷静な保護者か、指導員みたいですね。

 過剰に手出しをしないところが」

 その様子を見て、ジェラルドが笑う。


 ファルファーサは元々攻撃的でも、臆病でもない。

 いたってマイペースな生き物だ。

 俺にファルを譲ってくれた行商人は、そう言っていた。


「この辺りに聖杭、一本埋めておきますねー」

 銀で出来た細い杭をかかげ、フィオナが叫ぶ。


 ロンデルシアからの道と同じように、

 チュリーナ国までも”忌避の効果”を持つ聖杭を埋め込んでいく。

 しかしあの頃より、フィオナの力は段違いで強まっている。

 聖なる力を充填させ、地中に深く差すと

 たちまり周囲から妖魔や魔獣は退散していくのだ。


 ……この調子だと、ガウールまでの流通は

 あっという間に回復するかもしれない。

 そんな楽観的な思いを打ち砕くかのように。


「化け物だああ! 誰か! 助けてくれえ!」

 どこかから叫び声が聞こえた。


 その方向へと俺たちは走った。

 森の向こう、大きな泉が広がっており、

 そこに見えたものは。


 商隊らしき数人の男たちと、

 水中から出たばかりの巨大な魔物だった。


 大きな頭は長い毛で覆われ、トゲが生えた甲羅を背負っている。

 その尾は体長よりもはるかに長く、固いウロコで覆われていた。


 ぽたぽたと水を垂らしながら、ゆっくりと向かってくる。

 毛の隙間から見える濁った目は、せわしなく動いていた。

 口が大きく開かれる……

 人間が一飲ひとのみできそうな、巨大な口が。


「半獣半魚の妖魔タラスクよ!

 尾に気を付けて! 泉に引き込まれるわ!」

 エリザベートの叫びとともに、

 タラスクはビュン! と風を切る音をさせて尾を振り回す。


 そして腰をぬかして泉の側で倒れていた男の足に

 しっかりと絡みついたのだ。


「うわあああああ!」

 タラスクはそのまま男を引き寄せていく。

 とっさにエリザベートが”炎の槍ファイヤーランス”を尾に当てる。

 巻き付いた尾は緩まり、男は解放されたが、

 水属性のタラスクに火炎魔法の効きは悪い上、

 硬いウロコに阻まれて、切断するには及ばなかった。


 タラスクは6本ある手足のうち、2本で男を抱え込もうとする。

 ジェラルドと俺が走り出て、左右からそれを阻止する。


 その隙にタラスクはふたたび、尾で別の男を狙う。

 すかさずエリザベートが”闇の矢ダークアロー”で攻撃する。

 これはなかなか効いたようで、

 タラスクは呻き声をあげた。


 しかし怒りに火を付けたのか、

 その場で激しく頭と6つの手足を動かし始めた。

 ビュン! ビュン! と風を切る音がし、

 長い尾が振り回されている。


 フィオナは転がった人々を守ろうとバリアを張るが、

 彼らは離れて点在しており、さらに逃げ回るため、

 うまく位置を合わせるのに必死になっていた。


 それに集中するあまり、タラスクの意識が

 自分に向いていることに気が付かなかったのだ。

「危ない! フィオナ!」

 飛んできたタラスクの尾が、フィオナの足元に当たる。


「きゃあああ!」

 フィオナは思い切り弾き飛ばされ、

 その体を木にぶつけてしまう!

 バリアが消え、人々は恐怖で悲鳴をあげた。


「大丈夫か?!」

 俺たちが駆け寄ろうとすると、

 フィオナは頭をあげてそれを制した。

「来ないで! タラスクからあの人たちを守ってください!」


 そして土だらけの手で印を組み、

 もう一度バリアを復活させる。


 タラスクはすっかりフィオナに狙いを定め、

 もう一度、その長い尾をビュン! と飛ばしてきた。


 それを阻止したのは。


 小さな丸い体を尾にからみつかせ、

 両手両足をガッチリと尾に食い込ませている。


 三角の耳は後ろに倒され、ωの口からは

 ばゔーーーーーーー!

 といううなり声が聞こえてくる。


「えええっ? ……小ファルちゃん?」

 フィオナが信じられない顔でそれを見てつぶやいた。


 ファルの子どものうち一匹が、

 回転しながら敵に飛びついたのだ。


 その隙に俺の補助魔法でパワーアップしたジェラルドが

 タラスクを転がし、弱点である腹を上向きにした。

 そして一気に刺し貫き、とどめを刺す。


 それを見ながら、おれは思い出していた。

 珍獣ファルファーサがあるじを決める判定について。


 ************


「思い出したんだよ」

 商隊の人々にお礼を言われ、別れた後。

 俺はみんなに説明を始めた。


 俺とファルが仲良くなったのは、

 弱虫だった俺が、ファルから必死に

 母上の飼い猫を守ろうとしたからだった。


 犬は猫を襲うかもしれない、そう思って、

 真顔でこちらを見つめてくるファルファーサから

 泣きながら猫を守っていたのだが。


 意外にもファルはそれ以来、

 俺になついてくれたのだ。


 その話を母上から聞いた行商人は教えてくれた。

 幼いファルファーサが主従関係を結ぶ相手は

 ”弱くとも、守る価値のある者”、なんだそうだ。


 それは、自分にたいした力は無くても、

 他者のために必死で動こうとする者のことだった。


 強い者は守る必要が無く、

 弱くても利己的なものは、種族の存続に必要ない。

 そう判断しているのではないか? と

 生物学の書に記されているそうだ。


「そうですかー。なんかちょっと複雑ですが」

 フィオナは、自分をあるじと定めた小ファルを腕に抱き

 嬉しそうな笑顔を浮かべて言う。

 まあこんなちっこい生き物に”弱いなコイツ”って思われた訳だし。


 フィオナはそのモフモフした毛に顔をうずめてつぶやく。

「ありがとう」

 小ファルは嬉しそうに目を細めた。


「……神様、嬉しいです」

 フィオナは手を組むことも、

 ひざまづくこともなく祈っていた。


 それでも、辺りを神聖な空気が満ちていく。


 そうだ。本来の”祈り”とは、もっと素朴なものだ。

 頼みごとをする時だけ、神に呼び掛けるのは

 なんとも身勝手な話なのかもしれない。


 神は道具ではないのだ。


 フィオナはいつも自然体だった。

 それでいて献身であり、人を想っている。


 俺はふと考えた。

 教会がフィオナを恐れていたのは、

 そこじゃないか? と。


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リライト成功!〜クズ王子と悪役令嬢は、偽聖女と落ちこぼれ騎士と手を結び、腐ったシナリオを書き換える〜 はちめんタイムズ @hachmus

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