第45話 蟻
自転車センサのANTバージョンの仕事が来た。
ANTはBLE通信と並ぶ通信規格である。
この通信規格は結局ライバルのBLEに追い込まれていって最後にはマイナー規格となってしまった。
今度のANTチップの製作元はノルディック社だ。
ここで私は驚くべき奇跡を目にした。
ここのSDK開発キットが完璧だったのだ。
コードも綺麗に書かれて完璧だったが、一番完璧だったのはドキュメントだった。
メーカーがサーバー中に用意したドキュメント群はそこに辿り着くまでの手順は迷路となっているのが普通だ。偶然でしかたどり着けないようなところに置いてあって見つけるまで三日かかった場合もある。
これがすぐに行着けた。
ドキュメントの内容も見事で英語にも関わらずすらすら読める。絵と図と説明のバランスが見事なのだ。
これらのポーティング作業もわずかに三日で完了した。
舌を巻くほどの見事な構成。隅々までよく考えられていて手抜きの無いレベルの高さ。これらを用意した技術者はドキュメント担当も含めて、天才の御業と言える。
まさに技術者の楽園。
これ以降、私はノルディックが大好きになった。
それから二年が経過した。
また別の仕事でノルディック社のチップを使うことがあった。
・・ひどかった。
何もかもどこか他の会社と見紛うかのような出来の悪さだった。
恐らく顔も知らないかっての天才は他の会社に移ってしまったのだろう。どれだけ素晴らしい仕事をしてもそれを上司が認めねば意味がないのだ。
これ以降、私はノルディックが大嫌いになった。
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