第22話 霊廟 ~その一~

 「カミーア兄ぃ!良かった、意識が戻られたんですね……」


 呻きながら目を覚ましたカミーアに飛びついてきたのは、第十一席イユレ。

 恐らく、会議や仕事のない間は、こうしてカミーアの手を握っていたのだろう。

 本当、なんでこんなに俺に懐いてるのか――と思いつつ、カミーアはイユレの頭に手を伸ばす。


 「お前こそ、無事でよかったよ……」


 ゴツゴツとした左手でひとしきり水色の髪を搔き乱した後に、カミーアはイユレに尋ねる。


 「俺が落ちてからの状況は?」


 「現在王都防衛線から15日経過しています。イグニス卿があの戦いの最終盤で敗死、『漂泊者ワンダラー』が王都に侵入しました。

 その後、アグニカ卿とライネス卿の欠損死体が発見、状況証拠と遺体の外傷的にこれの下手人も『漂泊者ワンダラー』だと考えられます。

 それから……これは伝えずらいのですが……レルヒェ卿が謀反、第三席ナタエル卿の手で……」


 「無茶苦茶だな……」

 

 眉間に皺を寄せてカミーアが虚空を睨む。

 危惧していた事が起こっていた。世界構造を揺るがしかねない程の極大の力を持つ個人。言い換えれば、世界最強の反動勢力。そんなものが王都が入り込んだという話になれば、当然他の反動勢力の動きも活発化するに決まっている。

 

 王都中枢が乱れれば、その下で生活する市民にも混乱は波及する。直接殺害されたイグニス、アグニカ、ライネスを初めとして、この15日の動乱で多くの血が流れただろう。


 ——その全ての責は、俺にある。

 

 あの時、あの場で俺が『漂泊者ワンダラー』を撃破し、捕縛することに成功していたなら。かかる惨劇は起きなかった。

 

 不毛なたらればだ。ifの可能性を夢想してみた所で、虚しいだけだろう。

 それでも。それでも俺の失敗によって、この混沌は訪れた。


 その責任を、取る必要があった。


 イユレが続ける。

 

 「カミーア兄ぃに出された『漂泊者ワンダラー』の討滅命令は現在もまだ生きています。また、取り決めに基づいて、イグニス卿、アグニカ卿、ライネス卿の保持していた戦力は、カミーア兄ぃの回復と同時に移譲されました。

 ……戦う準備なら、既に。」


 「了解、『漂白者ワンダラー』相手じゃそれだけいても心強いとは到底言えりゃしねえが、やりようはあるさ」


 イユレに呟いた所で、部屋に治療を担当したであろう回復師が入ってきた。


 「お目覚めになられましたか、カミーア卿。

 搬送時点で胃、肝臓、膵臓の圧迫性内蔵破裂、腸閉塞、腹腔内出血とまぁ〜なんで息があるか良く分からん状態でしたからね、気をつけてくださいよ」


 傍に掛けてあったジャケットを引っ掴んで上に軽く羽織る。


 「だが、それも全てお前達が直してくれたんだろう?問題ないさ」


 「いやいや、確かにアタシらが施した回復術はパーペキ中のパーペキの自信がありますけどね、アタシらが心配してるのはソコじゃない。アナタにそこまでの傷を負わせられる相手とまた戦わなくちゃならんという所ですワ。

 全員がそうであれ、とは言いませんけどね。『強者たりうる者の努めノンヴレス・オヴリーシュ』でしたッけ?強者は常に明日に怯える者の盾となるべし、そういうマトモっていうか、高潔、みたいな精神を持ってる人が一人ぐらいはいて欲しいモンなんです。

 ……死なんでくださいよ。ただでさえ世の中血生臭くなってンだ。貴方まで喪ったらいよいよ歯止めが効かンくなる」


 「――あぁ。」


 今は亡き父から教わった話だ。強者は常に明日に怯える者の盾となるべし。それが力を持つ代償。

 こうした善き人々達をこそ、俺は護らなければならないのだ。


 意志を両足に篭めて立ち上がる。

 

 「――第十一席イユレ。これから我らは如何な犠牲を払おうとも、王都を乱す、全命国国民の敵『漂泊者ワンダラー』を討滅する。

 ――覚悟はできているか?」

 

 「勿論。貴方と共なら、譬え地獄の果てまでも」


 されど、カミーアの脳裏に過ぎるはあの日の地獄。

 駒としてただ死ぬことだけを命じられ、恐怖と疑問の絶叫を上げながら屍の山を築き上げた兵士の数々。


 「――だが、あんなのは、もう無しだ」


    ◆


 「<武装アームド>」


 シュウがポツリと呟く。

 刹那、その姿が掻き消えた。 

 エレムが尋ねる。


 「……それ、保護色?」


 「あぁ、カメレオン……っぽい何かだな、なんかに役立つだろうと思って喰ってて良かった」


 「新しい秘書とでも偽って中に入れようか、とも考えていたけど姿が全く見えないならそれに越したことはないわね。オッケー、行きましょ」


 衛兵が厳に見張りを行う門を素通りし、王城の内部に侵入する。見えていないから当然なのだが、こうも無反応だと緊張よりも少し面白味が勝る。

 笑い声をを漏らさぬよう口を噤むシュウに、小声でエレムが囁く。


 「……霊廟アルビオンは、所業が残虐すぎると判断された凶悪犯だったり、命国に対して不都合な事件を起こした政治犯みたいな、国家動乱の火種と成りかねない犯罪者の遺体が放置される場所。

 その性質上、衆目に晒すべからずとして霊廟アルビオンの存在そのものが関係者以外に厳密に秘され、侵入なんてバレようものなら……おお怖い」


 「脅すなよ。それに今更だろ。その説明で行くなら、俺は死んだ時にその中に並べられる側の人間だ。」


 「それもそうね……着いたわ。ここから多分内部に入れると思う。回収に成功さえしてしまえばこっちのもの、破壊でもなんでもして出てきて頂戴。アジトで合流しましょ?」


 「了解、勝手にくたばりやがってって、恨み言の一つでも浴びせてくる」


 「そうして頂戴。私も言わなくちゃならないことが沢山あるもの」


 ベントの蓋を抉じ開け、シュウが中に落ちる。

 気分はスライダーだ。


 「にしても、こりゃ……」

 

 着地したシュウが周囲を見渡す。


 ——これは、霊廟アルビオンというよりも迷宮ダンジョンだ。

 重苦しさを感じさせる赤茶けたレンガで囲われた通路は数多に枝分かれし、墓荒らしの行先を惑わせる。壁には微かに周囲を照らすのみのランタン。影の深いところではまつろわぬ者が蠢く錯覚に捕らわれ、火の照らす元ではネズミや蜘蛛がさざめきあう。


 そして何より、場所ロケーションそのものから漂う、昏く、深い死の気配。

 【フォアゴット】に転移してからこれまで、数多の死に直面したシュウでさえも顔を顰めざるを得ないほどの、空気そのものの悍ましさ。


 (あんまり長居したい場所じゃねぇな。さっさと済ませて出よう。)

  

 「シュビティア、索敵頼む」


 シュウは正門の開閉から気取られぬよう排気口からの潜入を選択した。故に、ここに敵かいるはずがないのだが、念には念をでシビュティアに気配を探らせる。


 「……ふむ。微弱な生命力反応こそあるものの、これは全て死体のモノじゃな。無視してもよかろうて」


 「良し」


 暗い通路をコツコツと音を立てながらシュウは歩く。

 視界の端にズラリと並んだ直方体の数々は、棺か何かだろうか。

 少し開いた蓋から、髑髏シャレコウベが覗いていた。

 

 それを無視して奥へ奥へ、と足を進める中、途端にシュウの足が止まる。

 冷や汗が静かにシュウの頬を伝って地面に落ち、レンガに染み入った。


 ——不味い。何の根拠もないのにそう直感した。この先には、これまでとは比較にならないほどの"死"が待ち受けている。


 何をバカな。今更怖気付きでもしたか?それに、シビュティアがこの場の安全は既に保証している。


 背筋を這い上がる寒気を振り切らんと、一歩を踏み出した瞬間。


 爆音がシュウの鼓膜を揺らした。


    ◆


 王城内部、大広間。

 

 霊廟アルビレオで起こった爆発の振動は、その真上の大広間にも届いていた。

 

 「なに!?」


 「地震でしょうか!?」


 「ならこの音は……!?」

 

 騒ぐ周囲の中、エレムは冷や汗を流す。


 (今の爆発音、明らかに地下から!何があったのよ、『漂泊者ワンダラー』!)

 

    ◆

 

 王城内部、玉座の間。魔王・エルキガンドは誰にともなくほくそ笑む。


 「来たか、『漂泊者ワンダラー』。此処なるは霊廟アルビレオ。貴様が骨を埋めるには似合いの場所だろう?せいぜい藻搔き抗えよ。


 ——袋のネズミだ。」

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<勇者:復讐者> nanashi @nanashi_1203

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