幕間「無限回廊一〇〇層攻略・終」




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 < アーク・セイバー >クランマスターの一人、暗黒騎士リハリトは己のルーツを知らない。

 どこで生まれたのか、自分が何者なのか、種族レベルで謎のベールに包まれている。ステータスの種族欄に< 竜人 >という表記はあるものの、同種の存在に会った事はないし、迷宮都市の記録上でも確認されていない固有種という扱いだ。

 新たに交流する事になった龍世界では龍の因子を取り込んだ人間、あるいは人化した龍の事を< 龍人 >と呼ぶが、文字の違いだけでなくまったくの別物らしい。自身が龍人であり、種の提唱者でもあるゲルギアル・ハシャがそう言っている以上、間違いはないだろう。

 また、この世界でいう竜、あるいはドラゴンと呼ばれる種とも共通性は乏しい。翼竜、蛇竜、海竜などの亜竜種まで範囲を広げても同様だ。そもそも種族に『竜』とついていても、それぞれが生物学的に見た場合まったくの別物で、進化の元になった生物すら異なるという話だ。詳しい事は分からないが、翼竜の祖先は鳥なのだとか。地竜の祖先は爬虫類で、蛇竜の祖先は蛇ではなくワームと呼ばれる生物らしい。

 そんな話を聞いて、リハリトは余計に自分の事が分からなくなった。


 起源不明、正体不明、類似種なしと極めて孤独な存在ではあるが、実のところリハリト自身はそこまで気にしていない。

 迷宮都市を訪れる以前であれば迫害も受けていたが、この街ではそんな事を気にする者はいない。むしろ、オンリーワンであるというアイデンティティは中二病に汚染された心を奮い立たせるのである。

 日常生活に不便がある事を除けば、極めて醜い容貌も気にするところではない。迷宮都市の医学でも対処不能で、すぐに癒着、変質してしまう故に、常に全身鎧を身に纏う必要があるのも中二病的にはアリといえばアリだ。

 記憶喪失という個性も悪くない。過去に何があったのか不安ではあるが、それっぽいイメージはむしろ望むべきだ。失われた過去の因縁で宿敵が登場したりしたらと考えるだけ興奮してしまう。ただ、エルミアという同じ記憶喪失の存在が近くにいるのはマイナスだろう。こういう個性は一人で十分なのだ。だから< アーク・セイバー >成立の際にも反対したのに。

 記憶が残っていない転生者ならみんな似たようなもんじゃないか、と言い出した奴もいたが、つい殴り飛ばしてしまった。己のアイデンティティが揺らぐ気がしたからだ。


 そんな末期感溢れる中二病患者である彼は今、オーバースキルを切望していた。

 無限回廊第一〇〇層攻略に重要な意味合いを持つという話だが、それ以上に自分だけのオリジナル必殺技という響きに魂が震えるのだ。立場上公言は憚れるが、むしろ無限回廊第一〇〇層攻略よりも重要だった。

 もし自分よりも先に他のクランマスターが格好良いオーバースキルを体得してしまったら、悔しくて暴れてしまうかもしれないと考えるほどに求めていた。特に剣刃あたりが自慢してきたら闇討ちすら検討するレベルだ。

 しかし、剣刃のようにオーバースキルの先駆者である渡辺綱に話を聞きに行くというのも躊躇われた。上位者故のプライドも一応あるが、単純に羨ましくて何してしまうか分からないからだ。渡辺綱が目上に対して品行方正である事は知っていても、ちょっと煽られただけで己の邪悪な力を叩き付けてしまうかもしれない。

 《 断刀 》で"たち"と読む当て字っぽい表記もいい。難読漢字を並べるのと違ってシンプルな格好良さがある。オリジナルというならスキル名にも影響されるかもしれないと、今日も格好良いスキル名を考えつつ、今日も訓練に精を出す。




「ウチのマスターは今日も平常運転……っと」


 視界の隅で今日もリハリトの観察スレに書き込みを行う副官ノエルの姿がある。いつも通りキリッとした秘書スタイルだが、目の前の画面には草が生い茂っている。

 リハリトのスレに常駐している彼女だが、リハリトがそれを咎める事はない。何故なら、リハリト自身も常駐しているからだ。IDを見れば分かるというレベルではなく、コテハンである。本人がいるという事で、他の冒険者のスレッドに比べても人気を博している。

 また、その観察スレを観察する裏スレッドもあるのだが、リハリトへの悪意が満ちたこのスレでさえ、時々本人が降臨する。というか、< アーク・セイバー >第三部隊のメンバーは大体が常連だ。固定ハンドルでなくとも、お互いがIDを見るだけで識別できるくらいだ。

 煽られたら煽り返す。実力で自分は格好良いと認めさせる。そんな彼のスレッドはいつも炎上気味である。ファンもアンチも大勢いて、誰もタブーを気にしない、一種の無法地帯なのだ。一応でも自治しつつ炎上を沈静化しようとする渡辺綱のアンチスレとは違う。むしろガソリンをかける勢いで燃え上がる。

 偶に煽り過ぎて、逆上したリハリト本人がリアルに出現するのも恒例のネタとなっている。特に宣言などせず、唐突に投稿者の前へ現れるのだ。実際に手を出すとダンジョンマスターの説教が待っているので無言の威嚇に留めるが、それでも警察のお世話になる事はしょっちゅうだ。

 でも、自重はしない。何故ならムカつくからだ。


 そんな中二病テイスト溢れる彼の戦闘方法は、極端に邪悪テイストに塗れている。なんというか、黒い。黒い甲冑に黒い魔力光と併せてダークカラー一色だ。その邪悪さはプロレスラー軍団の< ヒーラーズ >に共通するところがあるが、実はデザイン協力しているので当たり前だったりする。

 その戦法を卑怯という声もあるが、負け犬は勝手に吠えていろと煽るのも忘れない。そして掲示板はまた炎上する。

 近い戦闘スタイルを表すなら< 月華 >の夜光だろう。バフ&デバフを巧みに使いこなす夜光とデバフ一極なリハリトという差はあるものの、一対一の戦闘だけ見れば似ていると言えなくもない。相手に対する補助効果によって戦闘を優位に導くスタイルは、言葉だけ見れば同じものに見えるだろう。

 しかし、一対一で真価を発揮する夜光とは異なり、彼の本領は一対多にある。敵味方、ついでに自身を問わず広範囲に状態異常を撒き散らし、< 暗黒騎士 >が得意とする状態異常特攻スキルによって暴れ回る。< 狂戦士 >のユニーククラスである< 凶戦士 >もそれに拍車をかけ、彼の周りは死と恐怖の暴風と化すのだ。逆に、彼にとって生半可な精神系状態異常は火力強化に繋がりかねない。

 その姿は悪役そのものに見えるが、本人的にもその方向性は合っているはずだ。


 そしてもう一つ、彼を体現する戦闘方法として挙げられるのがスキルの強制起動だ。強制起動といっても渡辺綱やクローシェのそれとは方向性が異なり、彼が強制起動するのは下位スキルである。

 多段階に昇華したアクションスキルの昇華前のスキルを発動するという、一見無意味にも見える行動。手加減や威力の調整、あるいは昇華した事によって極端に性質が変わってしまった事による使い分けにも使えるが、それはリハリトが目的とする使い方ではない。

 では本来の用途は何かといえば、スキル連携だ。下位スキルから上位スキルへの連携こそ、この強制起動の最も有効な活用方法なのである。


 スタンダードな《 剣技 》である《 パワースラッシュ 》系統に代表されるように、同系統のスキルは連携のし易さに補正がかかる事は中級以上の冒険者であれば常識に近いが、これはスキルの特性に重複部分が多いほど連携時の補正が強力になるという性質に由来するらしい。

 明確な研究結果が出ているわけではないが、軌道や発動条件だけでなく、近しい特性を持つというだけでもいい。それによって連携のし易さ、威力の補正、追加効果の強化補正、あるいはデメリットの強化に補正がかかるという経験則が存在する。だから、ダダカのように複数種の武器で連携を行うというのは補正効率の面から言えば本来論外と言わざるを得ない。アレはダメージ補正と連続性そのものを狙った別モノと言っても過言ではない。

 つまり、似たようなスキル同士の連携が理想的なわけだが、《 パワースラッシュ 》系統のような同系統・多段階のスキルはそう多くない。スキル昇華で特性ごと別物になってしまうケースが多いためだ。むしろ、《 パワースラッシュ 》のように丸々残るほうが例外といっても過言ではないだろう。


 リハリトが注目したのはこの昇華前のスキル。その強制起動による連携。昇華によって同時に発動できないはずのスキルを無理やり連携させ、各スキルが持つ状態異常効果をスキル連携の補正によって強化し、より高レベルの異常を発生させるという試みである。特に状態異常の重複効果を狙ったものだ。また昇華によるスキルレベルの特性なのか、下位スキルを強制起動しても昇華後のスキルレベルで扱えるというのも大きい。

 生物学的な構造によって無効化される例を除けば、無限回廊のシステムに完全耐性や完全吸収は確認されておらず、また今後も出現しないだろうと分析されている以上、極度の補正を受けた状態異常は強力な武器と化すわけである。

 毒を受けている対象に毒が追加発動しない……などというRPG的な仕様もない。無限回廊のシステムでは同一の状態異常は効果を重ねる事により、より強力に、治療し辛くなる。その上限が未確認な以上、どれだけ効果や補正を上積みしても無駄にはならない。

 装備やパッシヴスキルによって限界まで上乗せされた状態異常効果は、相手の耐性を容易に貫き、形勢を確定させる。どれだけ効き辛かろうと、強固な耐性を持っていようと、それ以上の力で貫通させる。そして、状態異常に陥った相手にはさぞかし< 暗黒騎士 >の状態異常特攻が効く事だろう。泣きっ面に蜂というやつである。

 尚、この戦闘スタイルを実現できる冒険者は今のところリハリト以外に存在しない。思わず掲示板の自己称賛に草が生えようというものだ。『悔しかったら真似してみたらどうですかwww』と。




「……それで、結局のところオーバースキル体得の具合はどんな感じでしょう?」


 そう言うノエルの手はキーボードの「w」に合わせられている。


「思ワシクハ、ナイ」


 リハリトの声色もいつものように人間味の感じられない冷たいものだが、それは表面上だけの事で、中身は中二病に溢れたマグマのような熱き情熱を秘めている。


 誰よりもオーバースキルの体得を望んでいるリハリトだが、他のクランメンバーと同じように苦戦していた。

 習得の前提条件は聞いた。ゲルギアル・ハシャのアドバイスも受けたし、手ほどきも受けた。しかし、未だ方向性すら見えてこない。

 自分らしいオリジナルの必殺技はいくらでも夢想した事はあるし、なんならそれをまとめたノートもあるが、いざそれを現実にしようとすると折り合いがつかない。目移りしてしまう。


「そうですか……私はなんとなくですが掴めましたので、色々準備しておかないと」

「エ? チョッ……」


 唐突な部下の裏切り宣言に焦るリハリト。

 一体なんの準備をするつもりなのか。クランマスターの乗っ取りか、掲示板を使った盛大なリハリト下げを目論んでいるのか。習得したスキルを活用するための準備とは一切思わないのが業の深い話である。ある意味強力な信頼関係が築けていると言ってもいいだろう。


「フルフェイスな上に表情筋ないのに動揺するマスターワロスwwwと……」


 こんな時でも掲示板にネタ提供は忘れない。オーバースキル関連や深層の情報は公開できないために詳細は伝わらないだろうが、ノリだけで動いてる住人が大半のために問題はなかった。

 まずい。このままではクランマスターとしての立場がない。他のクランマスターに先を越されるのもアレだが、副官に負けるのは更に深刻だ。麻雀で身包み剥がされる剣刃より格好悪い。


「……フフッ、サテハブラフダナ」


 きっとクランマスターを焚きつけるために言ったのだと思い込む事で平静を保とうとするリハリト。もちろん強がりである。


「ブラフwwww」


 ムカつく。目の前のダーク・エルフを締め上げたい衝動に駆られるが我慢する。それをした場合、マジだった場合の反撃が洒落にならない事になると判断してしまったからだ。盛大に扱き下ろされてしまうだろう。


「あ、すいません。書き込みに夢中で連絡が遅れましたが、マスターダダカから合同訓練のお誘いが……いつものようにお断りしておきましょうか?」

「……イヤ、行ク」


 己に表情筋があれば、きっと苦虫を噛み潰すような顔をしているのだろうなとリハリトは思う。


「あれー、ひょっとして焦っちゃってますー? いつもみたいに孤高を気取ってオレは群れないぜ的な……」

「…………ウガアアアアアッッッ!!」


 ノエルの煽りは容易にリハリトの沸点を超えさせ、漆黒の暗黒騎士が雄叫びを上げる。

 唐突にクランマスターとサブマスターによる喧嘩が始まった。周りで見ていたクラン員はその惨状を見てため息をつき、流れるように掲示板へ書き込みを投下し始める。

 < アーク・セイバー >の部隊は部隊長であるクランマスターの同類が集まると言われるが、第三部隊もまた同様なのだ。




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「なんだ、珍しく訓練の誘いに乗ったと思えば機嫌悪そうだな」


 一時間後、合同訓練場に顔を出したリハリトは全身甲冑の上からでも容易に見てとれるほどに不機嫌だった。


「……気ニスルナ、イツモノダ」

「お前さんのところは相変わらず仲良いな」


 要するにただのじゃれ合いである。一般人から見れば壮絶な死闘に見えるのだろうが、上級冒険者同士なら怪我すらしないだろう。

 < アーク・セイバー >第三部隊は独特の拘りを持つ変わり者が多い事で有名だ。そういう変わり者はお互いの妥協ラインを弁えているものらしい。意味不明な趣味であっても根本から否定さえしなければ割となんとかなるものであると。外から見れば理解不能な事に変わりはないのだが。


 そうして、会話を交わしながら二人は自然と打ち合いを始める。まずは慣らし、徐々にその速度を早めながら。

 こうしてリハリトと真正面から打ち合える相手は希少だ。部隊内であればノエルを筆頭として多少はいるものの、本当の意味で同格となるとダダカが最良の相手だろう。

 リハリトはその戦闘特性上、結果が極端になる事が多い。たとえ同格の相手だろうが、短時間での圧勝か惨敗の二択だ。< 流星騎士団 >のリグレスのようなタイプなら多少長引くものの、こちらの場合は相性が良過ぎてほぼ必勝になってしまうので、訓練としては微妙である。

 ダダカの場合はリハリトとだけ相性がいいわけではなく、誰が相手でもある程度合わせられる器用さがあるだけなのだが、無数の状態異常に耐え、躱し、その上で真正面からぶつかれるのは訓練相手として見るならやはり希少なのだ。


「最近、どうもキナ臭いと思わんか?」


 近接の打ち合いの中、ダダカは雑談でもするかのように切り出した。しかし、決して攻防の手が緩む事はない。


「思ウ」


 リハリトも当たり前のようにそれへ返答する。

 二人が感じているのは龍世界で起きた異変のようなものではなく、迷宮都市全体を覆う流れのようなものだ。

 強大な敵が迫っているわけではない。失敗すれば即滅亡のような危機でもない。一つ一つは極普通のものだろう。しかし、全体として見ればそれは巨大な流れになる。そういう動きが多く見られ、感じられる。


「ツナが中心となって起きた異変は唐突に過ぎたが、アレはまあいい。あいつはそういうモノなんだろう」

「……ソウダナ」


 アレはどちらかといえばダンジョンマスター寄りの理不尽が招いた結果だろう。流れに多大な影響はあるものの、予想などできるものではない。


「ワシらの第一〇〇層攻略、龍世界との邂逅から交流への流れなどは予想できるモノだからコレもいい。気になるのは、例の暗黒大陸の異変とゲルギアル・ハシャの到来、加えて新大陸のほうも動きがあったらしくアレイン殿が向かった。……ワシらに最も関係性の高いのは夜光……いや、< 月華 >の躍進だな。ありえん」

「…………」


 そう、ほんの少し前までなら有り得ないと断言するような躍進。それが有り得るかもしれないと思ってしまう事がすでに有り得ない事だ。それは、遡れば自分たちがここまで早く第一〇〇層攻略に取りかかっている事から始まっている。そんな、無視できない規模のイベントが立て続けに起きている。


「こういう時は何かが起きる。起きると考えるべきだ。唐突なものではなく、あくまで流れの中の必然。ワシらでも予想のできる範疇の事なのだからな。……さて、そんな今、ワシらが注視すべきはなんだ」


 注目すべきものを見定める事で輪郭が浮かび上がってくる。ならば、今一番見るべきものが何かは決まっている。


「……< 月華 >ダナ」

「ワシもそう思う。前回の連続攻略で無理をしたのか今は大人しくしているが、次かその次……大規模攻略に乗り出した段階で追いついて来かねん……いや、来るな」


 ダダカの予想には確信に近いものがあった。リハリトもそれは否定できなかった。

 < アーク・セイバー >として最も無視できないのは< 月華 >の躍進。元々後続が育つ事を見越していた< アーク・セイバー >としては決して悪い話ではないが……問題はその時期と速度。

 第一〇〇層攻略後であれば問題はなかった。< 流星騎士団 >と合同攻略に踏み切っていない場合でもそうだ。あるいは< 月華 >が二つのクランを飛び越え、先んじて第一〇〇層攻略を始める場合でも問題はない。しかし、この状況では些か以上に問題がある。


「そうなれば、< 流星 >の奴らとの合同攻略体制もどうなるか分からん。< 月華 >を加えて三クラン合同になるか、バラバラに動くか」

「……合同ハナイ」

「……だな。奴らをナメとるつもりはないが、規模と実績が違い過ぎて誰も納得しない。かといって、第三クランが追いついてきた状態で合同攻略は続けられない。誰も文句は言わんだろうが、無理がある」


 元々の経緯からして、二大クランの長期合同攻略……しかも最前線でというのは異様な話だ。無数の条件が奇跡的に噛み合って実現したに過ぎない。そんな体制は外部からの圧力で簡単に瓦解する。

 そんな歪な体制に< 月華 >を加えれば早々に崩壊するのは目に見えている。かといって、第三者が現れたという時点で合同攻略も維持できない。

 それが分からない夜光ではない。この動きは分かっていてやっているといわんばかりだ。あるいはサブマスターの天狐あたりの入れ知恵かもしれないが、意地の悪い事だ。


「近々にこの合同攻略は終わる。それでもなんらかの形で結果を出さなければ意味がない」


 このままでも無意味とまでは言わないが、割に合わない。労力からすれば徒労と言ってもいいレベルだ。クランの利益としても心情的なものとしても許容するのは厳しい。


「攻略の鍵がオーバースキルにあるかどうかは別として、習得に一番近いのは誰だと思う?」

「オマエ」

「自分の事だが、多分そうだな。そして次点はローランかリハリト……お前だ」


 リハリトの攻撃に迷いが生まれた。ローランはともかく、自分は本当にそうだろうかと。

 外部からの評価を見ればそうなるのは分かるが、自身の事となるとどうしても判断がつかない。客観的に見れるダダカがおかしいのだ。

 他の幹部連中が遠いというわけではない。むしろ、大局的に見れば大した差などないのかもしれない。しかし、極短期間でという話になれば、極小の差も大きくなる。そんな中で先んじられると思うほど自信は持っていない。

 ついさっきも副官に抜け駆けされそうな雰囲気だったのだ。いや、アレはきっとブラフに違いない。


「無論、オーバースキルはただの指標であり結果だ。剣刃もそう言われたらしいが、ワシも同意する。習得したからといって第一〇〇層攻略に直結するとは限らん」


 リハリトとしてはむしろ第一〇〇層攻略よりもオーバースキル習得のほうが重要なのだが、それは口に出さない。怒られそうだからだ。


「しかし、指標として見た場合でも重要な事には変わらん。極短期でとなると判断材料自体が乏しいしな」


 ダダカが力を込めたのが分かる。その根底にあるのは焦りか。


「残された猶予はおそらく二ヶ月程度……いや、< 月華 >の勢いを考慮するなら一ヶ月未満と考えたほうが無難だな。……それまでにある程度の結果は出したい。できれば攻略してしまうのが一番だが、最低限でもその道筋を見極めたい」


 そう考えると、リグレスを初めとした暗黒大陸遠征組の離脱が厳しい。元々、一、二ヶ月程度という短い期間故に承認されたが、その期間が重要になってくるのだ。


「……グレンハドウダ?」


 もう一つ気にかかる要素として、グレンを筆頭としたクーゲルシュライバー遠征組の存在もある。帰還後の躍進を考えると無視はできないし、期待もかかる。


「ないな。良く分からんが、あいつは極短期の攻略に関しては見切りをつけている感がある。数ヶ月単位で確実に攻略すべく動いてるのが今なんだろう」


 どういう見込みならそうなるかは皆目検討は付かないが、ダダカはそう感じていた。アレは合同攻略でどうこうするつもりはなく、より確実に"自身が"攻略する道筋を見極めていると。

 それが確実であるなら乗るのもアリだが、少なくとも本人は何も公言していないし、今何もしない理由にもならない。


「ふんっ!!」


 ダダカの一閃によってリハリトの大剣が宙を舞った。模擬戦でなければここからが本番だが、この場はダダカの勝ちだろう。リハリトもそのまま動きを止める。


「……不完全燃焼だな」


 それは何に対しての言葉なのか。


「まあいい。とりあえず、次で何かしらの方針は見つける。その次で何かしらの結論は出す。そんなところだ」

「随分、漠然トシテイル」

「うっさいわ。元々暗中模索なんだから仕方ないのだ」


 ともあれ、近々で動きはある。そう考えているのが自分たちだけのはずもない。剣刃が腰を上げたのだって似たような理由だろう。それを観察してグレンがニヤニヤしているような気がするのはムカつくが、それは置いておく。

 とりあえずの心構えはできた。あとは野となれ山となれ。繊細かつ大雑把なダダカとしてはいつも通りの延長線上の事だ。




 そうしてわずかな時が流れる。

 時期は六月末。新人戦の季節だ。それに合わせたように龍世界からの交流団も到着した。




-3-




「……とまあ、そんな感じだ。お前がこっちに来るまでも色々あったわけだ」


 渡辺綱は、遥か下に広がる迷宮都市の威容を眺める界龍の脇でこれまでの流れを解説していた。その周りには他に誰もいない。


 実は、龍世界からの交流団受け入れに問題が発生していた。散々打ち合わせしたにも関わらず、誰も龍のサイズの事を考えていなかったのである。

 極端に巨体な界龍が同行する事を知っているのに誰もその事に突っ込まなかったのは、多数のすれ違いと認識のズレによるものだろう。迷宮都市で見ると圧巻ともいうべきサイズだが、龍世界の狂ったサイズ感の中にあるとそこまででもないように感じてしまっていたらしい。こうして改めて目視するとでかい。

 元々、巨人でも活動できるように造られた街なので、ある程度の大きさであれば妥協して迷宮都市を案内する事もできたのだが、さすがに界龍クラスの大きさになると移動可能な場所が限られてしまった。必然的に開けた場所のみの案内となり、各所の移動手段も自前の飛行などに頼った形になる。もちろん、商店などには出入りできるはずもない。その事実を空龍から伝えられた界龍は観光案内のパンフを片手になんとも言えない表情を見せていた。どうもカジノに行きたかったらしいが、無理があり過ぎる。

 そして、今は数少ない移動先である観光区画の浮遊島にいるというわけだ。渡辺綱は専用ガイド役である。


「ふむ。こちらの無限回廊は随分と攻略が困難なようだな。いや、話は聞いていたのだが、どうしてもウチの無限回廊と比較してしまってな」


 界龍にしてみれば違和感が大きい。確かに無限回廊の第一〇〇層は世界を超えるための壁であり、種を超越するための境界線だが、彼にとってはそれだけのモノでしかないのだ。

 グレンなどの実力を知っていればそれくらい容易だろうと思うのだが、それでそこまで苦戦しているというのはどれだけ設定を弄っているというのか。

 攻略する種にもよるし、人数の差にもよるが、無限回廊の攻略層の基準はベースレベルとイコールだ。Lv100前後で攻略するのが龍たちの間では目安とされている。それはネームレスの認識の上でも同じだ。実際、界龍たち五龍将は全員似たようなレベルでソロ攻略を完遂している。

 迷宮都市の冒険者の場合、Lv100などとっくの昔に超過している。なのに、未だ攻略されていない。


「そもそも、母上に言わせればそんな大規模に弄れるものではないという話なんだが」

「そこら辺は良く分からんし多分ダンマスも分かってないんだが、この世界の無限回廊は元々誰かの手が入っていたっぽいんだよな。そっちには自然発生する個別ダンジョンみたいなのもないんだろ?」

「魔力溜まりでダンジョンのような環境になるのはあるが、明確にダンジョンとされる事はないな。数千年、数万年規模で放置されていて確認できていないという事は根底から違いがあるのだろう」


 少なくとも監獄星オウラ・ギラや周囲の星々では観測されていない。それは唯一の悪意が出現する以前からだ。

 別世界にはあるのかもしれないが、皇龍やネームレスは管理下の世界でもそれを観測していない。ゲルギアルは明言していないが、少なくとも一般的ではないのだろう。


「それで、始祖殿はまだこの世界にいるのだったか」


 界龍に限らず、現存する龍にとってゲルギアル・ハシャは始祖にあたる。たとえ皇龍の対存在であり、天敵であろうとそれは変わらない。

 ゲルギアルは皇龍の起源となった龍、ルルシエスの名を継いでさえいるのだ。


「いるにはいるが、多分迷宮都市には戻ってこないぞ。というか、この星にいないっぽいし」

「そうなのか?」

「なんか、火星……って言っていいのか分からんが、この星の隣の惑星にあるダンジョンを見に行ったらしい。ダンマスから調査許可をもらったとかなんとか」


 空龍たち三人や交流団として訪れる龍たちと顔を合わせて不測の事態が発生する事を懸念されていたゲルギアルだが、本人は何食わぬ顔で迷宮都市の観光をしたあとに別の国を見に旅立っていった。

 その後も関係者という事で綱にも逐次報告があり、その動向だけは把握していたわけだが、先日唐突にそれが途切れた。話を聞いてみれば、手つかずになっている個別ダンジョンに興味を持ったらしく、火星に飛んで行ったらしい。

 攻略許可は出していないし、ある程度の調査が終わった段階で報告するという条件だが、本人にしてみれば観光の延長線上の事なのだ。

 調査結果の報告について約束しているようだし、しばらくすればフラリと現れる事だろう。それこそ、なんの脈絡もなく唐突に空間を裂いて現れるのがゲルギアル・ハシャなのだから。


「普通の反応だが、お前的にはゲルギアルは怨敵って扱いじゃないのか? 空龍が顔合わせた時は一触即発って感じだったんだが」

「実際に会えばどうなるかは分からんが、知識の上では我々の祖であり、旧世界の偉人なわけだからな。それに、対存在といっても憎悪するような相手ではないと聞いているのだが」


 界龍に言わせればネームレスや無量の貌のほうがよほど怨敵だった。特にネームレスは口にするのも憚れるほどに憎悪している。理由があるから仕方ないとはいえ、未だのうのうと生き延びているのも気に食わない。

 それに比べれば滅ぼし合う宿敵といっても、ゲルギアルは尊敬すべき偉人であり祖でもあるのだ。いざ戦うとなれば魂を賭けて討ち滅ぼすだろうが、今がその時でない事は理解している。


「星龍の奴にも聞いたが、そんな印象は持ってなさそうだったしな」

「……なんで星龍?」


 渡辺綱にとって、その名が出てくるのは唐突に過ぎた。

 あの世界でゲルギアル・ハシャと邂逅した龍はほとんどいないはずだ。確実なのは実際に戦った皇龍と、限定的とはいえ共闘した空龍だが、それ以外に出会うタイミングがあったのだろうか。


「どうも母上が戦っている最中で乱入したらしい。始祖殿に大打撃を与える契機を作り上げたそうだ。どうも、母上が奴のいる宙域に誘導した結果らしいな」

「へー」


 綱としては、世界改変の時点で星龍が死亡していた事は把握していたが、そこに至る過程は認識していなかった。舞台裏でちゃっかり活躍していたらしい。世界を繋ぐ回廊で出会った時に大怪我を負っていたのは、その結果なのかもしれない。


「星龍もそうだが、豪龍の奴も自分は活躍した、目立っていたと勝ち組ヅラしている。貢献度でいえば我が一番のはずなのに……簒奪されてた癖に」

「全体で見ればお前がMVPなんだろうが、豪龍は無量の貌攻略戦でも目立ってたからな」


 裏方に回らざるを得なかった界龍より目立っていたのは確かだ。道中襲ってきたカオナシ龍も豪龍で、界龍の《 大結界 》の展開を阻んだのもグレンが簒奪されざるを得ない状態に追い込んだのも豪龍と、敵味方に大忙しである。漫画か何かだったら表紙に登場しかねない。


 もちろん、界龍が代えの効かない大仕事を果たしたのは間違いないし、皇龍や綱も理解している。今回の交流団に代表として抜擢されたのも、そこら辺に理由がある可能性もある。

 その結果が制限観光なわけだが、それに関しては根本的にどうしようもないだろう。


「こちらの不手際とはいえ、自由に移動できないんだから、いっその事迷宮都市の外にでも出てみるか? ダンマスの許可は必要だろうが」


 何も対策なしにこの巨体が飛んでいたら各国パニックになるだろうが、幸い界龍は隠蔽系の魔術も使える。面白いかどうかは別として、観察する事はできるだろう。


「興味はあるが……一応他の龍の取りまとめ役でもあるからな。例の新人戦開催までに戻って来れないのは困る。外に出るならそのあとだな」

「問題ないと思うがな」


 界龍の移動速度なら、月からでもすぐに戻ってこれるだろう。とはいえ、責任者だからというのは分からなくもない。どの道、会場に足を運ぶのは無理があるにしてもだ。


「エキシビションに出るっていう龍は、実力的にどんな感じなんだ?」

「基本的に亜神化すらしていない幼龍だ。弱くもないが、せいぜいこちらでいう上級下位といったところだろうな。迷宮都市の冒険者事情を鑑みるなら、もっと下かもしれん」


 龍世界交流団のイベントの一貫として、新人戦の最終日にエキシビションマッチが行われる事が確定している。

 数日後の事なのに試合形式も対戦相手も未定だが、迷宮都市の職員ならある程度は形にするだろう。


 ちなみに、冒険者としての立場が不明瞭だった龍人三人やベレンヴァールに関しても、新人戦の代わりに似たような形でエキシビションマッチを行う事になった。交流団の龍もそうだが、一般には事前告知なしのサプライズイベントになるらしい。

 本来ならいろんな意味で注目されそうだったパンダ三匹の試合も、影が薄くなってしまうかもしれない。


「しかし、奴らが出るのに兄たる我が出れないというのはイマイチ納得が……いっそ、乱入という手も」

「それしたらヴェルナーあたりに殴られそうだな」

「おいヤメロ」


 界龍の声色は極めて真剣だった。ただでさえあの吸血鬼はトラウマだというのに、観衆の前で生き恥を晒したら二度と迷宮都市に来れないだろう。

 一応、界龍側にも『簒奪された癖に』と言い放つというマウント手段はあるが、それをしたら最後取り返しのつかない報復が待っている気がしてならない。なので自重する。言うにしても別の龍に言わせるべきだ。

 界龍は汚い大人の処世術を身に付けつつあるのだ。




「話を戻すが、我がこちらにいる間ではやはり第一〇〇層攻略は難しそうなのか? 戦友として、グレンが亜神化するのを祝ってやりたいものだが」

「直接の関係者じゃないから判断材料が足りないが……聞いてる限りだと厳しそうだな」


 つい先日の事だが、一部の予想通り< 月華 >が第九十九層を突破し、第一〇〇層攻略に手をかけた。

 その状態で< アーク・セイバー >と< 流星騎士団 >が合同攻略体制を続けるのに無理があるというのは綱でも容易に想像できる。となると個別の体制に戻って改めて攻略という事になりそうだが、それは純粋に後退といってもいいだろう。


「攻略自体は進んでるっぽいが、中盤?くらいらしい」


 綱は知らないが、< 月華 >が第九十九層を攻略した数日前の時点でも第二エリアを攻略できていない。誰かがオーバースキルを体得したという話も出回っていない。

 人数が多く、パーティの数も多いため、毎日のように誰かしらは潜っているという話だから、今日も攻略はしているのだろうが、数日程度でどうにかなるような進捗とは思えなかった。

 となると、今後は必然的に三クラン横並びの競争でという事になりそうだ。


「予想ではいつくらいと見る?」

「ダンマスは半年くらいを見越してたっぽい。俺もそれくらいじゃないかなって思ってる。周りも似たような意見かな」


 実は、いろんなところで誰が一番に攻略するかの賭けが流行っていた。渡辺綱率いるOTIでもそれは同様で、それぞれが一押しを挙げていたりする。


「ウチの予想一番人気はアーシャさん……アーシェリア・グロウェンティナなんだが、すでに亜神な界龍としては誰が一番乗りだと思う?」

「と言っても、資料で見た程度の事しか分からんからな。やはり戦友であるグレンを推したいところだ」


 OTI内のトトカルチョでは、予想というよりも一推しを競うものになっていた。純粋に予想だけをするには知り過ぎているというのが理由だろう。少しでも知っていると実力以上に活躍して欲しいと思ってしまうのだ。そういう意味では界龍のグレン推しも似たようなものなのだろう。


「ぶっちゃけ、グレンさんは有り得ると思う。長引くほどに確率が上がりそうっていうのがウチの……特にクーゲルシュライバー組の予想だな」


 すべてが高水準でまとまっていて穴の少ないグレンだが、以前のままであれば予想の上位に食い込む事はなかっただろう。しかし、あの戦いでグレンの姿を見た者はそれだけでない事を知っている。

 実際、詳細は判明していなくても、調子がいいらしいというのは綱の耳も入っていた。


「お前自身の推し……というか予想はどうなのだ?」

「ローランさん」


 界龍の質問に綱は間髪入れずに回答する。

 それは、あの不退転の決意を直接宣言された身としては格好良い先達であって欲しいという心情的な推しであり、客観的に見た予想でもあった。


『ローランの奴は"本物"であろうとしている。そして、それを君に見出しているはずだ』


 それは、いつかグレンが口にした言葉だ。


「こういう肝心なところで抜けてくるのが本物ってやつなんだろうさ」


 ローランが本物である事は綱も疑っていない。ならば、それを証明してみせるだけでいいはずだ。




 新たに続いた世界。

 先の見えない道なき道で、無数の事象が蠢動する。


 新大陸の< 煉獄の螺旋大迷宮 >

 暗黒大陸の< 生命の樹 >

 火星の< マーズ・ディザスター >


 これまで動きのなかったそれらがそれぞれ動きを見せる中、< 月華 >が参戦を果たした無限回廊第一〇〇層攻略は混迷を極めていく。































-4-




「正解」


 唐突に、綱と界龍以外誰もいなかった浮遊島で誰かが言った。

 聞き覚えのあるその声に、綱はまさかと思いつつも振り返る。


「……え?」


 そこにいたのは、つい今しがた名前を出したばかりの< 流星騎士団 >クランマスターローランだった。

 宣言を口にしてから明確に避けていたのか、綱の前に姿を現さなかった男がそこにいる。


「普通なら会館に行って色々報告や手続きが待ってるんだけどね。僕のわがままでここに来た」


 そう言いながら近づいてくるローラン。面識のない界龍は少し困惑気味だ。


「ツナ、その者は?」

「ああ、グレンさんの弟で、さっき名前を出したローランさん」

「おお、戦友の弟殿か。我は< 五龍将 >の筆頭、界龍である。この度の交流団の代表でもあるな」

「え……ど、どうも。渡辺君は相変わらずすごい人脈だね」


 龍の交流団が来ている事自体は把握していても、その代表が綱と一緒にいる事は知らなかったらしい。


「それで……さっきの正解って、もしかして」

「ああ、どうやら格好悪い先輩にはならずに済んだらしい。もちろん、これだけで終わるつもりはないけど、最低限はクリアかな」


 有言実行と言わんばかりの報告だ。


「Sランク冒険者、亜神としての号は< 星弓神 >、ついさっき第一〇〇層を攻略した」

「……マジで」

「はは、ダンジョンマスターも驚いてたね。どうやら半年って見てたみたいだから」


 その予想は綱も同様だった。そうなればいいと思ってはいたが、半年という期間でさえかなり楽観的な予想と見ていたのだ。


「とは言っても、僕だけじゃなく剣刃さんもだから、予想としては半分正解かな」

「……マジかよ」

「大マジさ」


 あまりに予想外過ぎて語彙が出てこない。


「直接関係ないけど、Sランクになるとクラン対抗戦の出場権抹消らしいから、年末は荒れそうだね」

「……マジかよ」


 それも予想外だ。最悪、剣刃すら倒す予定だった対抗戦のプランが大幅に変更になる。

 というか、夜光が出場できなくなったらどうすればいいのか。


「あ、いや、おめでとうございます」

「ありがとう。……いやー、キツかった。本当に。合同攻略最後まで粘ってようやくだよ。もう一回やれっていわれても厳しいだろうね」

「色々聞きたいんですが、どこまで聞いていいものやら」


 ただでさえ今は認識阻害がおかしな事になっているのだ。下手に情報を得ると怒られかねない。

 今伝えられている情報……以前から聞かされていたSランク冒険者の件や、ローランと剣刃の二人のみが第一〇〇層を突破、クラン対抗戦の出場権抹消などであれば普通にニュースにもなるだろうし、聞いても問題はないだろうが。


「実は、アーシェとかにも言えないような話が多いんだよね。第一〇一層の話とか」

「こちらの無限回廊は第一〇一層以降も異なるのか?」

「ああ、そうか。いや、多分界龍さんの認識と同じ……はず? そういう仕様のはずだし」


 無限回廊は第一〇〇層までがその世界の概念であり、それ以降は他世界の概念が混入する。そこまでであれば綱も聞いている話であり、上位クランでも認識している者は多いだろう。

 権限を持たない杵築新吾では手を加えられないのだから、仕様としては同じになるはずだった。とはいえ、ローランが口を噤むのがそういった事を指してなのかは分からない。


「じゃあ、今後はそのまま第一〇一層攻略に? それとも、他の人の第一〇〇層攻略手伝って歩調を合わせるとか。聞いていいのかは分からないですが」

「いや、一旦足止めかな。詳細は……まあ、色々理由があると思ってくれ。君の場合、色々知ると難易度上げられそうだからな。他の後輩たちのためには何も言わないほうがいいのかもね」


 なんというか、理不尽な話である。

 他の後輩にしても、ひょっとしたら難易度上げたほうがためになるかもしれないなとローランは考えてもいたが。


「まあ、このあとニュースとかにもなるから、無難な内容はそっちで。さすがに今回ばかりは剣刃さんを逃さないようにしないと」

「あの人、そういう行事すっぽかしますからね」


 なんせ、綱との出会いがそれである。


「ともあれ、だ。こっちはとりあえず最初のハードルは超えた。次は渡辺君がどんな面白い事をしてくれるか期待してるよ」

「……えーと、あんまり期待されても困るんですが」

「大丈夫。期待してても、それ以上の事をしでかしてくれるのが渡辺君だろう?」


 そこは疑って欲しいところなのだが、なまじ前科があるから強く言えないのも事実だった。




 道なき道は続き、世界は続いていく。

 蠢動する新しき世界が、綱に何を見せるのかは誰にも分からない。



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その無限の先へ 二ツ樹五輪 @5rin5rin

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