第46話 風が吹く
この作業所の大黒柱のH主任が消えた。
主任クラスで唯一仕事ができる人だったのに。
知り合いの人にこのニュースを伝えたら秘密を教えてくれた。
驚くべきことにこの会社は在籍年数が増えても昇給しないのだ。
だから歳を取った技術者は家族を養うことができなくなるために、中堅どころになったときには転職を与儀なくされる。
嫌がらせをされないようにH主任は移籍先を教えてはくれなかった。
この職場の人間は入れ替わりが実に激しい。
ここに来てからずうっと居る顔はどこにも移りようがないK主任と女の子が一人だけだ。後は全部入れ替わった。
A部長も一度会社を辞めた後にまた顧問という形で復活した。
何とも忙しないこと。
年功序列が必ずしも良いとは言わない。問題は腕が上がった人間の給料が上がらないこと。
ではこの会社の新人たちが撃てば響くような逸材ばかりかと言えば実体はその逆だ。
そういった会社の行く末がどうなるのかは見なくても分かる。
そこで自分の行く末を考える。
ここで安い手間賃で還暦の歳になるまで飼い殺しにされるのだろうか?
そしてろくに老後資金もなく放り出される。
惨めで悲惨な生き方。
そうまでしてこの会社に尽くす意味は?
風が吹いていた。
私はどんな環境でも我慢してしまう。それがどれだけの弊害を引き起こして来たか。
我儘を言わないように努め、我慢の中で何十年も過ごして来た。
だがこのまま自分を押し殺して生きていけば、その先には枯れて死ぬ未来が待っている。
我慢は(一般的に)美徳だが、同時に(自分にとっての)美徳ではない。
行動すべき時かもしれない。
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