第47話 跳躍

 無理を言って月60に上げて貰った。

 人件費60は手取り30に相当する。これで少しは生活の改善が見込めた。

 結構貰っているように思うかも知れないが、この年齢と技術の高さを勘案すれば格安だ。だがどれだけ技量があろうが、下請けの立場である以上はこれ以上は貰えない。今流行りのAIなどの分野以外では、それができる人間がごく少数でありながらも、まともな金額を払うべきだとは思われないからだ。

 この点、日本という社会は技術者冷遇の塊である。

 何かあれば外国の会社に頼めばよいなどとお気楽に考えている。だがこれまでに見て来たように海外の会社はどれも想像を絶するひどさだ。それは後進国だけでなく先進国と呼ばれる所でも同じである。

 やがては日本の技術者がどれだけレベルが高く、作業者として質が良いのかを思い知り、国内に要求が回帰することだろう。だがその時にはマトモな技術者は日本からはいなくなっているのだ。


 それから半年も過ぎた頃には、私の体調はもっと悪化していた。

 腎盂炎で痛めつけられた腎臓は死にかけていた。

 腎臓という臓器は基本的に回復しない。破壊された糸球体は修復されないのだ。従って悪化の速度をできるだけ遅らせるのが治療の方向性となる。

 わずか四駅の満員電車が辛い。足が浮くほどの人間の密度に耐えられない。

 そしてここの社長の性格から言えば、休めばその場で給料を減らされる。

 今がその時だ。事なかれでしがみついていても枯死が待っている。


 対策を考え、実行した。

 このところずっと仕事をくれている出先の会社の人に相談し、この会社を辞めても仕事を出してくれるか確認する。

 どの道作業一式は機材を送ってもらってやっているので、作業場所は自宅でも良い。そういうわけでリモートで仕事を貰えるとの確約をして貰えた。

 そして会社を辞めた。

 他の部の部長さんがやってきて、引き留めにかかった。

「君のことをね。こちらは家族だと思っているんだ」

 泣かせるセリフである。

 だがこの会社から正社員にならないかとの誘いは一度も受けたことがない。

「ぶっちゃけ君を雇うと赤字なんだ」

 ポロリと漏らした。


 はぁ?

 それが本当ならいったいどれだけ安く私の仕事を他の会社に売っていたのか?

 それにそれを聞いたなら、もう何があってもこの会社を辞めなくてはいけない。

 役立たずのお前を金を出して養ってやっていると言われたら、誇りある者ならばしがみついては居られない。

 他人様に迷惑をかけるなんてできるわけがないじゃないか。


 結局は辞めた。

 仕事は忙しいからと送別会はして貰えなかった。

 何が家族同様に思っているだ。人の口は便利なものだ。何よりも実の無い言葉はいくら言ってもタダだ。



 こうして技術者残酷物語7野良犬どん底編は終わりを告げる。

 この後も人工透析のお世話になったり、脳梗塞を起こしたり、越法にまた触れて敗血症になったり、一年間に及ぶタダ働きをさせられたりなど、ありとあらゆる悲惨なことに遭うのだが、それを書くのは今仕事を貰っている会社から離れた後になるだろう。


【ひとまず完】

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技術屋残酷物語7(野良犬どん底編) のいげる @noigel

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