第42話 因果応報
それから翔太は近江病院に運ばれて検査を受け、念のために1泊することになった。そこにはやはり雅雄は来ず、森野だけが駆けつけてきた。彼は翔太の無事な姿に安心するどころか、すっかり喜んで舞い上がっていた。
「翔太様。大丈夫ですか? お怪我はございませんか?」
「僕は大丈夫だよ」
「それはよかった。この森野がどんなに心配したことか・・・」
「心配かけてごめんよ」
「では明日、森野と一緒に家に帰りましょう」
すると翔太は頭を横に振った。
「ううん。僕はあの家に帰らないよ」
「えっ! どうしてでございますか?」
「僕はあの家の子供じゃないんだ。ごめんね」
翔太のその言葉に森野は訳が分からず目をパチクリしていた。
翔太をこのまま水上家に返すわけにはいかなかった。雅雄も今回の事件の共犯の可能性があるからだ。対応に当たった荒木警部は児童相談所と相談することにした。その結果、翔太はしばらく児童相談所に預けられることになった。
別荘にベビーシッターとともに残されていた和雄は警察に保護された。母親が急にいなくなって寂しがっていたが、水上の家に戻ると聞いてほっとしたようだ。和夫は警察の手で家に送り届けられた。この事件では彼も不幸になった。母親の貴子が犯人となって捕まってしまったからだ。しばらくは母親と別れて暮らさねばならない。
水上家では雅雄だけがこの事件の結末に満足していた。
(あの翔太は他の子と取り違えられていることが判明した。それを私がしたこととは証明できないから罪に問われることもない。病院に責任を押し付けることができるだろう。それに本当の翔太はすでに死亡しているから、水上家の財産は自分と和夫が引き継ぐことになる。しかも浮気女の貴子も今回のことで離婚できて追い払うことができるだろう・・・何もかもうまくいった!)
そう考えてほくそ笑む雅雄のもとに急な来客があった。
「旦那様。警察の方がいらっしゃいました」
森野が雅雄の許しもなく、もう部屋の外まで案内してきていた。
「森野! どうして断りもなく・・・」
「旦那様。大事な要件のようです。それですぐにご案内しました。いけませんか?」
あれから森野は雅雄に対して少し反抗的な顔を見せていた。
「今は気分がすぐれない。出直してもらいなさい」
雅雄はそう言ったが、森野は首を横に振ってドアを大きく開けた。そして2人が強引にその部屋に入ってきた。それは荒木警部と佐川刑事だった。
「申し訳ありませんが大事な要件でして」
荒木警部の目は鋭く雅雄を見据えていた。
「刑事さん。事件は解決したのでしょう。急な要件とは何ですか?」
「いえ、まだ事件は解決しておりません。あなたが11年前にしたことが」
「何のことでしょうか?」
雅雄はとぼけた。だがその実、追い込まれるかもしれないという不安で額に冷や汗を浮かべていた。
「私が先日、お話した仮説をお覚えておられますね。楓太君が翔太君と入れ替わったのはあなたがしたからではないですか?」
佐川刑事はそう問うた。だが雅雄はとんでもないという風に首を横に振った。
「まさか! この私が? そんなことをするはずがない。私は元々、あのDNA親子鑑定書の真偽を疑っていました。しかしあなた方警察が調べたら本当だとわかったのでしょう」
「ええ、あの鑑定書は正式なものでした」
「だから翔太が別の子供と入れ替わったのは事実です」
「ではあなたが11年前に取り替えたことを認めるのですね?」
「いいえ。取り違える機会は何度もあった。近江病院で生まれた日も近かったし、乳児検診の日も同じだった。病院のミスでこんなことが起こった。いうなれば私は被害者です。取り違えた子供を今まで育ててきたのですから」
雅雄はこともなげにそう言った。
「そこまで調べていましたか。あなたはそれを病院のミスだと言い張るのですか?」
「まあ、そういうことになりますかね。刑事さんが考えたようなことを私がした証拠がありますか? ないでしょう。憶測だけで人を非難するのはよくないですよ」
そう言われれば佐川刑事は引き下がるしかなかった。
(この男はこういう結末になると思って貴子たちの犯罪を見て見ぬふりをしたのか。狡猾な奴だ。だが我々警察が手を下せることはない・・・)
佐川刑事はため息をついた。目の前の雅雄は勝ち誇った顔をしている。
「確かに何の証拠もない」
荒木警部もそれを認めた。だが・・・
「これをお見せしようと思いまして・・・」
荒木警部は懐から2通のDNA親子鑑定書を取り出した。
「これは?」
「別荘の奥さんの金庫から押収したものです。元々、その施設では3件の親子鑑定を頼まれていた。DNA親子鑑定書はあと2通あったのです。あなたにお返ししようと思いまして・・・」
荒木警部はそれを雅雄に渡した。そして佐川刑事に
「帰るぞ!」
と声をかけ、さっさと部屋を出て行った。佐川刑事も雅雄に一礼してからその後に続いた。
雅雄はそれを見送りながらニヤリと笑った。
「誰も私を裁くことなどできない。すべて私の思い通りに進むだけだ」
こんなDNA親子鑑定書など・・・雅雄はごみ箱に捨てようとした。だが何か引っかかるものを感じた。彼はその2通のDNA鑑定書を何気なく開いてみた。
「こ、こんなことが・・・」
雅雄は驚きのあまり、その書類を手から落とした。貴子は「雅雄と翔太」以外に密かに別の親子鑑定を依頼していたのだ。それは・・・。
「和雄は私の子じゃない! 紅林という奴の子供だというのか!」
思い返してみるとホステスだった貴子には別の男の影があった。妊娠したから後妻にしたのだが、その子供はその男の子供、つまり紅林の子供だったのだ。
「あっわわっわわ・・・」
雅雄の悲痛な叫びはもはや声にならなかった。そして彼の部屋からはひどく嗚咽する声が響いてきた。
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