アイに振り向かないで
薪原カナユキ
アイに振り向かないで
石造りの階段を一歩ずつ上っていく。
カラコロと
階段を上り切った先にある
上から一つ下。
髪をおろし、
いつまで経っても変わらないな。
そう思って声をかけようとしたところで、風が私の言葉を盗んで彼に渡してしまった。
「
彼の
白地に
対して彼の姿はどうか。
特徴のない
「どうしたの、
一見して、少女然とした女性と老いが顔を覗かせ始めた男性の対面。
でも私は気にすることなく、風で乱れた髪を片手で押さえて苦笑した。
「もしかして、また見惚れちゃた? それとも着つけかな。でも、もう間違えたりしないよ」
何かを言いたいけれど、
いくつか思い当たる節があるけれど、私がこれだとするのは二つぐらい。
毎年見せていた、この
なのに彼は慣れることなく、いつも新鮮めいた熱を視線に込めていた。
でなければ、初めて着つけた時の思い出か。
知らずに左の
「……なにか悩んでるみたいね。いいよ、お姉さんが聞いてあげる」
その二つとも違うと、
もう
「オレはこれから、やっていけるかな」
「なんだ、そのことか。
カランと、彼が持っていたラムネ
将来、未来、これから歩く道のり。
いくらでも言い換えられる人生の
他人が聞けばなんて事のない、ありふれた悩み。
「頑張れとか、やってみればいいとか。そういうのはもう、やったもんね。そしてアナタは一歩を踏み出せた。それで良いの」
決意を抱けた。
その熱を帯びた心中は
今の
アナタを照らす光だけ。
「それとも他に、何か欲しいの?」
意地悪な質問だ。
この答えは知っているのに、どうしても聞いてしまう。
だからか
冷えたラムネ
「君が居てくれれば、それで良かったんだ。
「……もう。そればっかりね、アナタ。いつまで経っても変わらない」
そんなアナタだから──
言いかけた言葉は、
私たちのところにまで届いた、鳥を
有無を言わせぬ
咲いては枯れて、また実をつけては咲き
最後の
「愛している」
「愛しているよ」
重なった言の葉。
同じ場所で、同じものを見て、同じことを思って。
同じことを言い合えた。
それが
本当に変わらない人だけれども、それがこの人の良いところ。
それなら……
「──パパ?」
想いを言葉に。音を文字に。
肩越しに振り返ろうとした私の耳を打ったのは、幼い女の子の声。
私と
まだ十歳にもならないのにしっかりしていて、でも両手で持った大きな
背伸びをしたかわいい子が、キョトンと首を傾げて
「
「パパこそなにしてるの。
「……そうか。もう時間か」
立ち上がる
届かなかった手は空を切り、伝えようとした熱を
声は出なかった。
あっさりと遠ざかる背中を見送る気持ちと、追いかけようとする気持ちがぶつかり合う。
行かないで、置いていかないで。
いってらっしゃい、振り返らないで。
「また来るよ、
「うん、アナタ。いってらっしゃい」
届くことのない声を、愛しい彼の背中にぶつける。
それを見送る私は目を伏せて、芽吹いた気持ちを
なのに、どうしてか。
閉じ切る前の私の瞳は、こちらへ振り返る
「
目が合った。
不思議そうに頭をコテンとさせて、こっちに来ないのとばかりに私を見つめる。
空に咲いた花と同じ、やさしい光の
だからこそ、あなたが振り向いたら彼もこちらを見てしまう。
「ばいばい」
それは望んでいないから。
夜空に咲いた花に負けないくらい、小さな
右手で手を振って、いってらっしゃいって。
そうしたら
いってきます、って。
「何がやっていけるかなよ。立派にできてるじゃない、
祭囃子が静けさを飲み、提灯の明るさが私の愛しい家族を迎い入れてくれた。
もう二人は振り返らない。
それが分かると胸中で競い育っていた二色の花が、一つの実を成らす。
「さて、帰ろうかな。用事も終わったことだし」
私は立ち上がって、んーっと背筋を伸ばす。
石造りの階段を
もう私は振り返らない。
だからアナタも、
去った
アイに振り向かないで 薪原カナユキ @makihara
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます