第21話 せめて、手向けを

 王都【サカルドニア】内部、魔王の居城にて。

 

 (レルヒェのヤツ……やけに遅い……それにナタエル卿までいないのはどういう事なのよ……)

 

 エレムは円卓の第六席に座り、会議の開始を待ちながら、訝しんでいた。

 会議開始の定刻からは既に30分近く過ぎている。別に待つこと自体は苦ではないが、先程反逆についての話し合いをしただけにエレムの胸には誤魔化しようのない不安が走る。


 ――そして、それは訪れた。


 「遅れてしまい、誠に申し訳ない」


 会議場の扉を破って姿を表したのは紺色の服を赤く染めたナタエル。その背には、白い袋のような何かが背負われている。

 

 「ナタエル卿!?どうなされたその怪我は!」

 

 「いえ、少々、面倒事にですな……」


 「それに、その背のモノは……!」


 「えぇ……皆さん、そして魔王陛下に、お伝えせねばならぬことがあります――」

 

 エルキガンドが重々しく口を開く。


 「良かろう、話せ」


 「先程——私、第三席ナタエルは、第四席レルヒェ殿に謀反の疑いを抱き、これを詰問致しました。仮にも長らく働いてきた仲。翻意するよう促しましたが、彼の弑逆の意志固く、このような結末に……これが、彼の亡骸です、検めて頂ければ……」


 (なにを……言っているんだ……?)


 エレムはナタエルの吐いた言葉が理解出来なかった。レルヒェ、レルヒェって誰……あの、レルヒェ……違う。別人だ。そうに決まっている。だが、この場で話に上がる人間で彼以外に「レルヒェ」という名前の人間が……


 「なんと……レルヒェ卿が反逆者……」


 「証拠は?」


 「先程書記官に亜人種デミ・ヒューマンの集落とのやり取りの記録を渡しました。後ほど見聞を行って頂ければ……」


 さざめきたつ周囲の声も一切耳に入らない。否、耳には入っているが意味のある音として認識できない。


 呆然とするばかりの彼女の視界に、赤く汚れた白い袋のようなそれが吊り下げられる。

 光を無くしても尚鋭い眼も、余燼を思わせる灰色の髪の毛も、刃の様な相貌も、全てが、彼の物だった。そして、否定のしようもなく、それは、死んでいた。


 「ぁ……」


 力のない姿勢で『円卓』の衆目に晒される彼の亡骸は、資料で読んだ殉教者にも似ている。

 破れた服から飛び出た鱗の先端から、ポタリと血の雫が滴った。

  

 「あぁ、ぁ……」


 脳裏に過ぎるのは記憶。

 協力するに当たって初めて彼の鱗を見た時、気味悪がらなかったのは貴方が初めてだ、と目を丸くした事。

 今はもうない故郷の話を、懐かしそうに、されど悲しそうに話したときの、あなたの顔。

 

 「あぁぁ……」


 彼は、亜人種デミ・ヒューマンであるとか、半蜥蜴人ハーフ・リザードであるとかより先に、なによりもヒトだった。

 『円卓の十二人ダース・ラウンズ』、第四席、刃のレルヒェ。その、思考の鋭さと触れるもの切り裂く冷ややかな表情、舌鋒から付けられた、彼の二つ名。

 その刃の裏に秘されたモノがあることを、エレムだけが知っている。だが、その一欠片も彼の死顔からは見て取れない。

 現実が、否応なく彼女の心を犯していく。


 「どうされたんですか、エレム卿?」


 近くに座ったイユレが、様子のおかしいエレムに向かって問いかける。

 恐らく、エレムとレルヒェの関係について、知っている者は現状この場にいない。ここでヘマを打てば、全てが元の木阿弥になる。


 千々に乱れた心を強引に抑え込んで、何でもないことのように、エレムは嘯いた。


 「ッ……いえ、前々からレルヒェ卿とは折り合いが悪かったので、あぁやはりか、と。すみません私情です、流してください」


 ――ごめん、レルフェ。嘘ついた。

 ――あなたのやりたかったことは、私がやる。


 ――だから、安らかに。

 

    ◆

 

 命国魔王直属最高幹部集団、『円卓の十二人ダース・ラウンズ』からの反逆者の露見、そしてその死亡。


 王城を揺るがす大スキャンダルの前に、やれ亜人種デミ・ヒューマン風情が王城内部に入り込んでいたなんて汚らわしいやら腹立たしいやら、やれナタエル卿は真なる忠義の徒だなどと、口さのない者達が浮足立っていた。


 逸る気持ちと裏腹に、静かに、平然と、エレムはその喧騒の内部を歩く。

 しばらくは反逆者に対しての周囲の警戒値が上がると考えるべきだろう。何か一つ、軽はずみな言動をしただけで待ち受けるのは魔女狩りの火炙りだ。

 ここからは、細心の注意を以て行動しなければならない。


 こちらの姿を認めて頭を下げるバネ仕掛けのおもちゃの群れをエレムは上辺だけの挨拶で潜り抜け、引き攣った微笑みのまま下城する。

 

 跳ね橋を渡り、城から距離を取る。もはや王城内部の人間が近くにいないことを確認した瞬間、エレムは走り出した。

 寒さも厭わず、足に絡みついて走行を邪魔するコートを脱ぎ捨て、脇に放る。


 「『漂泊者ワンダラー』……!『漂泊者ワンダラー』……ッ!」


 確か彼は、アジトから出てないはず。

 王都からつまはじきにされた者たちの間をすり抜け、外周の澱んだ空気を切り裂きながら、エレムはただ走った。

 

 合言葉の符号もおざなりに、階段を駆け下って、アジトの中に飛び込む。

 予想通り、彼はスツールに腰かけて本を読んでいた。


 「いた!ハァ……『漂泊者ワンダラー』!かなり不味いことになった」


 エレムの声に、彼がスツールを揺らして振り向く。


 「落ち着けよ、どうしたんだそんなに息を切らして?」


 「……レルヒェが、殺られた。」

 

 「——マジか」


 余りといえば余りに早すぎる別れ。顔馴染み以下の関係だったが、息を切らすエレムの哀切な表情を見れば、さすがに心が痛む。


 「えぇ、この目で遺体も見た。間違いなく、あれはレルヒェだった」


 「詳しく頼む」


 「あの場での証言に間違いがないんだったら、下手人は第三席ナタエル。反逆者バレのルートは彼曰く亜人種デミ・ヒューマン集落とのやり取り記録の流出。だから、レルヒェと私たちとの関係性は向こうはまだ把握してない。けどこれから、彼の身辺調査が始まるでしょうし、そうなったら間違いなくバレるわね。証拠を残さないようにはしてるけど、王都側の物量で洗われたらどうしようもない。」 


 「ケツ切られたってわけか……」


 「そ。それと、彼の権限は反逆者殺害の栄誉を以てナタエルに移譲。彼が話してた指揮系統下に置いている近衛兵を利用した王都軍の足止めと露払いはできなくなった。」


 「そしたらこっからどう動く?もう兵は動かせないんだろ、そりゃ俺が正面から陣中突破するって手段はありっちゃありだが……」

 

 「一応兵を調達する伝手自体はあるわ……けど、これには回収しなきゃならないものがある」


 「それは?」


 「。」


 訝しむように眉根を寄せたシュウにエレムは続ける。


 「レルヒェの死亡は第三種機密情報に指定されてるわ。つまり、王城外部の人間は彼の死を知らないし、その真意も知らない。『円卓』内部から反逆者が出たなんて話、馬鹿正直に伝えれば世を乱すなんてもんじゃないからでしょうね。恐らく、市民に伝えるのはそれらしい欺瞞カバーストーリーを作ってから。

 

 ——だけど、その空白の期間に、私たちが付け入る隙がある。


 今、彼の遺体は王城地下の霊廟アルビオンで防腐処理を施された上で安置されている。霊廟アルビオンまでの手引きとその後の動きは私がやるわ。貴方はただ、実力を行使して、彼の遺体を回収するだけでいい。


 恐らく魔王のスケジュールとか諸々の勘案事項を考えると、彼の死の公式発表タイムリミットは三日後。そうなったら終わり。彼の死は王都を乱す敵と戦った非業の末路だか、尤もらしいお題目をつけられて何も残さずに消え失せる。

 だから、それまでに――」


 彼の死を無駄にはしない。死という結末が予め定められていたのなら、それを逆手にとって使いつくしてやろう。

 覚悟を以てエレムは告げる。目的の為、彼の尊厳の為。


 「――彼の遺体を奪還する!」


    ◆


 王城内部、医務室。

 

 「俺ァ……どれくらい寝てたんだ?」


 王都攻略戦で重傷を負い、戦線後退を強いられた赤毛の青年。

 『円卓の十二人ダース・ラウンズ』、第五席カミーアが、固いベッドの上から、目を覚ました。


 

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