漆黒の惑星

WEEDING OUT

　本当に訪れるかもしれない、今からそう遠くないそんな未来。

　ＡＩは、より賢いＡＩを自ら生み出し続けるシンギュラリティ（技術的特異点）を迎え、爆発的な進化を開始。その神の如き知の力を得た人類は、温暖化問題やエネルギー問題をも解決し、さらなる繁栄を謳歌していた。

　そんなある日、こんなニュースが報道された。

『アメリカでブラックベリーが大豊作　農家は大幅な値下がりを警戒』

　酷暑の夏、誰も気に留めない本当に小さなニュースだ。

　しかし、これがすべての始まりだった――

　報道から半年。季節は冬。

　都内の公園で野生のブラックベリーが発見される。

　ニュース番組では、実を摘みながら笑顔で酸っぱそうな表情を浮かべる親子連れの姿が放映されていた。

　以降、日本各地の公園で次々とブラックベリーの繁殖地が発見される。外来種による侵食とも言える状況ではあったが、様々な食し方や加工の方法などが連日テレビで放映されたり、動画サイトで公開されていき、ブラックベリーは国民の間でちょっとしたブームになっていた。

　植物学者たちはこの異常な状況に警鐘を鳴らした。ブラックベリーは繁殖力が強い植物ではあるが、真冬に実をつけるなど有り得ないからだ。

　しかし、ブームに浮かれる国民にこの警鐘は届かなかった。

　報道から一年。

　ブラックベリーの繁殖は公園だけに留まらず、街のあちらこちらで見られるようになり、ブームも過ぎた今、雑草のように邪魔な存在となっていた。各自治体もその駆除に苦慮し始めている。しかも、この状況は日本だけでなく、世界各地でみられるようになった。

　この頃から世界中で呼吸器系の疾患が増え始める。胸に軽い苦しみを感じ、咳が止まらなくなるのだ。次々と罹患者が増えていき、世界はパニックに陥っていった。コロナウイルス感染禍の再来である。

　この異常な状況に、ＷＨＯ（世界保健機関）を中心として世界中の国々が原因の解明に尽力した。

　そして、アメリカ・中国・日本の共同チームが原因を発見。

　原因は、ブラックベリーだった。

　実と共に体内に取り込まれた種子の一部分が肺に根を張り、それが息苦しさと咳の原因となっていた。しかも、肺に根付いた種子は微細な粒子となって咳とともに体外へ放出されていたのだ。それを吸い込めば、もちろんその人の肺に根を張り始める。また、その体外に放出された粒子から種子が生成され、やがて発芽することも判明。体内で発芽したケースは無いものの、この事実は世界中を驚かせた。

　つまり、この症状は空気感染すると共に、ブラックベリーは人間を介して繁殖地を拡大させていたのだ。街中でブラックベリーが見られるようになったのは、これが原因だった。

　この症状は『ブラックベリーシンドローム（Blackberry Syndrome、黒野苺症候群）』と名付けられた。

　人類はＡＩによる治療薬開発を進め、その薬も世界中に分け隔てなく配布。やがてこの症候群によるパニックも沈静化していった。

　同時に、ブラックベリーの駆除も世界中で進んでいったが、その異常な繁殖力により根絶するまでには至らなかった。すでにブラックベリーは大きく変異していたのだ。

　報道から三年。人類は驚愕する。

　症候群向けの薬剤に耐性を持つブラックベリーが現れ始めたのだ。また、その繁殖力は凄まじく、変異に変異を重ね、砂漠でさえ徐々に繁殖地となっていった。この状況にフランスの植物学者は国連での国際会議の場で、全世界に向かって強い口調で訴えかけた。

「これは変異などという言葉では説明できない。これはブラックベリーの『進化』である」

　国連は、史上初めてこの地球上における非常事態を宣言。人類は自らの種の存続を賭け、ブラックベリーとの生存競争を始めたのだ。

　人類の英知の結晶であるＡＩの助力によって、ブラックベリー根絶方法の立案、ブラックベリーシンドロームの新しい治療薬の開発などを急速に進めていき、人類の勝利は間違いないものと見られていた。

　ところが――

　ブラックベリーは、燃やしてもその煙に種子の粒子を混ぜて繁殖地拡大を加速させ、ダイオキシンなどが含まれた化学的な除草剤にも耐性を持ち始める。さらに、人間の体内で発芽するケースが徐々に増えていった。その対応にＡＩの計算がまったく追いつかない。

　ＡＩの計算や進化のスピードよりも、ブラックベリーの進化の方が早かったのである。

　報道から七年。

　地球上において自律的に動いている生物や物体は完全に無くなり、海さえも進化したブラックベリーの実に覆われた。

　人類を滅ぼしたのは、戦争でも、核兵器でも、ウイルスでもなく、ブラックベリーだった。人類は自然淘汰されたのだ。

　ポンッ　ポポンッ　ポンッ

　ブラックベリーの実が弾けると、種子の粒子が周囲に飛び散り、風に乗ってどこかへ運ばれていく。誰もいないこの地球で、ブラックベリーの勝利の太鼓の音だけが響いていた。

　太陽系第三惑星・地球。

　それは宇宙の闇に沈むような漆黒の惑星。