終章

第43話 エピローグ

 湖国の展望デッキで佐川刑事は由美と翔太が写った写真を見ながら1年前のことを思い出していた。事件は解決したがその後、2人はどうしていたのだろうと・・・。彼は由美からの手紙を広げた。


【拝啓。山々が赤く色づく時期となりました。湖上警察の皆様方にはいかがお過ごしでしょうか。1年前の事件では大変なご迷惑をおかけいたしましたが、一方ならぬご厚情をいただきまして感謝の念に堪えません・・・皆様にご報告があります。私と翔太は正式な親子になりました。名前も緑川楓太となり、これからも・・・】


 あの事件の後、由美は誘拐罪に問われようとしていた。だが自分の子供を守ろうとしたなどの諸般の事情が考慮され、不起訴処分となっていた。もちろん佐川刑事たちはそのことを検事の前で証言した。そして今、DNA親子鑑定により裁判所の判断で正式に子供を取り戻したのだ。

 佐川刑事は手紙を閉じて荒木警部に言った。

「これで本当に親子になれたのですね」

「ああ、そうだ」

「ところで楓太君に父親のことを聞かれて由美はどう説明したのでしょう。あの赤木竜二だと教えたのでしょうか?」

「聞いたところではそれは告げたようだ。楓太君はそれを受け入れた。赤木は悪事に手を染めていたが、楓太君には優しく接していたようだ。それで悪い印象がなかったかもしれない。あの水上の父親に比べて・・・」

 そう聞いて佐川刑事はまた写真を見た。1年前と比べ楓太君はしっかりとした大人の顔になっている。様々なことが彼を成長させたのかもしれない。


 そんな話をしている2人に後ろから声がかけられた。

「おまえたちもここにいたのか?」

 それは大橋署長だった。出港前のあわただしい時なのにこの展望デッキに上がってきていた。

「署長。どうしました?」

「今日の山々の紅葉がきれいに見えたからここに上がって来た。少し時間があるからいいだろう。ところでそれは?」

 大橋署長は佐川刑事が持っている手紙に目をやった。

「1年前の事件の関係者から捜査課に届いたものです。よかったらどうぞ」

 佐川刑事が差し出すと大橋署長はざっと目を通した。

「なるほど。あの事件か」

「ええ、シージャックから始まった・・・」

 荒木警部がうなずいた。大橋署長は手紙を佐川刑事に返すと、比良山系の紅葉を眺めながら言った。

「あの事件に少し興味があっていろいろ問い合わせてみた」

「署長がですか?」

 この大橋署長はなぜかあちこちに顔が利いて、いろんな情報を持っている・・・それは荒木警部も佐川刑事も以前から思っていた。

「ああ。後のことが気になってな。水上家のことだ」

「事件を主導した水上貴子は保釈を認められず拘置所でしたね。水上雅雄は何の罪にも問われなかったと聞いていますが」

「ああ、でも体調不良でずっと近江病院に入院中だ。どうも心を病んだらしい」

「そうでしたか。あの家に戻った和雄君はどうなったのですか?」

「DNA親子鑑定で水上雅雄の子供ではないことは判明している。だがそれを表沙汰にはしないようだ」

「考えてみたら彼が一番、不幸になったのかもしれませんからね。何の罪もないのに。水上家から追い出されずによかった」

 佐川刑事はあれから和雄のこともずっと心に引っかかっていたのだ。

「森野さんと奥山さんが水上家に残って支えていくようだ」

「そうですか」

「森野さんは翔太君がいなくなったから寂しがっていたようだが、代わりに仕える相手が見つかって少し元気が出たようだ。まあ、これはこれでうまくおさまった」

 大橋署長はそこまで言って少し微笑んだ。

「まあ、手紙にある通り緑川由美の方も解決したようだな。これも紅葉のおかげか・・・」

「紅葉ですか?」

 荒木警部が眉をひそめて尋ねた。

「ああ、あの母子が行く先には常に紅葉があった。あの神秘的な力で2人が守られていたのではないかね?」

「まさか。この時期はどこも紅葉してますよ」

 荒木警部は笑いながら言った。

「そりゃ、そうだな。おっとそろそろ出港の時間だ。早く戻らないと副署長に嫌味を言われるからな。じゃあな!」

 大橋署長はそう言って展望デッキを下りて行った。荒木警部はその後ろ姿を見送りながら肩をすくめていた。

「相変わらずだな。署長は。いきなり不思議なことを言い出すから」

「ええ、そうですね」

 佐川刑事はそう答えていたが、彼も2人を山々の紅葉が守ってくれたのではないかと感じていた。


 港の方が少し騒がしくなってきた。下を見ると教師に引率されて生徒たちが列になって歩いていた。その先には「うみのこ」が停泊している。

「今日も『うみのこ』のフローティングスクールがあるのだな」

「ええ、そのようです」

 佐川刑事はそれを見ながら、生徒たちが無事に勉強して行けるようにと願っていた。

「ボー!」

 やがて湖国の汽笛が鳴った。いよいよ出航の時間だ。

「では我々も行くか!」

「はい」

 紅葉に囲まれた琵琶湖に、今日も警察船「湖国」がパトロールのために出航していった。

 

             完

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びわ湖錦秋の逃避行 ー湖上警察よりー 広之新 @hironosin

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