高校2年になってすぐ、俺は幼馴染の白石春とともに始業式を終えた学校からの帰宅路を歩いていた。曇り空が続いていた昨日までとは異なり、白い雲がよく映える心地の良い晴天だった。去年よりも開花が遅れた桜の花が弱い春風に吹かれて空へと舞った。そんな空を見上げながら、彼女はポツリと、けれど、しっかりと俺に向かって言った。

「ねぇ、蒼海。死ってなんだと思う?」

し?市?詩?それとも……死?

「ちょ、ちょっと待ってくれ。“し”って……」

「うん、死ぬの“死”」

絶句した。彼女と出会って早11年、他の友人よりも彼女のことはよく知っていると自負している。俺の知っている彼女は、死なんて物騒な言葉とは無縁であるような、善意とユーモアを固めてできたような人だ。そんな彼女が死を語ろうとするなんて思わなかった。

 彼女を見る。彼女は確かに俺に話しかけたのに、ずっと空を眺めていて俺の方は向いていない。彼女の目には空を舞う桜の花弁と青く澄んだ空だけが写っている。ただ、彼女の瞳越しに見る空は黒い絵の具を混ぜた水を一滴落としたような色をしている。

「それで、どう思うの?」

彼女は初めて俺の顔を見た。その時の表情を俺はあまり覚えていない。モヤがかかっていて思い出せないという表現をよく見かけるが、俺は、もやがかかっているというよりも黒の油性ペンで記憶の中の彼女の顔が塗りつぶされているような感覚に陥っているのだ。顔が思い出せない分、その他の情報は鮮明なまでに覚えている。黒く長い彼女の髪、学校の白いセーラー服、風で靡くリボン。全部、全部覚えているのだ。しかし、この時の彼女の顔だけが俺にはどうも思い出せなかった。

 先の質問に、俺ははっきりとした答えを出せなかったと記憶する。黙ったままの俺を見ていた彼女は、目線をもう一度空に戻した。

「あ、鳥だ」

そう言った彼女は空を舞う白い鳥を指差した。

「珍しいな、真っ白な鳩が飛んでるなんて」

「だよね。この街は普通の鳩の方が多いもんね。……いいなぁ、私もあの鳥みたいになれたらいいのに」

彼女は続ける。

「私はさ、あの鳥みたいに空を飛んで、自由に、どこにでも行けるようになりたいの。その時は蒼海にもついてきて欲しいんだけどね。私、馬鹿だからさ、風の流れに身を任せたまま烏に見つかって突かれるの嫌だし。……これが一応、私の考える“死”かな」

どうやら、今の話は最初の質問に繋がっていたようだ。

「私の考える死は”解放”と”自由”なんだ」

彼女は前を見ていた。半歩後ろにいる俺には全く気を止めない。

 不意に春特有の強く暖かな風が吹く。風は彼女の服を靡かせ後ろへと流れていく。靡く彼女の制服は白い翼のように見えて、さっき見たあの白い鳥のようだった。


 彼女は、本当に鳥になろうとしているのだろうか。


そんな考えが頭をよぎる、とある春の晴天の日。この日が、変わってしまった彼女との初めての会話だった。

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◾️は白い鳥を象った 以夜 @iyo-hakmu

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