第50話 称号を持つ者の特権

 50.称号を持つ者の特権


 俺たちが牧場に着くと、ピートが倒れているのが見えた。

 相手の剣士が剣を振り上げたのが見え、

 とっさに補助魔法”スロウ”をかける。


 能の舞台のような優雅さで振り下ろされる剣を

 ジェラルドがガチッと受け止める。

 ……とどめを刺されるのは間に合ったようだ。


 しかしそこにはすでに1頭、牛が横たわっていた。

 その横でマイクが悔しさと悲しみのためか

 歯を食いしばりふるえ、泣いている。


 どこにでも他人が大切にしているものを

 くだらないで簡単に壊す奴はいるが

 それが正当に罰せられるかどうかは、

 俺たちが転生前にいた世界でも、

 この異世界でも微妙なところだ。


 でも俺は、どちらにせよ許さない。


「つまり、だ。お前らは乳牛だと判っていて切ったんだな?」

 俺はいつでも単刀直入だ。

「なんだ、お前らは!?」

 剣をジェラルドに止められ、驚いていた剣士が叫んだ。

 その後ろに立つ2人の兵士もこちらをにらむ。


 下を見るとピートは鼻血を出し、意識が無い状態だ。

 手っ取り早く済ませることにする。

「俺か? 身分で言えば王子だが?」

 そう言って指輪をかざす。

 それを聞き、後ろの2人の兵は焦ったように剣士を見た。


「この方は、ロンデルシア国王のご依頼で

 魔獣の討伐のためいらしたのだ!

 滅多な言動は控えよっ!」

 ジェラルドがピートの息を確かめながら言い放つ。


 そして俺を見て焦った声を出す。

「……まだ息はありますが頭を打っています。

 動かすのは危険なのでこちらにフィオナを……」


「それはそれはご苦労なことで王子様!

 こちらの魔獣は俺に任せて、

 とっとと向こうに行っちゃってください~」

 ジェラルドのげんを遮り、剣士がニヤニヤしながら叫ぶ。

 その様子を見て安心したのか、他の二人も加勢に加わった。


「この方はあの、大魔獣グムンデルドを倒し、

 チュリーナ国より騎士ナイトの称号を賜ったアーログ卿だぞ!」

「はあ?!」

「ええっ?!」

 俺とジェラルドは声をあげて驚く。


 その様子を驚嘆したと勘違いした彼らは、

 ドヤ顔で俺たちに、彼を褒めたたえ始める。

「誰よりも強く、勇敢な方だ!

 その辺のものなど足元にも及ばぬわ!」

「どんな魔獣もアーログ様が来ると泣いて逃げ出すんだぞ!」

「と、いうわけだ。シュニエンダールのクズ王子」

 あごをあげ、見下すような顔で、アーログが言う。


 ……俺の身元は割れてるってわけだ。

 国外の情勢にも詳しいとなると、

 ”騎士の称号”を賜っているのはハッタリではなさそうだ。


 しかし、今はピートの処置が先決だ。

「そうかそうか、そりゃすげえ。

 じゃあさっさと森に逃げた魔獣を追ってくれ。

 見事仕留めたら拍手くらいはしてやるよ」

 俺はそう言って近づこうとすると。


 アーログはいきなり剣を振り、

 ピートを突き刺そうとした!


 ガキン! と強い金属音がし、

 見るとジェラルドがしっかりとそれを防ぎ、

 アーログの剣を弾き飛ばしたのだ。


 目を見開き、アーログは顔を真っ赤にする。

 自分の剣を弾かれたことなど無かったのだろう。


 俺は動揺が隠せない彼に追い打ちをかける。

「いやー、本当に驚いたよ。

 チュリーナはグムンデルドを倒したくらいで

 騎士の称号をくれるんだって聞いてさ」

「なっ! なんだとお!」


 唾を飛ばして怒鳴る彼に、俺はジェラルドを指し示して言う。

「彼はそんなのとっくに倒しているし、

 もっと手強い魔獣、そうだ、

 この間なんて魔人も倒したよな?」


「魔人だあ?! 嘘をつくなあ!」

 彼は俺の胸倉をつかもうと腕を伸ばすが、

 補助魔法”麻痺パライズ”をかけたせいで

 その場でピクピク動けずにいるだけだった。


「何をした? なんで動かせないっーーー?」

「クズ王子って情報、ソースは何だよ?

 大衆紙の鵜呑うのみは一番やっちゃダメなことだよなあ」

「うるさい! お前らコイツを斬れ!

 国には俺が上手く報告するから心配するな!」


「は、はいっ!」

 兵たちはアーログに心酔しているのか

 はたまた弱みを握られているのかわからんが、

 俺に向かって剣をかまえ、走り込んでくる。


 ゴオオオオオオオ……


 その時、後ろからものすごい暴風が吹き荒れた。

 全員の髪が真横に流れ、足がグラつくくらいの強い風だ。


「……この風は」

 俺が振り返るとそこには、

 鬼の形相をしたフィオナと、

 視線だけで凍死しそうな目で

 こちらを見ているエリザベートが立っていた。


「ああピートさん! 大丈夫ですか?」

 ジェラルドの声に下を見ると、ピートが目を開けていた。

 しかも、それだけではない。


 ブルルルル……

「おおお? お前……!」

 横たわっていた牛が、頭を起こして首を振っている。

 腹に付けられた傷も塞がっており、

 出血すら回復しているようだった。


「”癒しの暴風”かよ、フィオナ」

 状況をひとめ見て、治療を最優先させたのだろう。

 本来穏やかな回復魔法”癒しの風”を

 風速30メートル近い強さで送り出したのだ。


 一瞬で彼らを回復させたのは見事だが、

 アーログの麻痺まで治してしまったらしい。


「なんだあ、お前ら! 余計なことしてんじゃ……」

「……”癒しの風”」

「どわっ!!」

 フィオナはさらに唱える。

 しかし今度は直径15センチくらいの突風にアレンジしてあり、

 それがアーログのお腹に直撃したのだ。

 彼は”くの字”になって、3メートルくらい吹っ飛ばされていく。


 すごいな。使いこなしてるじゃないか。

 メアリーの件が解決した後

 豆が届くまでのわずかな期間。


 チュリーナ国へ向かうルートの街道を

 俺たちは討伐しながら訓練していたのだが、

 思った以上の成果だった。


「ふふふざけんな!ぶっころ……」

「”癒しの風”!」

「ぐはっ!!」


「てめえ!いいかげんに……」

「”癒しの風”ったら風っ!」

「ぐわあっーーー!!」

 ……。

 そんなことを何回か繰り返し、アーログは遠くに運ばれていく。

 取り巻きの2人はあたふたと彼を追いかけていった。


 それを横目にジェラルドがピートを助け起こし

 俺はマイクに牛の様子を尋ねる。

「大丈夫みたいです、もうダメだと思ったのに。

 こんなところで、意味もなく死なせるなんて、

 悔しいやら頭にくるやらで気が狂いそうでしたよ!

 ……ピートはどうですか?」

「打撲や骨折は大丈夫だ。

 まあしばらくは安静にした方が良い」


 それを聞き、マイクはふーっと息をつく。

「本当に助かりました。

 あいつら、本当にいろんな所で暴れまくって……」

「いろんな所? ここだけじゃないのか?」


 その時、見知らぬ男たちがこちらに向かいながら

 叫んでくるのが聞こえた。

「アーログさーん! 良いもんいっぱい手に入れましたよ!

 これでバーベキューしましょー」

「あっれー? いないのか? どこいっちゃったんだ?」

 彼らは手に、たくさんの野菜や果物を持っていた。

 ……まさか。


 俺は彼らを問いただす。

「……その野菜と果物、どこから持ってきた?」

「ああ? なんだてめえ。その辺にあったんだよ。

 何か文句あるのか?」


「討伐隊じゃなくて、たちの悪い盗賊じゃないですか!」

 フィオナが憤慨してつぶやく。

 それが耳に入ったのか、その男たちはペッと唾を吐き、

「俺たちは魔獣を倒してやってるんだぞ?

 ”食べて頂いてありがとうございます”だろうが」


「おい! お前ら! 俺はここだ!」

 戻って来たアーログが大声で叫ぶ。

 そしてこちらを見て言い放った。

「お前ら、よくも邪魔をしてくれたな?

 ”騎士の称号”を持つ者を妨害する者は

 厳罰に処されるんだからな!

 お前ら全員、牢屋に入れてムチ打ちだぞ!

 たとえ王子様でもな!」


 何をバカなことを、言いかけたが、

 見るとマイクが俯いている。

「……たしかにお触れは来ていました。

 ”騎士ナイトの称号”の職務を妨げてはならない。

 ”必要だ”と望むものは、何でも差し出さなくてはならない、と」


「王族もびっくりの特権階級ってことか」

 俺は呆れかえるが、ジェラルドは顔をしかめる。

「聖騎士団の時もそうですが、

 僕が目指すものの実態は、

 どうしてこうガッカリさせられるものなのでしょうか」


「大丈夫よ、ジェラルド。

 ”騎士ナイトの称号”に関しては、

 一般的には崇高なものだわ。

 何にでも、悪用する者がいるってことよ」

 エリザベートが微笑んだ。


 フィオナをにらみ、続いてエリザベートを見たアーログは

 鬼の形相からニタァーとしたいやらしい笑いに変えた。

 すんげえ分かりやすい奴だな。


「聞いたろ? ”騎士ナイトの称号”を持つ者が

 必要だと言えば何でも捧げなくちゃいけないって

 チュリーナ国王からのお達しだ」

 そう言って、彼はじりじりとエリザベートに向かって歩く。


「俺が今、必要なのはな?

 好きなだけ楽しませてくれる女2人だよ」


 エリザベートは逃げずにじっとしている。

 手のひら乗せた魔石を、伏し目がちに見つめていた。


 その美しさから目が離せないのか、

 彼女の手元に気が付かないまま、

 アーログはじりじりと近づく。


 エリザベートの口の端が上がった。

 アーログは手を伸ばし、喘ぐように言う。

「捧げてもらおうか……全部な?」


 その言葉に、エリザベートがすっ、と顔を上げた。

 目が赤く光っている。……やっべ、マジギレしてんな。


 それを見て腕を引っ込めようとしたアーログに

 エリザベートが不敵に笑って言う。

「では私の技のをお受け取り下さい」


 ……要は、死刑宣告ってことだ。俺は心で十字を切った。

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