幕間「無限回廊一〇〇層攻略・参」




-1-




「なーんかさぁ、気に入らないんだよね」


 講習で次の授業を待っている最中、突然隣の席にやって来た金髪少女が言い出した。他の誰かと会話しているのかと思えば一人だ。しかも、めっちゃ知り合いである。あきらかに俺に向かって話しかけていた。

 その子が他人に害意を向けない性格なのを知っているから、そのセリフに困惑すると共に、なんでこの場にいるのかも謎だ。


「俺、何かクロさんの気に障る事をしでかしてしまったんでしょうか」

「いや、いきなりだったのは分かるけど、ツナ君の話じゃなくてね。……ちょっとメールが」


 と言われても、主語なしでいきなり話しかけられたら俺の事って思うだろ。それでなくとも、怨念の塊が纏わり付いててもおかしくない前歴なわけで。

 見ていた冒険者カードはしまってしまったが、なんか不快な嫌がらせメールでも届いたんだろうか。迷宮都市にスパム業者とかいないはずなんだが。

 そんな会話をしつつ、クロはそのまま俺の隣の席に座った。……あれ、マジで講習出席者なの?


「俺じゃないとすると、ウチのユキさんが何かしちゃったとか?」

「いやいや、なんでユキちゃん……って、全然関係ないけどあの鱗はマジで扱いに困ったけどね。なんなのアレ!」


 どうやらただの愚痴だったらしい。なのに、藪蛇を突いてしまった。サローリアさん経由でも言われてたのに。


「俺に言われても」

「ほら、クランマスターとしての監督責任とか」

「お前、この講習がなんなのか分かって言ってんの?」


 クランマスター講習である。クランを設立するにあたり、必要な知識と資格を得るための講習だ。

 中には当然マスターとしての責任範囲に関するものも含まれていて、当然だがメンバーがやらかした事はなんでもかんでもマスターの責任であるなんて事は謳っていない。

 大体、ユキさんならともかくサージェスとかティリアとか、そこら辺の自由奔放っぷりに対して俺に責任追求されるのは色々問題あり過ぎだろう。むしろ、ある程度でも制御しているだけで褒めてもらいたい。いちいち監督責任追求されてたら、あっという間に檻の中か追放だ。


「にしてもアレはないでしょ。完全に新素材じゃない。止めてよ」

「悪いが、それどころじゃなかったんだ。詳しい事は言えんのだが」

「色々あったのは聞いてるけどさ」


 この星や世界の崩壊を止めるために奔走していたのだから、星龍の鱗の一つや二つは些細な事なのである。いや、アレをもらった時期ならそれほどでもなかったとは思うが、やっぱり些細な事なのである。

 例の件についてはすでにダンマスや那由他さんたちを交えて説明済ではあるが、情報公開されるのは極めて限定的かつ対象を絞ったものになる。一応有力者に近い関係にあるクロでも、この件に関して全貌を知る事はないだろう。

 説明の最中、いつ那由他さんが暴走するかとヒヤヒヤしていたのだが、彼女はずっとニコニコしたまま話は終わった。何をやったかは知らないが、今は結構安定しているらしいとの事だ。接触する度に反応が違うから、不安定というのも頷けるし、怖い。

 とりあえず、ダンマスへの二人称が変わると要注意って事は分かった。


「検疫とかの問題がないなら、自分の不用意な発言が招いた事って飲み込んでおけよ。どうせ本格的に交流が始まったら新素材だらけなんだから、その中に埋もれるだろ。政治家なら言った事の責任はとらないといけないぞ」

「あたし政治家じゃないし。……確かにそういう問題はないけどね」


 未知の新素材といっても、剥がれた鱗一枚である。言ってみれば俺たちにとっての皮膚や爪のようなもので、星龍から見ればただの老廃物でしかない。

 素材というなら黒老樹のほうがよっぽど問題だ。罪人の魂の塊やぞ。いくら倫理観の薄い迷宮都市の鍛冶師でも絶句するわ。


「というか、なんでここにいんの? クランマスター講習だぞ。しかもサブマスター必修じゃない。まさか、クラン設立する気になったとか?」


 < 流星騎士団 >に入るのが夢だというのは以前から聞いているが、クロが新規クランを立ち上げるとしてもそこまでおかしな話ではない。

 中級昇格を期に検討を始める冒険者はたくさんいるし、俺やフィロスみたいな記録持ちは全員がクラン立ち上げに関わっている。次点組……デビューからの昇格速度を考えたら歴代屈指のレベルなクロたちなら、不自然というほどではないだろう。

 入団資格が厳しい< 流星騎士団 >に入る前段階としてとりあえずクランを立ち上げてみる、というのでもアリだ。実際にそういうパターンは多いらしいし、< 流星騎士団 >に入ったとしても経験は無駄にはならないはずだ。

 ただ、本人の気質的にそういう寄り道をせずに本命に向かうものと思っていたから、この場に居合わせるのは意外なのだ。


「あたし、受けられる講習は全部受けてるし」

「…………」


 しかし、そういう予想とは裏腹に、理解不能な言葉が返ってきた。何言ってるんだろうか、この子。

 迷宮都市のギルド会館で受けられる講習は多岐に渡る。それこそ、簡単なものなら迷宮都市の基本的な常識を学ぶものや日本語の使い方、あるいは大陸共通語の講習から、人体の限界を測るような耐久試験まで幅広い。冒険者登録さえすれば誰でも受けられるような講習だけではなく、中級ランク以上とか特定の資格持ちとか、受講自体に前提のある講習も多い。また、専門性の問題で特定分野の対象にしか意味のない講習も多い。

 このクランマスター研修はその最たるものと言っても過言ではないだろう。専門性が高く、受講条件が厳しく、必要とする者も限定される。特に、今から受講しようとしているのはサブマスターですら必修でないクランマスター向けの講習だ。なんなら、実はクランマスターでも受けておいたほうがいいレベルのものではあるが、少しでも設立の条件を良くするために俺のスケジュールには必須で組み込まれている。ガッデム。

 数日がかりのビジネス講習よりはマシだが、四時間と長丁場だし、付属する試験を合格しないと再度受講する必要まである。その合格率も高くはない。

 クランマスターになろうとしてない者が受ける事は……百歩くらい譲ればあるかもしれないが、受けられるから受けるようなものでもないのだ。必修でないからと逃げたユキさんのように、俺も逃げたいくらいだ。


「マスター講習っていってもコレは第五十層攻略資格が必要な講習じゃないし、受講料もいらないし、何が役に立つかなんて分からないしね」

「……前提になる講習は?」

「そりゃ、ここにいるんだから全部受けてるけど?」


 当たり前みたいに言い出すクロさんだが、そんな軽く言えるものでもないと思うんだが。ほら、後ろの席のほうにいる先輩冒険者っぽい人たちなんて、生きている事を後悔するような表情しているのに。

 まあ、クランマスターになろうって人でも、外部冒険者だと大陸共通語の読み書きすら怪しい人も多いからしんどいのは分かる。その日暮らしで、本なんて読むどころか見た事すらありませんって荒くれ者が、この街で一組織を立ち上げようというのはそれだけ大変な事なのだ。

 ちなみに俺の場合は外部出身者なのに日本語ネイティブで大陸共通語が読み書きできない文盲という意味不明な状態であるから、知識だけが問題だ。それでさえ結構厳しい。

 世界渡って来て数日で日本語マスターする龍の人たちのような存在もいるから、頭の出来が異次元レベルで違う存在がいるのも分かるが、クロはその類のカテゴリだったというのか。


「受けられるやつ全部って事は、婚活講習とかも?」

「さすがに冒険者活動にまったく関係ないのは受けてないよ。少しでも役立ちそうなやつだけ」


 それでも多岐に渡るってレベルじゃないんだが。


「ちなみに、それはお姉ちゃんが変装して受けてた」


 それは間違ってもバラしていい情報じゃないと思うんだが。しかも、クロの場合呼び名を分けてるからどっちの姉か丸分かりだ。


「高負荷環境訓練みたいに、受講はしても合格できてないのも結構あるけどね。合格してないから、その上も受けられないし」

「あの講習、ウチの連中は大体受かってるぞ」

「あーうん、そうだろうね」


 張り合うつもりはないが、ストレスに強いのはウチの強みである。直接関わる機会の少ない下級連中ですら負荷には強いのだ。

 ちなみに、一番成績が悪かったのはボーグである。メンテなしで長時間の運用に耐える設計になっていないのだから当然とも言えるが、サイボーグが早々に離脱するなよと言いたくもある。


「まあ、クロさんがここにいるのは理解できなくとも問題はないとしてだ。結局何が気に入らないって? ユキの件でもないとなると、マイケルが煽りに来たとか?」

「マイケルはそんな事しないしっ!?」


 でもお前、いっつも一方的に張り合ってるだろ。マイケルがやらなくてもマイケルに変装したミカエルならやりかねないし、そもそもパンダだから見分けつかないし。


「あいつと張り合うつもりなら、新人戦で手上げてみれば? 規定変わって新人側に指名権が渡ったけど、お前なら問題ないだろ」

「うっ……。それで負けたら立ち直れなそう」


 中級昇格の期は一緒でも、パンダたちは新人枠だ。去年新人戦に出ていて、かつ中級昇格しているクロなら対戦者の資格はあるし、ここまで直接的な体験の機会はほとんどない。

 尚、去年まではチームエントリー後に早いもの勝ちで対戦相手が決まっていたわけだが、今年からは規定が変わって、対戦希望を出した相手の中から新人側が選択可能になったらしい。

 また、以前から極少数事例のあった、すでに中級昇格している新人に関しても、今年は人数が多かった関係からかルール変更がされたと聞く。詳細については知らないが。


「大体、新しいマッチングルールだとあたしは対象外かな。登録時点で±含む二ランク以上差がないと駄目って話だし」

「結局そうなったのか。最低でもD+って事になるわけか」


 妥当……といえば妥当だな。下級と違い、中級冒険者でランクが二つというのはかなり大きい。D+ってのは当たり前だがCランク予備軍なわけで、降格の規定がある中級冒険者でその位置にいるという事は昇格の見込みがあるという事だ。大量の有象無象が屯するD-とは比較にならない。そのさらに上のC-となると更に別世界だ。実力に差があるからこそ三対一の構図なのだから、対戦相手のほうを調整するしかないのは分かる。

 なのに、俺たちの時はE+三人に対してB+だったんだぜ。ワイルドだろ。


「もし立候補できても手なんて上げないけどね。あたし去年新人側でサラさんにボコボコにされてるし、逆側でも負けたら立場ないっていうか……手上げた段階で何しに来たのって目で見られそうだし」

「その人確か上級に上がったんだろ? 俺たちと似たようなもんじゃね?」

「さすがにお姉ちゃんとサラさんを比べるのは無理があると思うぞー。いや、同期ではあるらしいんだけど」


 さすがに同じ上級でも最前線組と比べてはいけないか。上級だって中級以上に幅広いしな。


「新人戦は置いておくにしても、じゃあ何が気に入らないんだよ」

「脱線し過ぎだよね。というか、もう講習始まるし」


 前を見たら、講師が入って来るところだった。あまり接点のない象人のギルド職員である。

 くそ、嫌がらせか。この講習めっちゃ長いのに気になるだろ。




-2-




 結局、脱線した話が再開したのは講習がすべて終わって遅い昼食をとってる時だった。予想していた事ではあるが、講習後のテスト前に関係ない事を話してる余裕はなかった。

 そして、いざ聞いてみれば俺には直接関係のない話で、たまたま口から愚痴が漏れただけの話だったらしいが、講習が終わったあとなのでとりあえず愚痴に付き合う事にした。


「あたしたちさ、冒険者学校卒業までに規定クリアできなかった落ちこぼれ組って言われてたのよ。ほら、ツナ君たちと会ったの六月のデビュー講習だったでしょ?」

「ああ、そう言えば六月だったな。お前らが落ちこぼれ扱いはかなり無理があると思うが」


 渡辺綱っていう奴と、その愉快な仲間たちが盛大に目立っているので埋もれている感はあるが、クローシェ率いるパーティ< 66 >は歴代でも有数の実績を誇っている。デビュー時期が違えば大注目間違いなしで、今俺たちが占有しているメディアの大半部分にクロたちがいたはずだ。

 尚、クランマスター予定の渡辺綱って奴は何故かメディア露出が少ない。本人が断っているわけではないのに、オファー自体が少ないのである。あきらかに系統が違うとはいえ、サージェスでさえ結構オファーがあるというのに。


 冒険者学校……というか、迷宮都市の教育機関の卒業シーズンは日本に合わせているのか三月だ。そこからデビュー講習となると翌月頭の四月になるのが普通で、実際に慣習化しているらしい。出席時期に明確な決まりはないし、そもそも卒業してもデビューしなくてはいけない決まりはないわけでもないのだが、それが当たり前になっているのは間違いないそうだ。


「言ってみれば留年組なわけで、必修授業は下級生と一緒だったりするのよ」


 俺は経験ないが、高校などで年上の同級生がいたら対応に困るのは想像がつく。冒険者学校に年齢的な規定はないからそれほどではないにしても、去年まで先輩だった人が同じクラスにいるというのは、やっぱり居心地が悪いだろう。


「でも、別にお前らだけじゃないんだろ? 三年で卒業できない奴らって結構いるって話を聞いてるんだが」


 ディルクやセラフィーナみたいに卒業資格を得た上で何年も居座っているのは別枠にしても、冒険者学校の卒業は楽ではない。

 出席日数が足りなくてとかなら問題だろうが、卒業試験イコールトライアル・ダンジョン突破なのだから、普通の学校と同じに見てはいけないだろう。もし、日本の高校や大学で『卒業したかったらミノタウロス倒してこい』とか言い出したら、全国規模で暴動待ったなしだ。ミノタウロスの代わりに教師を倒して自主卒業って事になりかねない。


「珍しい存在ではないんだけど、やっぱり偏見の目では見られるわけよ。少なくとも他の卒業生よりは一歩劣ってるって」

「あー、しょうがないとはいえ、そうなんだろうな」


 トライアル突破が卒業資格である事は元々謳っているのだ。明確な目標が提示されていて、それをクリアできなかったというのは否定しようがない。それをクリアしている同級生がいるのも確かなのだ。


「そういう風に見てた下級生たちが、今年の四月からデビューしてるわけね」

「確かに多いよな、若い新人」


 卒業済である以上制服などは着ていないが、それっぽい新人冒険者は会館にも多く見られていた。今も周りの席には結構いる。

 そういった新人は、外部からやって来た冒険者とはあきらかに雰囲気が違う。なんというか、自信に満ち溢れているのだ。冒険者なんてやってれば、一部の天才でもない限り早々に自信を粉々にされるだろうから、挫折を知らないが故の若々しさとも捉えられるだろう。一種のエリート意識もあるだろうが、実力自体も結構なものだ。良いか悪いか賛否両論としても、少なくともデビューするだけの実力はあり、それは自信にも繋がっている。

 そんな彼らだが、実は外部冒険者と問題を起こす事が多い。大抵は常識知らずの外部冒険者が問題を起こすのだが、遡ると学校卒業生が持つ偏見が原因である事も多いらしいのだ。片や食うや食わずで社会の最底辺、片や整った環境の中から選抜されて鍛え上げられたエリートなら問題が起こるのは明確といえる。


「んで、デビュー直後の冒険者っていうのは色々不安定だから、大抵は先達のパーティやクランの庇護を求めるわけね。卒業前に固定化されてるようなパーティでも」

「< 流星騎士団 >……は入団制限あるから、< アーク・セイバー >とか?」

「うんにゃ、そういう大きなところは大抵コネかスカウトが卒業前から声をかけてるから、この場合はもっと小さいところね。プライドもあるから、できるだけ自分たちが頭角を出しやすい中級~下級が中心のグループに声をかけるのが多いかな」


 ああ、極めて優秀ってほどではない、ほどほどの成績で卒業した連中はそうなるのか。摩耶とかは在校中に進路が決まってたって話だったし。


「というと、ウチみたいなところって事か? マネージャーからも、そういう話は全然聞かないんだが」

「ツナ君たちのところは……ちょっとね」

「何がちょっとなのか言えや」


 色々心当たりはあるが。


「まーまー、とにかく、そんな感じでイマイチ現実見えてない卒業生が、学校のコネを使って潜り込む先を探しているのが今の時期ってわけ。いまいち活躍してないですけど、僕たちと組んで上を目指しませんかって」

「なんというか、ナメた連中だな。そりゃ一定以上の実力はあるんだろうが」


 トライアルで足踏みしてる連中はともかく、デビュー済の冒険者だったらそこまで差はないはずなんだが。モンスター出身でもない限り、条件は同じなんだから。自信があるというなら、最初から自分たちだけでやれという話である。

 もちろんそんな奴らばかりではない事は分かるが、そういう奴に限って目立つのだ。


「スカウトから声がかからない、かといって大クランの厳密な入団試験を受ける気もない。でも最初の内は手助けが欲しい、軌道に乗りさえすれば自分なら飛躍できるはずだ。……そういう勘違い君たちにとってウチは手頃に見えるらしくてね。いろんな方面から話が飛び込んでくるわけ」

「あー」


 なるほど。俺たちのような異様な集団に飛び込むのは怖い。大クランからも声がかからない。そういう連中にとってクロたちはちょうどいい感じなわけだ。

 最速とはいわずともかなりの速度で中級に昇格してて、人数も六人ピッタリで拡張の余地があるように見える、本格的な活動を始めて一年未満なら完全に体制も固まっていないだろうから、そこに割り込んで台頭できるはずだと。

 相対的な印象だけで判断した盛大な勘違いだな。ちゃんと調べれば分かるのに。


「別にね、あたしたちだって六人ピッタリでやってるわけだから、保険を考えるなら完全に遮断するつもりもないんだけど、こうまで勘違い君が多いとめげる。売り込みのアピールも、未だにあたしたちを見下してる感じが透けて見えるし」

「それが気に入らないと」


 ようやく最初の呟きに話が戻るわけだ。途中下車満載、五時間がかりの愚痴である。


「それもだけど、何よりウチがそういう手頃な感じで見られてる事がかな。その程度だーって突き付けられてるみたいで。ウチの子たち結構すごいんだぞ」

「いや、知ってるが」


 ちゃんと情報仕入れている冒険者なら< 66 >を侮る事などない。もちろん、クローシェを含めてだ。

 同じ新進気鋭でも、ちょっと目端が利くならフィロスのところあたりが狙い目だと思うんだけどな。クラン独立前だから耳に入っていないとか? 前衛だと、漏れなくおりんりん様と張り合わなきゃいけないという問題もあるが。

 なんというか、こういう話を聞くと< 流星騎士団 >が入団制限かける気持ちも分かる気がする。最前線で戦いつつ、新人の面倒を見るのはかなりきつそうだ。そういう体制を整えた巨大クランでないと厳しいだろう。


「ちなみに、ツナ君のところは今後新人入れるつもりあるの?」

「基本的にはないから募集もしてない。今の下級連中が上がってくれば、戦力的に穴もなくなるだろうし」


 現時点でほぼ完成形に近いと言っても過言ではないだろう。中小クランと呼ぶにも規模は小さいが、一番先をひた走ってる人たちが五人な時点で足りないとは思っていない。

 今のところ、入団するかあやふやなのはレーネくらいだ。……いつまでも禅寺に放り込んでおくわけにもいかないし、あいつもそろそろどうにかしないといけない。しかし、ユキさん絡みか……うーむ。面倒な立ち位置になってしまった。


「ツナ君のところは一つでも突出してたら自慢できそうな能力を複数抱えてる感じの人が多いしね。そりゃ穴もなくなるよ。前から言ってた回復と斥候が薄いくらい?」

「実をいうと今はそれほどでもない。外から見ると水凪さんとティリアくらいしか回復職いないように見えるかもしれんが、ガルドも広範囲の回復魔術使えるし、ディルクも割と得意らしい。セラフィーナも普通に使えるし、ガウルも最近限定的な回復スキルを覚えてる。得意かどうかは分からないがサティナも適性はあるし、パンダ限定ならミカエルも使えるな。かなり特殊なモノまで入れるなら、ベレンヴァールとか他にもいる。専門家がいないだけだな」


 というか、それとは別にウチ消費アイテム使いたい放題なんだよな。卸値以下というか原材料費と変わらない経費で使える。ラディーネ様々だ。

 時々どえらいものが含まれるというか、ほぼ人体実験のようなもんなんだが、メリットと天秤にかけたら気にするようなもんじゃない。

 ちなみに、そのどえらいものの対象になるのが大抵ガウルか調子に乗った時のユキってあたり、リアクション芸人のお約束が分かっている。


「回復に比べると斥候のほうはあいかわらず薄いが、専門じゃなくてもユキやアレクサンダーは適性あるっぽいし、今でも似たような事はやってる。やろうと思えばディルクやセラフィーナやリリカもそういう魔術は使えるみたいだし。本人のスキルじゃないが、ラディーネやボーグの装備群もあるから、サンゴロが戦力になってくれれば十分回りそうではあるな」

「……なんかズルくない? 特に下の天才二人とラディーネ先生」

「マジでチート気味な連中だからな。あいつらがいるだけでパーティ組む幅が広がりまくりんぐ」


 特にラディーネには資金的な面で大変お世話になってます。レポートくらいいくらでも書くよ。


「ま、まあ、ウチは六人固定で弄る余地ないから羨ましくなんかないし」

「なんで張り合うんだよ」

「張り合ってないから」


 六人の固定パーティが、未設立とはいえクラン相手に張り合うのは間違ってるだろ。主に人数的な面で。


「そっちだって、分野別の期待度ランキングで一位とってるの見たぞ。サージェス嫌いのメロディアさん」

「あーメロね。うん、非公式の雑誌特集だけど、見てる人は見てるなーって感心した。身内贔屓かもしれないけど、確かにすごいよね」


 冒険者関連の雑誌で有望な冒険者が特集される事は多いが、この時期は特にその方向性が顕著だ。去年度に頭角を現した新人や、今年度に活躍しそうな冒険者などが多く紙面をとっている。

 直接の関係者でなくともメディア露出があって情報公開している以上、この手の評論家もいて、押している冒険者を紹介するわけだ。スポンサー絡みの話もあるが、実力至上主義なランキングも多い。

 ウチのメンツはそういったランキングに載る事も多い。メディアからのオファーはないものの、俺に関しても結構載っている。他に載っている名前もそこまで詳しくない俺でさえ聞いた事のあるものばかりだったりするのだが、そんな中に分野別とはいえ< 66 >所属のメロディアの名前があったのだ。

 曰く、魑魅魍魎が跋扈するこの世代にあって随一の回復魔術士だと。……誰が魑魅魍魎やねん。


「あたし、回復魔術もそれなりにできるから分かるんだけど、モノが違うね。あの空間把握能力と戦況判断はちょっと真似できない」


 自分の事となるとそうでもないのに、パーティメンバー褒められると嬉しそうだ。


「斥候の癖に、さらりと回復できますってお前も大概だと思うんだが」

「まーあたしはなんでも屋だから。どれもそこそこって感じ。補修テープみたいな?」


 出会った頃からずっと言ってるが、何故この子はこんなに自己評価が低いんだろうか。中級冒険者のレベルでどれもそこそこって尋常じゃないぞ。


「誰が戦線離脱しても代打できるように色々鍛えてみたけど、中級になるとそろそろ穴埋めも厳しくてさ」

「ああ、さすがに中級クラスだと専門職の代わりは厳しいか」

「キツイねー。メロもそうだけど、最近はロロがいきなり伸びてさー」


 個性的でもロばっかりで覚えづらいメンバーの中、その名前はちょっと覚えがあった。


「ロロって、ロロ・エイサンダリアだっけ?」

「あれ、あんまり会った事ないよね。フルネームで覚えてたんだ?」

「前にエーデンフェルデについて調べた時にちょっとな」

「エーデンフェルデって……リリカ? なんか関係あるの? そういえば魔術士ギルドに登録したら同じ研究室に配属されたとか言ってたような……」


 そうなのか。本職の魔術士ってギルド掛け持ちするのが普通なのかね。


「本人たちも知ってるか分からんが、親戚みたいだぞ。帝国の貴族台帳に家系図が載ってるくらいの」

「は? え……初めて聞いたんだけど。あれ、でもロロって迷宮都市出身だったはずなんだけど」

「家名しか調べてないから詳しくは知らんが」


 調査対象はリリカでもロロでもなかったしな。


「ロロちんは、とある帝国伯爵家の傍流の傍流って話聞いた事あるねー。とあるというか、まんまエーデンフェルデなんだけど」


 そんな話をしていたら、真っ白い生物が割り込んで来てクロの隣に座った。色々白いユキさんより更に白いシロこと錫城真白だ。名前まで白い。


「シロ? あたし初耳なんだけど、知ってたんだ」

「< 66 >集める時に、無口なロロちんとコミュニケーションとるために事前調査したのさ。親世代の移住組で、本人も良く分かってないから、あんま意味なかったけどね。まー外部から移住してきた魔術士って大抵貴族だから、どこかで繋がってるのはおかしくないよ」

「そうなんだ」

「レア度から言えば、いくら調べても情報が出てこないツナちんのほうが上だけどね」

「台帳に登録されてない棄民の村だったらしいからな。闇が深過ぎてビビるわ」


 レアはレアだが、一切自慢できない希少さである。というか、間の抜けた性格に見えるのに色々調べてるんだな、シロ。


「で、シロはなんで会館に? あたしを呼びに来たとか?」

「いや、モー君の実習の付添。探してたのはクロちんじゃなくて、ツナちんかな」

「俺?」

「なんかイケメンな感じのお爺ちゃんがツナちん探しててさ……あ、入り口のところにいるあの人」


 シロは食堂の入り口に向かって手を振り始めたので、釣られてそちらに視線を向ける。



 その姿を見た瞬間、全身が沸き立つような危機感を覚え、即座に戦闘状態に移行した。



「うわっ!? えっ? ちょっ、何? この魔力!?」


 あまりにも唐突で、無警戒のところに出現した危険人物。それが即敵対するような関係でないと頭で分かっていても、本能が無警戒でいる事を許してはくれない。

 もし、《 飢餓の暴獣 》が昇華以前のものだったら勝手に発動していただろう。それくらいの要注意人物が唐突に現れた。


「落ち着け、渡辺綱」


 次の瞬間、俺の肩にはその危険人物の手が置かれていた。戦闘状態であったにも関わらず、瞬間移動でもしたかのように認識から外れての肉薄だ。さすがとしか言いようがない。

 その接触によって何かされたのか、俺の戦意が霧散する。


「……ゲルギアル・ハシャ」

「その反応は分からんでもないが、以前も言ったように敵対の意志はないぞ」

「え、えーと? そのお爺さん知り合い?」


 俺の気配に反応して食堂がざわめく。そんな中、俺とゲルギアルの間には切り取ったように異様な空気が流れていた。




-3-




 騒ぎを聞きつけたのか、俺の気配に異常を感じたのか、慌ててやって来たヴェルナーに《 念話 》で説明してその場を収めてもらった。

 直接関わらせるのも問題だろうとクロとシロを場から離したあと、ゲルギアルは当たり前のように俺の対面席へと座る。


「……それで、一体何の目的だ」

「腑抜けていないようで結構。今も、ちゃんと私に対する手段を模索しているな」


 当たり前だ。戦闘の意志は見られないが、この爺さんは特級の危険人物だ。もし暴れでもしたら大惨事になる。

 幸いにも、迷宮都市ならこの爺さんを上回る戦力があるから、最低限足止めさえできれば、あとはダンマスなり那由他さんなりが対処するだろう。


「とはいえ、お前やこの街にいる龍モドキが襲ってくるならともかく、私からどうこうするつもりはないぞ」

「確かにあんたは因果の虜囚の中では話が分かるほうみたいだが、それでも無理があるだろ。いくらなんでも唐突に過ぎる」


 一時的にでも手を組んだ相手だ。話もせずに暴れるなどとは思っていない。しかし、この唐突感は同じく唐突に現れて猛威を奮った無量の貌の姿がどうしてもチラつくのだ。油断などできるはずがない。


「というか、あんたの方こそ呑気に構えてていいのか? どうやって来たかは知らないが、この街は不法滞在には厳しいぞ」

「すでに杵築新吾からは滞在許可をもらっている」

「……は?」


 最悪、時間稼ぎすればダンマスがなんとかしてくれるだろうと思っていたのだが、そのダンマスに話が通ってる?


「アレの監視の目を潜り抜けて侵入するのは……まあ無理ではないが、意味もないからな。ゲストカードとやらも受け取っているぞ」


 そう言って、ゲルギアルはテーブルの上にステータスカードに似たものを出してみせた。証明写真が超絶違和感を放っている。


「た、滞在許可証?」

「迷宮区画という場所であれば観光していいらしい。無論、問題を起こせば排除されるだろうが」


 初めて見たが、多分迷宮都市外からの来客者……王国の視察などで発行されるという許可証だろう。迷宮区画に限定されているのも一致する。


「……って、観光?」

「うむ」


 うむ、じゃねーよ。なんの冗談だよ。


「私は元々考古学を専攻している学者だ。珍しい文明があるなら足を運ぶのも当然だろう?」

「…………」


 言っている事は単純かつ明快なんだが、あまりの展開に脳が理解を拒否していた。


「人間の時代、物心付く以前からの習慣だからな。以前から文明が興る度に足を運んだものだ。龍の因子を受けたあとでも、虜囚となったあとでもそれは変わらん。もっとも、学術的な意味合いや記録を残す目的ではなく、私自身の知識欲によるものではあるわけだが」

「じゃあ、あんたはここに遊びに来たとでも?」

「そうだな。その見解で正しい」


 マジかよ。どこをどうやったら信じられるかって話なんだが、この爺さんなら有り得るとも思ってしまう。そして、それはダンマスも納得済だからこそ許可が出ているのだ。


「すさまじい自由人だな」

「はは、弟子にも良く言われていたな」

「……あんた、弟子なんかいたのか」


 どれだけ長い間生きているかは知らないが、それは人間というよりも龍の生に近い。それだけ生きていれば弟子の一人や二人いてもおかしくはないだろう。

 ……まさか、ゲルギアル・ハシャ四天王とか出てきたりするんじゃないだろうな。あんまり相手したくないんだけど。


「人間時代の事よ。私を危険視した国に皆殺しにされた上で燃やされたがな」

「不意に重い話を混ぜ込まないで欲しいんですが」

「お前が聞いたのだろうが」


 いや、確かにそうなんだろうが。


「……とりあえずは分かった。俺に会いに来たのも、別段用事があるわけじゃなく観光のついでって事か」

「ん? 杵築新吾から事前連絡がいっているはずだが聞いてないのか? お前に案内してもらえと言われたのだが」

「え?」


 何それ、聞いてないんだけど。聞いてないからこそ、あんな反応したわけで……あれ、ひょっとして……。

 思い至り、慌ててステータスカードのメール画面を開く。……そこにはダンマスからのメール着信があった。なんか剣刃さんからもきてるが、マジかよ……講習中で気付かなかったのか。

 内容を見れば、そのままゲルギアル・ハシャが来たので観光案内をしてくれとの事。あきらかに面倒事をブン投げられているが、関係者である以上無視もできない。というか、こんな奴放置できん。


「……滞在費も後日請求で立て替えかよ。あんた、迷宮都市の金なんて持ってるはずないよな。観光っていっても、先立つモノがないと何もできないぞ」

「確かにこの街は高度な貨幣経済下にある文明のようだな。もう少し未発達ならどうにでもなったのだが……困ったものだ」


 どうにでもって……どうするつもりだったんですかね。そこら辺にいる山賊を辻斬りしたりするつもりだったんじゃあるまいな。


「どの程度の価値かは分からんが、紙幣は受け取っている。しかし、これだけでは自由に動くのには厳しいと聞いた」


 ゲルギアルは札束の入った封筒のようなものを持っていた。滞在するだけならこれで問題はないだろうが、迷宮区画限定でも現金オンリーは色々制限されてしまう。どうやらゲスト用の許可証には仮想マネーの機能はないらしいのだ。俺に色々ブン投げるために機能制限した許可証なのかもしれない。


「結構現金もらってんだな。確かに仮想マネー使えないと利用できない施設は多いが……そこら辺は俺にって事か」

「素材やモノで支払いできるなら、出すものはあるんだが」

「……たとえば?」

「ダンジョンで手に入るものなら大抵のものはある。素材や消耗品、武具やスキルオーブなども大量に死蔵している。三〇〇層以降のものが多いな。杵築新吾にはいくらか渡したが」

「……どれも迷宮都市では管理下に置かれるようなモノばっかりな気がする」


 クロが文句言っていた星龍の鱗とか、どうでも良くなるレベルの希少なものばかりだろう。


「仕方ない、こうなったらこの手の問題が得意そうなディルクあたりを強引に巻き込んで……」

「ああ、そのディルク少年にも用事があったな」

「何、あの時はよくも邪魔してくれやがってこんちくしょう的な案件ですかね」

「《 宣誓真言 》を自力で見つけて使い熟しているのだ。オリジナルの発案者として色々教えてやろうと思ってな。私が直々に教えたケースを含めても、形にできた者は少ない。さぞかし教えがいがあるだろうよ」

「ディルクとセラフィーナにって事か。……一応、俺も使えはするんだが」

「……教えても構わんが、お前の場合は力技で発動しているだけだからな」

「あんまり適性ないだろうなとは思ってたよ」


 俺が《 宣誓真言 》を発動したのは過去二回。意識的にではないが、どちらも《 因果の虜囚 》や因果の獣の力で強引に発動している部分が大きい。実際の素の状態では未だに発動の気配すらないのだ。適性はあるのだろうが、おそらく最低限だろう。

 多分だが、適性という意味ではセラフィーナが群を抜いている。


「じゃあ、まずはそのディー君に紹介といくか」


 あ、空龍たちは退避するように連絡しておく必要があるな。戦闘の意志がないとはいえ、銀龍あたりがつい飛びかかっちゃうかもしれないし。

 ……まったく、なんでこんな事に。




-4-




 というわけで、そのままクランハウスへ直行。グレンさんはともかく剣刃さんもいたようなので、状況を手っ取り早く把握してもらうために入室と同時に闘気を放出してもらい、ご対面となった。

 半分ドッキリネタのようなものだったが、上手く伝わったようだ。

 何故かクランハウスの入り口でパンダの一匹が遊んでいたが、コレも良くある事だ。


「……というわけで。一応の名目上は迷宮都市へ観光に来たお爺ちゃんだ。あんまり刺激しないように」

「そういうわけだ。よろしく頼む」


 当たり前だが、紹介された面々は絶句である。俺と同じような反応だが、こうなるのは当然である。


 そして、直後に何故か模擬戦が始まった。まるで、事前に用意されていたような流れである。


「いや、どういう事なの……」


 ドッキリネタの仕掛け人がドッキリし返されたような急展開だった。なんで初対面の剣刃さんとゲルギアルがウチの訓練場で立ち会っているのか。

 あの人たちは、とりあえず相手の力を試さないと気が済まない戦闘民族だったのだろうか。


「色々行き詰まっている感じでしたからね。ゲルギアル・ハシャが強者なのは見れば分かるので、とりあえず挑んでみたんでしょう。受けるほうも受けるほうですが」

「第一〇〇層か。……グレンさん的にも厳しい感じなんですか?」

「ディルク君と違って、君に詳細を伝えるのは問題がありそうなんだが……厳しいな」


 情報局所属で情報閲覧に関する権限を持つディルクと違って俺は一介の冒険者だ。なのに、例の件絡みで認識阻害が外れてるっぽいから下手な事は言えないだろう。

 ちなみにそれとは別系統なのか、エロ関係の認識阻害は外れていない。試したから間違いないだろう。


 そうして訓練場で向かい合う事数分。特に剣を打ち合う事もなく、二人は外に出てきた。


「なんか忘れ物でも?」

「いや、終わりだ。……参考にならねえ」


 そう言う剣刃さんは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 ただ構えて向かい合っていただけなんだが、達人同士、それだけで何かが分かるらしい。意味不明である。


「私に剣才はないからな。逆に才ある者には理解できんだろうよ」

「何言ってるか、ちょっと分からないんだが」


 剣士ジョークとかそういう類だろうか。凡才には高度過ぎて理解できない。


「そのままの話だ。その爺さんの剣からは一切の才気を感じねえ。化け物みたいに強いのは強いが、それは剣の才能とは別のところにあるんだろうよ」

「非才の身からすれば妬ましい話だな。私が最初に微塵にした剣術家に良く似ているよ」


 しかし、どうやら立ち会った二人の間では理解し合っているらしい。


「意味が分からないという顔をしているな、渡辺綱」

「そりゃ、まあ。冗談にしか聞こえないんだが」

「そうだな……私の剣は、いわば刃を立てれば切断できるという至極当たり前の理を突き詰めたに過ぎん。長い時間をかけて理を理解すれば誰でも到達できる領域だ。純粋な剣才でいえば、お前にも遠く及ばぬであろうな」

「んなアホな」

「剣だけではなく、戦闘技術全般の才能がない。私の本質はあくまで学者であるという事なのだろうよ。逆に言えば、どれだけ非才でも私程度には至れるというわけだ」


 ゲルギアル・ハシャが強者である事は疑いようもない事実だ。それこそ俺がこれまで相対した中でも屈指のレベルといえる。

 ダンマスや那由他さん相手だとさすがに分からないが、少なくとも皇龍相手には互角以上に戦った実績もある。それがすべて、凡人の積み上げた上にあるものだというのか。


「無限回廊システムではスキルレベルが明確に曝け出されるが、私の《 剣術 》スキルはLv3だぞ」


 また衝撃発言である。まさか、使ってるシステムが違うって事はないよな。


「……あんた、セラフィーナとやり合った時に《 剣皇結界 》のオーバースキル使ってなかったか?」

「アレは確かに《 剣技 》ツリーではあるが、重要なのは前提スキルである《 空間把握 》だからな」


 とりあえず、考えていたのとは別方向で無茶苦茶な奴という事は分かった。


「どうせなら、この人からオーバースキルの使い方を教えてもらえばいいんじゃないですかね?」

「模擬戦ならともかく、人に軽々しく教えるものじゃねえだろ」

「いや、請われたら応えるのも吝かではないぞ。学者など、教えたがりが多いものだ」


 なんか、結構重大な話がディルク発案で進んでるんだが、爺さん的にそれでいいんだろうか。


「しかし、なるほど。オーバースキルを習得するかどうかという段階か。ならば足りないのは不足と必要性だな」

「必要性?」


 剣刃さんに放った言葉だったのだろうが、反応したのはグレンさんだ。


「ふむ、確か無量の貌との戦いで意気を吐いていた男だったな。お前ならおおよそ掴んでいるだろうが、オーバースキルは必要だから覚えるものだ。たとえ下地があろうが必要でないものは覚えんという事よ」


 ゲルギアルの言葉は、俺にとって妙に納得のできるものだった。

 オーバースキルは覚えようとして覚えるものではない。それまでのスキルの範疇では足りない、それ以上のなにかが必要になるから形になるものだと。


「…………」


 剣刃さんはじっと考え込んでいる。何かを掴んだのかもしれない。


「なるほど……渡辺君も大概常識破りとは思っていたが、正に同類というわけか」

「え、グレンさん? 何言ってるんですか」

「何を言う。確かに私は虜囚の中でも異端ではあるが、私にとってもこいつは意味不明だぞ」

「いや、あんたも何言ってんだ」


 なんで直接関係ない立ち会いで俺が珍獣扱いされるんだ。


「ツナが意味不明なのは今更だろ。……それより、ゲルギアル・ハシャって言ったな。できればウチの連中の訓練相手にもなってもらいたいんだが」

「私の目的はあくまで観光なのだが」


 そこは前面に出す理由なのか。


「そのついででいい。多分そこまで時間はいらないはずだ」

「あ、じゃあ泊まるところ世話してもらっていいですかね。< アーク・セイバー >の宿泊施設とか」

「構わねえが……なんでお前、そんなに嬉しそうなんだ」


 そりゃ、面倒事が減るならそのほうがいいに決まっている。観光案内は逃れられないんだろうが、宿泊の手配がなくなるだけでもかなり楽だ。ここに泊めるとなると空龍たちも一時的に出入り禁止にしないといけないし。


「……なんか、みんながみんなバラバラの方向向いてませんかね?」



 ディルクの呟いたセリフはこの場における真理だった。



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