第52話 あの日の宣言

 52.あの日の宣言


 ガウールの呪いに囚われ、

 この地から出られなくなったグレイブ。

 彼はシャデール国の王族だったのだ。


 ずっと行方不明だった王の末弟がやっと帰国し、

 シャデール国は歓喜に包まれたそうだ。

 事の顛末を知ったシャデール国王は、

 すぐにその感謝の意を表明するため、

 俺たちに使者を送ったらしい。


「いやー、根回しってやっぱ、大切だよなあ。

 ロンデルシアからの道中、いろんな隊のやつらに

 お前の名をアピールしといたからな」

 俺は頭をかきながら笑う。


「いや、しかし、これは……」

 ジェラルドが困惑しているのは、

 魔人を倒したのは自分ではない、と思っているからだ。


 そんなジェラルドに、執事が温かい口調で説明する。

「ご安心ください。倒した者たちの名を

 シャデール国は正確に把握しておられます。

 ジェラルド様のみが剣士であったため、

 貴方様には”騎士の称号”を褒賞としたのです」


 そして女性陣に向かってにこやかに述べる。

「お二人には、たくさんの宝飾品や

 シャデール特産の”プラチナ・シルク”の生地が届いておりますよ。

 ゆうにドレスが仕立てられるくらいの分量で」

「まあ! なんですって!?」

 さすがのエリザベートも両手を口に当てて驚く。


 シャデールのプラチナ・シルク。

 それは”月光を織り上げた”と称されるほど、

 なめらかで美しい光沢を持った布地だ。


 その値段はもう桁外れの高価なもので、

 ハンカチくらいの大きさで家が建つと言われるが、

 ドレスを仕立てられるくらい、となれば

 王族の婚儀でしか用意されないものだろう。


 フィオナも頬を染めて感動している。

「私、一度だけ見た事あるんです。

 法皇様に謁見した時に。

 天使の羽衣とメタルスライムを混ぜたような感じでした!」

 絶対まざりそうにない2つを挙げて、

 フィオナはうっとりと顔を傾ける。


「帰りましょう!」

「はい! すぐに見たいです!」

 いそいそと帰り支度を始める二人を、

 おいおい、と引き留める。

 しかしその嬉しそうな様子に、

 自分だけが栄誉を得たのではないと知り、

 ジェラルドは安堵の笑みを浮かべていた。


 ニコニコしていた執事は、俺を向いて続ける。

「レオナルド王子にも届いております」

「え? 俺にも? うーん、何だろ」

 砂漠だから……ダメだ、ラクダしか思いつかん。


 執事は、口元は笑っているが真剣な面持ちで言った。

「手紙です。それも2通ございます」

「えっ?! シャデール国王から2通も?」

 感謝状と……プラチナ・シルクの請求書だったら笑うぞ。


 執事は首を横に振って言う。

「1通はシャデール国王様からですが、

 もう1通は、ダルカン大将軍とユリウス神官の御連名です」


 その答えに、小さな違和感が氷解した。

 ”騎士の称号”を付与することを

 あの二人がシャデール国王に進言してくれたのだ。

 彼らは、俺たちの行く先を知っているのだ。


 ジェラルドには”騎士の称号”が必要になる、ということを。

 何故なら俺たちは今後、一つの国を相手に戦うことになるのだ。


 ************


 結局、地中のアーログたちは

 収穫の時期を迎えた野菜のように掘り出され、

 そのまま連行されていった。


 暴れないように俺が補助魔法で”スロウ”をかけておく。

 これで彼らは、水中のようにゆっくりとしか動けない。


 チュリーナ国に送られる手はずだ。

「壊したものや略奪したものの賠償はしてもらいますけどね」

 フィオナが鼻息あらく怒っている。


 実際はそんなものではすまないだろう。

 チュリーナ国の貴賓であるエリザベートが直接、伝令を出したのだ。

 間違いなくアーログの”騎士の称号”ははく奪され、

 今まで犯した暴行や窃盗で罰せられることになるだろう。


 俺たちは別荘に戻り、

 シャデール国から贈られた品々を見せてもらう。


 ”プラチナ・シルク”は本当に素晴らしかった。

 艶やかだが上品な光沢、なめらかな手触り。

 恐る恐る手にしたフィオナは、

 指でつまんだまま動けなくなっていた。


「どうした? フィオナ」

 彼女は生地をみつめながらつぶやく。

「なんとなく、さっきのバリアに似てるな、って思って」

「……本当だわ、光沢のあるグレー」

 エリザベートも同意する。


 ”闇の霧ダーク・ミスト”と”聖なる守り”が混在した、あのバリア。

 魔法攻撃も物理攻撃も同時に防げる、偶然の産物だ。


「ほんとに作っちゃいましたね、”国の盾”」

 フィオナが俺を見て笑う。

 意味が判らない俺に、彼女はエリザベートの手を取って

 上に掲げて言い放つ。


「”彼女の魔力と、聖女の力と合わせることで

 ”この国を守ることが出来る力”を生み出す研究を、

 俺たちは今日より始めることにした!”

 ……って宣言したじゃないですか」

「あっ! そういえば!」


 俺たちが青い落雷によりこの世界に転生した時。

 ちょうど婚約破棄宣言の直前だったと知り、

 俺は急遽、みんなのまえでその宣言にのだ。


 ”聖騎士団が国の剣ならば、

 この国の”盾”も必要になるだろう”なーんて言って。


 俺たちは無言になった。

 あれからそこまで月日は過ぎていないのに、

 もはやはるか昔のことのようだった。


 俺たちは緑板スマホに出た自分たちの末路が

 あまりにも残酷で悲惨なものだと知り、

 何とかしようと四苦八苦してきて、ここまで来たのだ。


 ま、振り返るにはまだ早いが。


 俺はふと、ドアの入り口からこちらを見つめる視線に気が付いた。

 メアリーが”まだなの? 早く言いたい!”

 というような、焦れた顔をしていることに気が付いた。


 俺はそれを見て一つの考えに行き着き、

 みんなにニヤリと笑って言う。

「達成した目標は、それだけじゃなさそうだぜ?」


 俺たちはメアリーに注目する。

 彼女は頬を紅潮させ、嬉しそうに叫んだ。

「あの、完成品とは言えないと思うんだけど……

 濃い茶色で、しょっぱくて旨味があるソースなのよね?

 ……”ショーユ”っぽいもの、出来たみたい」


 ************


「うんうんうん、この香ばしい匂い!

 醤油っぽくないですか?!」

 皿についだ褐色の液体の香りをかぎ、

 フィオナがたまらず叫んだ。


「まだ試作の段階だが、ぐっと完成に近づいたな」

 俺も腕を組み、うなずいて言う。


 普通に考えれば、昨日の今日で醤油ができるわけがない。

 通常では”熟成”という長い時間が必要とされる過程があるのだ。


 それをどうしたかというと、ここは異世界、

 ”魔力”や”聖なる力”を乱用させていただいたのだ。

 エリザベートの魔法で腐敗、もとい発酵を促進させたものを、

 フィオナの麹菌・乳酸菌・酵母菌を活性化していく。


 それを数パターン試したもの何種かのうち、

 腐ってしまったものもあるが、

 無事に発酵し、菌が十分に活性したものが出来たのだ。


 まだ俺たちが知っている醤油ほど濃くはないが、

 これから試作を繰り返していけば

 きっと満足のいくものができるだろう。


 俺たちは”さっそく今夜、夕食で使ってみるか!”

 なんて騒いでいた。

 横を見るとエリザベートが

 小皿のショーユをみながら微笑んでいる。


 彼女は俺を見て微笑み、次にメアリーに視線を移して言う。

「ね、この別荘を、ゆくゆくは”オーベルジュ”にするのはどう?」

「……オーベルジュって確か、

 美味しい料理が自慢のホテル、だよな?」

 俺の言葉に、エリザベートがうなずく。


 メアリーが興味津々にたずねる。

「それは素敵だわ。夢のような場所になるわね」

 美味しいものが大好きで、

 働きすぎていたメアリーにとって、

 それは心躍る仕事になるかもしれない。


 そうか、エリザベートはメアリーの今後を考えているのだ。

 なるべく幸せな生活をさせてあげたい、と願って。


 さらにエリザベートは、とんでもないことを言い出した。


「……そして近い将来、このガウールを

 世界的な高級リゾート地にしましょう」

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