第51話 闇と聖の盾

51.闇と聖の盾


「ここって牧場でしたよねえ?」

 フィオナがのんきな声で言う。

 俺も大きく伸びをしながら答える。

「ああ、一部は畑に変えたらしいがな。

 ……良い養分になるとよいが」


「うるせえ! 早くここから出せ!」

 地中から頭だけを出したアーログが叫んだ。

 あんまり口を開けると土が入るぞ?


 あの後エリザベートは、こいつらの相手をしてやった。

 もちろん闇魔法のフルコースをごちそうしたのだ。


 エリザベートの目が赤く光っているのを見たアーログは

 一瞬ひるんで後ずさった。

 でも、時すでに遅し、だ。


「えっ……うわああああああああっ」

 アーログたちを黒い竜巻が巻き込んでいく。

 ”ダークトルネード”をエリザベートが唱えたのだ。


「痛いっ! 痛い痛いっ!」

 衣服や肌を切り刻まれた状態で解放された彼らは

 自分の身を抱くようにして歯を食いしばっている。


「これで少しは、いきなり斬りつけられた

 牛の気持ちがわかりましたか?」

 フィオナが言うとアーログはブチ切れたように剣を振り上げた。


「舐めるなよこのアマぁ!」

 そう言ってアーログが切りかかったのは、

 フィオナでもエリザベートでも、

 俺でもジェラルドでもなかった。


 一生懸命、この場から離れようとしていたマイクと牛を

 火炎魔法を帯びた剣で攻撃したのだ。

 こいつが”騎士の称号”を得るまでに成り上がれたのは

 ひとえに”汚いやり方”ばかりを積み重ねてきたためだろう。


「おりゃあ! そのまんまステーキになりやがれ!」

 ボワッ! と火をまとわせながら、

 アーログの長剣がかなりの速さで回転する。


「”闇の霧ダーク・ミスト”」

「”聖なる守り”!」

 エリザベートとフィオナが同時に叫んだ。

 マイクたちの周りに、淡いグレーのバリアが生じる。

 

 キラキラした細かい粒子で出来た、灰色のかすみだ。


「はあっ?!」

 剣を弾かれると同時に火炎魔法を打ち消され、

 アーログは驚いた声をあげたが、

 それ以上に俺たちも驚いていた。


「なんだありゃ!」

「すごいですね、融合魔法ですか」

 俺とジェラルドが感嘆の声をもらす。


 本来ならば、闇魔法と聖魔法なんて

 打ち消し合ったり干渉しあうことで

 その効果を著しく半減させるものだ。


 それを混在させるとは。

 彼女たちの”魔力”や”聖なる力”が強いから、

 というだけではなさそうだが。


 当の本人たちは、偶然生まれたこの産物を

 二人で互いに手を取り合って喜んでいた。

「あれなら魔法攻撃も物理攻撃も同時に防げるわ!」

「まさに”なんでも来い”ですね!」


 通常は闇魔法で魔法防御し、聖魔法で物理防御を行う。

 その逆ももちろん可能ではあるが、

 得意・不得意で言えば、やはりこれが一番なのだ。


 その時、アーログの手下が叫んだ。

「こんなもの簡単に崩してやるよ! ”雷撃サンダーショック”!」

 手を天にかざし、巨大な稲妻を落としたのだ。

 生み出された雷撃は空気抵抗をものともぜす、

 まっすぐにグレーの被膜に突き刺さった!


「……見えた? 表面を流れるように

 地中へと吸い込まれていったわね」

 エリザベートが言うと、目を細めてフィオナがうなずく。

「バリアは無傷です。中で牛が尾っぽを振っています」


 なかなかの雷撃だったが、ビクともしなかったようだ。

 アーログの手下は顔を赤くして震えている。


 他の奴らは狂ったように、剣でバリアを叩いている。

 全員、訓練された兵のようで、

 しっかり攻撃しているようだったが、

 ものすごく粘度の高いものを斬りつけているような

 手ごたえの無さだった。


「おおおお前ら絶対に許さな……」

 怯えつつも虚勢を張るアーログに、

 エリザベートは次の呪文を唱えて言う。

「ごめんなさい、存在を忘れてたわ。では続けましょう」


 地中から湧き出るように現れた濁った緑の粘液が

 彼らの足を這いあがり、

 ピチャピチャと音を立ててまとわりつく。

「なんだこれはあ! 体が、体が溶けるっ!」


 俺も始めて見たそ、”死の抱擁デス・エンブラス”。

 少しずつ体を舐め溶かすことで、

 苦しめて死なせることが目的の恐ろしい呪文だ。


 痛みと痒みに身もだえしつつ、

 彼らは必死にそれを引きはがそうと腕を動かす。


 しかしそれがパッ!といきなり消えたのだ。

 膝をついて荒い息をするアーログたち。

 その背後には、大きな鎌を持った骸骨が立っていた。

 お、結構大技おおわざ使ったな、エリザベート。


「ひいいいいいい!」

 ”ライフリーパー”の鎌を避けようと、

 彼らは必死に転がったり逃げようとするが、

 死神の鎌はどこまでも追ってくるのだ。


 息も絶え絶えに逃げ出す彼らの足元が、急に崩れ出した。

 突然、そこが沼になったかのように、

 土の中にずぶずぶと体を沈めていく。


「やめろおおお! もうやめてくれえええええ!」

「あら? ローマンエヤール公爵家のの技を

 お望みだったのでは?」

 エリザベートが笑いながら言うと、

 その家名を聞いたアーログが小さな悲鳴をあげた。


 無情にも地中に沈み込み、

 頭だけ出した彼らを見下しながら

 エリザベートが冷たく言い放った。


「この世にはたくさんの掟があるわ。

 チュリーナ国に騎士を優遇する掟があるとは

 存じ上げませんでしたけど、どのみち……

 ”ローマンエヤールの掟”を超えるものなど

 この世にございませんわ」


 ローマンエヤールの掟、って確か。

 ”敵対する者など存在しない”、だっけ。

 ……まあ、秒で消されるからな。


 ************


 そして今、俺たちは、

 地中に首まで埋まった彼らを放置し

 被害状況を確認していた。


 牛たちはとりあえず無事だが、

 いくつかの畑や果樹園が荒らされたようだ。

 ピートがせっかく植えた苗も、

 意味もなく掘り起こされてしまっているらしい。


「せっかくピートは農業を頑張っていくことにしたのに。

 こいつら絶対に許せません!」

 治療中のピートに代わり、

 マイクや牧場主が代わりに激怒している。


 エリザベートは優雅に鳥を呼び寄せると

 伝達用のシギがやってきた。

 その鳥の足についた袋に、

 先ほど手のひらに乗せていた魔石を入れて飛ばす。


「何してんだ! さっさと俺たちをなんとかしろ!」

 地表から見上げてくるアーログの言葉に、

 エリザベートが優雅に笑って答える。


「もちろん、チュリーナ国王への伝達ですわ?

 父だけでなく私も、旧知の仲ですから」

「ローマンエヤール家が何度もお助けしてますからね。

 チュリーナ国にとっては大恩人ですよ」


 ジェラルドの言葉に、アーログたちは黙り込む。

「今回の件を知った時、罰せられるのはどちらか楽しみだな」

 俺が言うと、必死に弁明してくる。


「俺は間違ってない! 俺は騎士だぞ!

 こっちはなあ、命がけでやってんだよ!

 死にそうになったり、時にはケガをしながらな!」


「そうだそうだ! 俺たちは正しい事をしているんだ!

 今までどれだけの魔獣を倒したと思ってる!」

「みんなのためにやっているんだぞ?

 少しくらいの食いもんが何だって言うんだ!」


 ぎゃあぎゃあと自分たちの正当性を主張する

 俺はしゃがみこんで尋ねる。

「じゃあ何のために討伐してんだよ」

「だからみんなのためだって!」

「みんなの、何のためだよ?」

「だーかーらー! 安全に平和に暮らせるようにさ!」


 俺は立ち上がり、彼らを見下す。

「大切に育てている牛を斬りつけられて、

 せっかく植えた畑を台無しにされて、

 どこが安全で平和なんだよ」


 俺が馬鹿にもわかるように説明してやると

 ジェラルドが被害額の見積もりを掲げて言う。

「今回は実際に、魔獣による被害のほうがはるかに少ないです。

 この現実をどんなに言い訳しても、

 あなた方が罪から逃れることはできないでしょう」


 正義を言い訳に、何しても良いわけじゃない。

 それに悪や善なんて、かなり曖昧で変転するものだ。


 アーログは歯を食いしばり、なおも言いつのる。

「……それでも俺に対する不敬は許されないぞ。

 俺は”騎士の称号”を持つ者だ!

 俺の仕事の邪魔をして良いのは、同じ騎士だけだからな!」


「では、問題ありませんね」

 後ろからいきなり声がかかった。

 振り向くと執事が立っている。

 手には何か、ガラス製の美しいケースを持っていた。


「なんだと!? こいつはただの王子だろう?」

 アーログは馬鹿にしたように笑う。が。

 執事はゆっくりと首を横に振り、

 ガラスの蓋を取った。

 そして中から、美しい金色の勲章を取り出す。


 描かれているのは、月や星と共に

 高く尾を上げたサソリと剣。

 ……砂漠の国、シャデールの国章じゃないか!


「今朝、シャデール国よりジェラルド様に届きました。

 ガルーブ・ディ=シャデール様を

 魔人より救済したその褒賞とのことです」


 ???

 俺たちは顔を見合わせる。誰だ、ガルーブって。

 意外な人物がその答えを教えてくれた。

 牧場主がポツリと、

「もしかして薬屋のグレイブ……か?」

「あああ!」

「確かに! 彼はシャデール出身だったな!」


 かなりの高位貴族のようだと聞いていたし、

 シャデールのキャラバンの主は彼を見て

 腰を抜かすほど驚いていたっけ。

 ……まさか、王族だったとは!


 執事が俺に勲章を手渡す。

 俺はうなずき、ジェラルドに向きなおす。

 彼は戸惑っていたが、やがて衣服を正し、片膝をついた。

 俺は彼の栄誉を称え、シャデール国王に代わって授与する。


 こうしてジェラルドは、かなり意外な形で

 ”騎士の称号”の1つめを手に入れたのだ。

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