第5話 店番

 ◇


 改めて家を見ていくと、どこの部屋にも必ず灰皿が置いてあることに気付く。どのこ灰皿にも煙草の灰やら、吸い殻が必ず残っていた。掃除してないんだ。汚いやつ。


 そのことと同時に、俺の鼻があまり機能していないことも痛感させられた。あれだけ吸い殻が放置されていて、かつ、短時間に四本も吸うような奴だ。それに気づかない俺も俺でやばいやつだろう。近年風邪を引いた記憶がないことから、原因は何かしらの薬物のせいだと決めつけた。


 相瀬先生からしたら、このカトヌノラリーとかいう店は随分と煙草臭かっただろう。受動喫煙待ったなしの地獄の家だ。


 もう一つ問題があるとするならば、煙草臭い古着を売って売れるのか、という点。俺の鼻にはわからないが、あれだけスパスパと吸っているようじゃ、商品にも臭いがついているに違いない。


「誉、聞いてるか?」


 令田が吸いかけの煙草を片手に、考え事をしていた俺の図星を突く。


「ん? うん。レジの使い方だろ? 高校時代にバイトやってたからわかるって」

「なら良い」


 この古着屋にある商品も、訳アリが多いから煙草臭さで誤魔化してる方が、都合が良いのかなと考えたりする。


「ギャングが詰めてきたと思ったら俺を呼べ。まぁ、何もしてないのに詰めてくるギャングは早々いねぇから、安心しろ」


「そもそも客来るのか? この店」


「馬鹿にしてんのか。意外と来るぞ、この街の服事情をわかってないやつめ」


「知るかよ、昨日来たばっかなんだよ」


 服事情も知らなければ、地理も常識も何もかもが抜けている奴に一体何を求めるというのか。


「見るからに怪しい奴がいても深入りするなよ。お前、変にコミュ強なときがあるからな」

「喋れることはアドバンテージになるだろ?」

「馬鹿言うな。変に探り入れられたって思われたら、詰められるのは責任のある俺だぞ」


 気が付けば、令田は新しい煙草に火をつけていた。


 俺より酷い依存症じゃねぇか、と口に出しそうになるが後の事を考えてやめておく。こういうやつでも妙なプライドがあって、それに縋って生きていたりしてそうだなと考えたからだ。


 そう、例えば「違法薬物に手を染めてる五十嵐誉よりはマシ」とか。合法だとか、金額だとか、頭の賢さだとか、この点では俺の方が上だと思い込まないと正気では生きていけない奴。


 令田がそうだとは知らないし、勝手な俺の想像には違いない。気持ち悪い以外の感想は出てこない。でもこいつは脆い。脆さなら知っている。


 呼吸と同じように煙草を吸う令田に、俺の中の心配は強まる。


「……令田、吸い過ぎじゃね?」


「んあ? 他人の心配する前に自分の心配をしろ。俺は煙草でお前に迷惑をかけたことあるか? 受動喫煙以外で言ってみろ」


 煙草の主な害の要素を抜いている時点で、害があるとわかりきっているようなものだった。俺としては受動喫煙を気にするタチでは無い。ただ俺が心配なのは令田の身体と、その異常とも言える依存性だった。


「受動喫煙は今更気にしてねぇよ」

「じゃあ何だ? 煙草臭いとでも言うか?」


 語尾が上がり、強い口調になっていく。


「何でちょっとキレ気味なんだよ。あと俺全然鼻機能してねぇからわかんねぇ」

「あっそ。じゃあ文句言うなよ」

「まぁ、いいか」


 かと言って「お前の身体の心配をしてるんだ……」なんて言えない。ましてや、吐息多め、耳元囁き、手を相手の腰に添える、なんてトッピングしてボケることもできない。


「俺はこの前仕入れた服をクリーニングしてくるから、何かあったら呼んで。クリーニング室わかる? 昨日案内した部屋、覚えてるか?」


「クリーニングの仕方は知らない。部屋は知ってる」


「誉、俺はクリーニングの仕方なんて教えてねぇよ」


「あ、そうだっけ?」


 ラックボタンの後遺症は嗅覚の異常と記憶障害と見た。


「じゃあ、店番頼んだぞ」


「おう、任せろ。何があっても店を守ってやる」


「そこまでしなくていい」


 俺は令田を見送る。令田の左手には吸いかけの煙草を持っていた。

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いのちは薬漬けにして、晩餐会で召し上がる。 星部かふぇ @oruka_O-154

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