究極的平等

R

第1話

 今日も灰色に統一された人々は、大きな波となりうねりとなり動いていく。A氏は、自分もその一部だということに現代人としての誇りを感じ、自分がそれを人知れず守っているということに大きな責任を感じた。そして、今日も激しい往来の中に混ざっていった。



 その日、A氏がいつも通り通勤電車に乗り込むと、男が座席でうずくまっていた。どうやら泣いている様だった。

 A氏は急いで駆け寄り、男に話しかけた。


「どうしたんですか、こんなところで。具合が悪いのならすぐに緊急停車してもらって、病院に行かないと」


 男は黙って泣き続けていたが、暫くすると、かすれた声を腹から絞り出すように、


「金……」


と言った。


「なんだ、そんなことを心配しているなら早く言ってください。大丈夫ですよ。金銭関係法第8671条で、『事故等やむをえない事情で業務に支障をきたす場合、これには公的に補助が出る』と決まっているので、あなたが仕事を休んでも、電車が止まって私たちの始業が遅れても、お金はもらえますよ」


「違うっ!私は病気でも何でもない、私はもっとお金が必要なんだ!妻の病気を治すのに、もっともっと金がいるんだっ!」


男はいきなり怒鳴り出した。A氏は困惑して、


「しかし、月の上限を超えてお金を得ることはできませんし、公的機関以外との金銭取引も禁じられています」


「クソッ!あなたは何なんだ、さっきから!あなたもこんな世の中も間違ってる……!」


「何を言っているんですか?今はとても良い世の中になったではありませんか。昔は人と人との間に格差があって、仕事をはじめ、食べ物も、衣服も、家も、全てに差があって、上下があって、人によって違ったんですよ。同じ人間なのに。おかしいでしょう。それに比べて今はずっと良いではありませんか」


それを聞いて男の顔が引き攣った。


「でも!だからって妻は死ぬのか!?そんなのおかしいだろう……!」


「いいえ、おかしくなんてありませんよ。平等こそが真の幸福であり、平和なのですから」


「そんな訳ないだろう!人が死ぬのに、黙って見ているのか?それが平等なのか?こんな世界狂っている!」


A氏は危険だと思った。この思想は危険だと。少し考えて、A氏はこう言った。


「しかし、一つだけ方法がありますよ。生命保険です。あれは例外ですからね」

そう言ったところで、電車が駅に着いた。男が何か言っていたが、A氏は振り向かずに電車を降りた。


「報告しなければ」


そう呟いて、A氏はホームを行く労働者たちとは逆方向に歩き出した。

 暫く行くと、旧国会議事堂が見えてきた。A氏はそこに入っていき、人の気配の無い長い長い廊下を歩き、一番奥の扉を4回叩いた。


「私です。報告に参りました」


扉が開く。中は真っ暗だった。A氏は数歩進んで立ち止まり、敬礼した。


「閣下、今月の危険人物、反逆者、国賊及びそれに準ずるものは本日で109人目です。マニュアル通りに対処しましたが、不十分とあれば直々に処分を願います。この国の平和のために!」


数秒の後、キュイーンという冷たい機械音が静かな空間に響いた。


「報告ヲ受理シマシタ。引キ続キ職務ヲ続ケテクダサイ」


A氏は満足した様子で引き返していった。

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