「理解者」

◇新日本未来ホテル 披露宴会場◇


 絢爛豪華な装飾が、この会場全体に施されている。

 全ては一つの式のため。めでたく喜ばしい、懇ろな二人の契りを結ぶ式。

 すなわちそれは──結婚式。


「到着しましたわ。快太君」


 非凡な美女・雪代野乃は、頭脳明晰、博学多才な完璧女史。

 本日は後輩の結婚式に招待され、この披露宴会場に訪れた。


『あ、は、はい。わざわざ電話しなくても……』


 若干動揺している電話先の人物こそ、今回の新郎であり、彼女の後輩だ。

 完璧な彼女からしても、彼はあまりに特異な存在。

 何故なら彼の正体は────『超能力者』なのだから。


「おや? このわたくしが来たというのに、お迎えもないのでしょうか? 今すぐ来なければ帰りますわよ? わたくし」

『え!? い、いやそれは──』

「では」


 無論、ただの冗談のつもりだ。彼女は少しだけ、ほんの少しだけ、胸に宿る鬱憤を晴らしたかった。


「雪代先輩ッ!」


 そして、この快太という男は、たとえそれが冗談だと分かっていても、こうしてすぐに駆け付けてくれる。

 だから逆に、野乃は彼に対して罪悪感を抱いてしまった。


「冗談ですわよ」

「……分かってますよ。ええ、分かってますとも。こんにゃろめ……」


 快太は純白のタキシードを着ている。彼の方は既に準備万端らしい。

 野乃はその純白があまりに眩しくて、直視するだけで一苦労だった。


「……想定よりも遅くなりましたわね。ここまで来るのに」

「……そう……ですね」

「…………わたくしとしては、ずっと『早くしろ』と思っていたので、念願叶って万歳という気分ですわ」

「……そう……ですかね」

「……」


 そんなのは、本心からの言葉ではない。

 そして今の快太は、いつかの頃のように鈍感のままではいられていない。

 答えは分からずとも、若干の不安は彼も抱えているのだ。

 しかし野乃はそんな彼の不安を晴らすことすら出来ない。本来ならば、そのためにここに来たというのに。

 彼を安心させるためには、この場で笑顔で彼らのことを祝わなければならない。

 なのに彼女はまだ、その一言が言えずにいる。


「すみません、先輩。俺ちょっと……」

「あら? わたくしを置いてどこへ? 花嫁のところかしら?」

「アイツはまだ着付け中なんで。というか……先輩来るの早いですね」

「来ているのはわたくしだけですの?」

「いや、あと四人ほど早めに来ていて……今は控え室にいると思います」

「ならわたくしも、そちらに行った方が良さそうですわね」

「あの、先輩」

「何ですの?」

「…………ありがとうございます」


 野乃は思わず目を細めた。

 出来ることならば、感謝の言葉はまだ後に言ってほしかった。

 先手を取られた彼女はもう、自身のことが情けなく、無様に思えて仕方がない。

 決して彼の前ではそんな感情を表に出すことはないが、いつものように作る偽の微笑みは、何事も完璧にこなしてきた彼女にしては、あまりにもぎこちなく見えた。


「快太」


 その時、先の快太が来た時と同じ方向から、一人の男が現れた。


あなざわさん」

「どなた?」


 少し肌荒れが見える中年の男性で、痩せているが筋肉はついているように見えた。


「えっと……俺が異世界に行った時に知り合った人で、こっちでは『穴澤』って名乗ってるみたいです」

「は?」


 当たり前のように意味の分からないことを言う快太を無視して、穴澤は話しかけてくる。


「トラブルって奴だ。ちょっと来てくれるか?」

「え……は、はい。ど、どうしたんですか?」

「それが……うーむ……分からねぇ」

「はい?」


 一番何も分かっていないのは野乃の方だが、既に穴澤という男は歩き出している。

 野乃は快太に続いて彼に付いて行くことにした。


     *


 辿り着いた先は、『第二控え室』。招待客の為に用意された空間だ。

 そこで野乃は驚くべき光景を目にする。


「…………死体?」


 部屋の真ん中に、倒れた一人の男性がいる。帽子を深々と被っている所為で、顔はよく見えない。

 真っ先に近付いたのは快太で、すぐにその男性の名を呼んだ。


さん!? 一体どうして──…………!?」


 倒れた男に触れようとした快太の手は、その男を

 彼よりも冷静に部屋の様子を見ていた野乃は、すぐにその男性の『状態』を把握してみせる。


「……ホログラム……」


「え?」


 倒れている男は、本物の人間ではなく立体映像。

 それ故、快太の手で触れることも出来なかったのだ。


「正解」


 部屋の中に、また別の男がいた。

 金髪に筒状の髪留めを二つ付けている、端正な顔立ちの男だ。


くるしまさん……? 驚きですわね。快太君、彼も招待していたんですの?」


 快太はまだ動揺しているようで、質問には答えわれずにいる。


「よく言いますよ。貴方と快太さんがうちの組織を潰したから、こっちは真っ当な生き方をするしかなくなったんだ。ヤバい奴呼んだみたいに言わないでくださいよ」

「あらそう」


 来島は手元に光る球体を持っていた。

 ……いや、正確には。その球体は、彼の手の上で浮かんでいた。


「か、快太さん!」


 そして、来島の傍にはまた一人。

 短髪の女性で、どこか幼さも見える童顔の人物。


りょうさん。これはこれは……お久しぶりですわね。お元気でしたか?」

「の、野乃さん。お久しぶりで……って、それよりも今は……」

「先輩」


 ようやく落ち着いたのか、慌てる涼香を抑えて快太は立ち上がった。

 ホログラムの男性が倒れていようと、いくらでも無視はできる。だが、穴澤が言うには『トラブル』があったとのこと。

 つまりこの場で『何か』があったのかもしれない。

 野乃は現場の様子を一通り見て、既に思考を働かせていた。


「……何ですの? 快太君」

「……先輩のことだから、もう分かっているんじゃないですか?」

「……フフ。買い被り過ぎですわ快太君。まずは何が『トラブル』なのか、そちらの方に説明してもらわないと」


 穴澤に話を振ると、どうやら彼も動揺してたらしく、思い出したようにハッとして口を開いた。


「あ、ああ。さっき俺がそこの廊下を通ったら、その嬢ちゃんが倒れててだな……」

「わ、私! この人が倒れてるのを見て……それで気絶して……」

「……つまり、涼香さんは男性が倒れている姿を見て驚き、ショックでその場で気絶した。その後貴方は気絶した彼女を発見し、これを『トラブル』として快太君に報告をしたということですわね?」


 二人とも頷かない。どう見てもそうとしか言えないはずなのに、彼らはまだ野乃よりも状況が読み込めていなかった。

 それもこれも、この『ホログラム』の所為。


「……だがおかしいな。俺がその入り口の廊下側から見た時は、こんな……何だっけ? 映像? 倒れた男の? こんなの無かったんだが……。つーか、だから嬢ちゃんが何言ってんのか分かんねぇってなって、君口を呼ぶことにしたんだ」

「ち、違います! 私が見たのはです! 映像じゃありません!」

「え? いやでも、コイツはどう見ても映像で……」


 この二人には何も説明など出来ない。出来るのは、もう一人の男。

 そして野乃と快太は、『そのこと』を予てより知っていた。


「……どういうことですの? 来島さん」

「いや、緊急事態のようだったから。『これ』はそんなに危険な代物じゃないし、使っても良いかなってね」

「……」


 来島は、わざとらしく手元に浮かぶ球体を見せびらかす。

 誰でも予想できるが、理解は出来ない。その球体から発する光こそ、ホログラムの正体なのだ。

 そして、実は先程聞いたばかりの涼香が、同じ質問を繰り返そうとする。


「あ、あの、それは……」

「うん? さっき言った通り、これは『過去再生映写機』。僕の時代では娯楽に使われる代物だね」

「『僕の時代』……?」


 涼香が全く訳が分からない様子なので、ここで野乃は説明に入る。


「涼香さん。こちらの来島さんは、いわゆる……『未来人』なのですわ」

「え!?」

「ね? 快太君」

「まあ……そうですね」

「『過去再生映写機』は、彼の持つ未来の玩具。つまり……」


「今この現場は、を映し出している」


 顎の角度を上げながら、来島はどこか楽しそうに言い放った。


「なるほど。ンなモンがあんのか」


 穴澤は理解が早いようだが、涼香の方はまだ混乱している。


「……え? え? じゃ、じゃあ本物のこの人は……? え……?」

「先輩」


 混乱している涼香を見て、快太は野乃に困ったような目を向けてきた。


「何ですの?」

「涼香ちゃんは昔のトラウマもあって、だから倒れた多木さんを見て気絶して、自分も倒れてしまったんです。突然気絶して倒れたなら、怪我をしてるかもしれない。一応診ておかないと……」

「……そうですわね」


 見たところ、涼香はどこも怪我をしていないようだが、快太はこういう時に慎重になるタイプだ。


「それじゃ、あとは──」

「ところで、『多木さん』というのはこの男性のことでよろしいのかしら?」

「え、ええ、はい。記者の方で、俺達も何度か世話になっていて……」

「……そう」

「……もしかして、何か分かりました?」

「……フフ。だから……買い被り過ぎですわ」


     *


 快太と涼香が第二控え室を出ていくと、野乃は早速現場をもう一度見回した。


「……で、アンタはどういう人なんだ?」


 そこで尋ねてきたのは穴澤だった。


「わたくしの名前は雪代野乃ですわ」

「職業は?」


 野乃の名字を聞いて、ピンと来ない者は珍しい。驚くのは来島だった。


「知らないんですか? オジサン。かの雪代グループ代表・雪代哲郎の娘で、かの国会議員・雪代栄元の孫娘で、かつて高校生探偵と言われた女刑事……雪代野乃を」


 野乃は高名な家柄に生まれた、高尚な血筋の持ち主。

 彼女を知らない者はいても、彼女の名字を一度も聞いたことがない者は滅多にいない。


「……済まんが、全く知らん」

「マジ?」

「そういえば……先程快太君が、貴方のことを『異世界人』であるかのように説明していましたわね」

「あるかのようにっつーか、そのままズバリなんだが」

「……」

「……」

「い、いや、言っておくが、俺からすればお前らが異世界人だからな? アイツに招待されたから仕方なく来てやったが……ここの服も慣れねぇぜ」


 野乃もずっと快太と共に過ごしてきたわけではない。

 彼女の知らない彼の人脈があっても、何ら不思議ではないのだ。


「……で、さっきの女の子は何者なんですか? いくら男の人が倒れてたからって、普通気絶します? この五分前の彼を見るに、血も流れてないようだけど」


 来島の言う通り、ホログラムの男性──多木は、一滴の血も流していない。

 地に伏した男を見ただけで気絶する者は、普通はいないだろう。


「昔、快太君はある超能力犯罪組織を壊滅させましたの。発端は涼香さんの大切な人を助けるためで……あの子は一度、『人の死』を見たことがあるのですわ」

「それがトラウマか……。その死体が、今回の『この人』に似ていたんですか?」

「……さあ? まあ超能力犯罪ですので、血も流さずに人を殺すことも可能だったのでしょう。わたくしは……何もしていませんので、よく知りませんわ」

「ハッ。絶対嘘だ。アンタが頭使って推理して、快太さんが超能力を使って実力行使。そういうコンビでしょ? 二人はさ」

「……」


 来島の言う通り、彼女は快太と共に何度も事件を解決してきた過去があった。

 涼香の件も、来島の件も、二人のどちらかが欠けていたら解決しなかった事件だった。


「なんかアレだな。アイツはホント顔が広いし……変わらねぇのな。…………で? どうするよ? このオッサン探すか?」

「何で?」

「『何で?』っておめぇ、五分前の過去を映す機械なんだろ? それ。だったらその五分の間に、このオッサンはどこかに行っちまったってことじゃねぇか。無事なら良いが、もし何かあれば……」

「僕らだって危ないんじゃないですか?」

「は?」


 来島はやれやれと息を吐きながら、近くにあった机に座り、足を組んだ。


「考えてもみてくださいよ。僕とオジサンが気絶した彼女を見た時には、もうこの帽子の人はいなかったでしょ? オジサンが快太さんを呼びに行っている間に僕はこの『過去』を映すことにしたけど、その時から遡って五分前の映像が、これ。……で? 僕らはどうしてこっちの第二控え室に来たんでしたっけ?」

「……あ」

「どういうことですの?」

「僕らが待機していたのは『第一控え室』。ここから廊下に出て、突き当たりを右に曲がった先の部屋。当然こっちの様子は見えない。僕とオジサンがこっちに来たのは、『大きな音』が鳴ったからなんです」

「『大きな音』……?」

「彼女が気絶して、倒れた音ですよ。彼女の証言に嘘が無いのは、この過去映像が証明している。つまりを言えば……彼女が倒れたその時、この帽子の人もここに倒れていたってことになる。けど、すぐにこっちに向かった僕らは、起き上がって部屋から出るこの人の姿を見なかった」

「……会場側にも、見えていませんわね」

「だったらこの人は、彼女が見つけてすぐに──『消された』ってことだ」

「……」

「果たしてどうやって消えたのか。異世界の魔法か、未来の科学か、あるいは現代の超常現象か……」


 野乃はもう一度じっくりと多木の姿を確認した。

 やはり映像なので、触れることも動かすことも出来ない。深々と被った帽子を脱がすことも出来ず、その所為で顔も見られなかった。


「……写真……」

「どうした?」

「いえ」


 多木の傍には、彼の物と思われるスマートフォンが落ちていた。

 画面には何らかの写真が写っている。


「……穴澤さん……でしたかしら?」

「ん? ああ」

「穴澤さんは異世界から来たと言っていましたが……」

「お、俺は何もしてないぞ!? 本当だ! 嘘じゃない!」


 先の来島の台詞の所為で、穴澤は自分が疑われたのかと思っている。

 しかし今の野乃の質問は、その意図があるわけではない。


「……異世界人というのは、貴方以外にどれくらいいるのでしょう?」

「いや、知らねぇけど……多くはねぇだろ」

「この写真ですけど……」


 野乃は、多木のスマートフォンの写真を彼にも見るように言った。

 そこには二人の人物が写っていて、第一控え室の全体が丸ごと確認できた。


「……? これが何だ……?」

「僕らですね」

「……ふむ」


 すると野乃は立ち上がり、顎に手を当てながら思案を始める。


「……で? オジサンは快太さんとどんな関係なんです?」

「どんなって……。別に、巻き込まれて俺の世界に転移してきたアイツが、こっちに戻るのを手伝ってやっただけさ」

「魔法使えるんでしょ?」

「だから! 俺は何もやってねぇ! こっちの世界来てから、なんか使えねぇしよ!」

「嘘っぽいな……」

「嘘じゃねぇ! 未来から来たとかいうお前の方が怪しいだろ!」


 仮に多木が何者かによって『消されていた』場合、ここにいる全員が危険な状況にあるということになる。

 事態はすぐにでも解決しなければ、式をやっている場合でもなくなってしまう恐れもあった。

 その所為なのか、何のか。来島と穴澤は共に焦っている。


「まあ疑える相手が少ないので」

「そもそも俺ずっとお前といただろうが! 第一控え室で!」


 だがここで────野乃は全てを理解した。


     *


 野乃は来島と穴澤を連れて、第一控え室にいた快太と涼香のもとにやって来た。


「雪代先輩」

「大丈夫ですの? 涼香さん」

「はい。大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ありません……」

「そう。では……」

「先輩」

「何ですの? 快太君」

「…………まだ、?」


 挑発的な目を向けられて、野乃は数年ぶりに嬉しくなってしまった。


「わたくしを侮り過ぎですわ。快太君」


 そう答えると、快太はフッと笑ってくれた。どうやら彼も理解してくれているらしい。


「え? な、何が分かったんだ……?」

「一連の出来事の、全て」

「マジ?」


 穴澤と来島、そして涼香に微笑みかけ、野乃は語り始めた。


「来島さん。貴方の言う通りですわ。一連の出来事を説明するには、何かしらの超常的な手段があったと考えるほかありませんわ」

「ですよね? ……まさか、僕に対する追っ手かな? 僕のいた未来人で構成された組織、ホントに潰したんですよね?」

「ええ。貴方は関係ありませんわ。もちろん、元の世界ではどうか存じていませんが、こちらの世界ではただのオジサンである穴澤さんも、関係ないでしょう」

「ただのオジサン……」

「スタッフも涼香さんも、もちろんこのわたくしも、超常的な力は何も持ち合わせていませんわ。そして、そんなことは他の誰よりも、貴方が一番よく知っていますわよね?」


 そして野乃は、彼に対して心からの微笑みを見せる。



「────────────快太君」



 何故か、そこで沈黙が生まれてしまった。

 その理由を、野乃と快太の二人だけが理解している。


「…………え? な、何で静かになるんですか……?」

「快太さん……?」

「快太?」


 分かっていない三名に対し、野乃は説明を続けた。


「多木さんが倒れていた事実を隠すことが出来たのは、この会場全体で快太君だけですわ」

「え……ま、待って下さい野乃さん! 快太さんが……快太さんが何で──」


「待った」


 快太は野乃の微笑を受けて、自身も笑みを浮かべ始めた。


「何ですの?」

「……俺が多木さんを、あの第二控え室から移動させた? 不可能ですよ。だってそんなことしたら、第一控え室から向かって来た二人か、あるいは会場側にいた先輩が気付くでしょう。俺の使える超能力は、知っての通りサイコキネシスやテレキネシスに分類される、『念力』です。多木さんを見えなくすることは出来ない。……いや、仮に出来たとしても、根拠の無い推理なんて……らしくないですよ?」

「フフ。論点をすり替えられては困りますわね、ああ、わざとかしら? わたくしはまだ一言も、『貴方が多木さんを第二控え室から移動させた』などとは言ってませんわ」

「……」


 二人とも、互いに対して穏やかな表情を見せている。

 周りの皆からすれば、その理由がまるで分からない。


「ま、待てよアンタ。何言ってんだ? あの帽子のオッサンは……今どこに消えたってんだ? 快太の超能力が関係ねぇなら、どんな方法で……」

「そんなのどうだっていいではありませんの」

「はぁ? いやいやいや、むしろ問題はそこだけだろうがよ! そっちのお嬢ちゃんが見た、第二控え室で倒れていた帽子のオッサンの行方……。それが、今俺達が解決しようとしている事件じゃねぇか!」

「そうでしたの?」

「おーい」


 野乃は気にせずに続ける。


「……そもそも、『倒れていた』という事実が間違いなのですわ。多木さんはただ、うつ伏せになっていただけ」

「それを人は『倒れていた』と言うのでは……?」

「いいえ。彼は『倒れていた』のではなく…………『押し付けられていた』のですわ」

「「「!?」」」


 快太の超能力は『念力』。人に作用させることなど、造作もない。


「つまり、第二控え室の入り口付近で涼香さんが気絶し倒れた時、部屋の中には多木さんだけではなく……快太君もいたのですわ」

「!? そ、そんな……」

「二人はあの部屋で何かしらのやり取りをしていて、快太君は諸事情により多木さんを念力で押し付けた。そのタイミングで涼香さんが現れ、倒れた男性を見てトラウマを揺り起こし、気絶してしまったのですわ」

「しょ、証拠はあるんですか?」

「むしろ、『無い』ことが証明なのですわ」

「……?」

「その場で立ったまま気絶して倒れたのに、怪我一つないのは不自然とは思いませんの? 涼香さん」

「? …………あ」


 確かに、涼香の体には怪我がない。気絶して倒れて、どこも痛めていないなどというのはあり得ない。


「快太君の『力』なら、涼香さんを倒れる前に助けられますわ。だから傷一つないのでしょう」

「快太さんが……私を……」

「すると気になるのは、来島さんと穴澤さんが第二控え室に向かった理由ですわ」

「……倒れてないのなら、『大きな音』が鳴るはずもないですね」

「しかし…………ね? 快太君」


 すると快太は、またその『力』を使った。


 ドンッ


 地面に『力』を与え、音を鳴らす。これもまた、快太からすれば造作もないこと。


「……来島さんの未来グッズは、五分前の過去を映すというもの。涼香さんが気絶したタイミングが、本来もっと前だったなら……」

「……最大で、五分間の猶予があったことになりますね」

「どういうこった?」

「いやいや。僕らが部屋を出たのは、今の『音』が鳴った後ですよ? 僕のこの球が再現した過去の多木さんは、きっとこの子が気絶してから快太さんが音を鳴らすまでの、空白の時間のものです」

「その空白の時間に……快太は帽子のオッサンをどこかにやったってことか……」

「そうなればいくらでもやりようがある。僕とオジサンは控え室にいて、野乃さんはまだ会場に来てないし」

「これでご理解いただけたでしょう? 多木さんを床に押し付けた快太君は、その後彼を見た涼香さんを助ける。そこから五分間の行動は……本人に聞きましょうか?」


 野乃と快太以外の三人は、皆揃って不審な目を快太に向ける。

 今までの話を聞いた限りでは、快太が多木に『力』を使ったことしか分からない。


「快太さん……どうして……」


 三人とも、意外にも超能力を使った快太に対し、恐怖の感情は抱いていない。

 向けているのは、本当に純粋な疑問だけだった。


「あのぅ……」


 と、ここで、現れたのは帽子の男──


「多木さん!?」


「え?」


 激しく驚いているのは快太。そんな彼を見て、ますます三人は混乱させられる。


「……済まない。隠れていても、仕方がないと思ったんだ。快太君。君は……優し過ぎる」

「……はぁ」


 どこか呆れるように息を吐き、快太は頭を掻いていた。


「ど、どういうこった?」

「あの、雪代さん?」


 三人は野乃の方に目をやった。あとは彼女が説明をする番だ。


「現場に落ちていたスマートフォンの写真。第二控え室を撮ったもののようでしたが……全体を写しているにもかかわらず、穴澤さんの姿が無かった」

「? それが何だよ」

「貴方が言ったのでしょう? 自分はずっと、来島さんと第二控え室にいたと。なのに……写真に写っていたのは、来島さんと涼香さんだけ」

「……!? な、何で……」


 そもそも写真を撮られたこと自体、涼香は知らなかった。彼女は多木のことを訝しむ。

 だが、涼香の疑念が自分に対するものと思った穴澤は、自分が写真に写っていない理由を明らかにするべきだと考える。

 彼はその理由を、実は『前々から』当然のように知っていたのだ。


「……ああ。俺はこの世界の住人じゃないからな。記録には残らねぇのよ」

「は!? 未来人の僕は残るのに!?」

「不思議だなぁ」

「……ホントは幽霊なんじゃないですか?」

「失礼だな」


 穴澤からすれば不思議なだけのことも、周りからすればそんなことでは済まされない。

 誰がどう見ても、とんでもなく大スクープになり得る内容だ。

 つまり──


「……私はね。この写真を撮って、動転してしまっていた。だからこの写真を、そのままネットにあげようと思ってしまったんだ」

「な……」

「よく見てほしい。確かに彼の姿は撮れていないが……彼の座っているソファには、人が座っているかのような凹みが生じている。私は心霊写真を撮ったと思ったんだ」

「貴方は記者。そういったネタを手にして、落ち着いてはいられない性分なのでしょう」

「そこで快太君が現れた。第一控え室に皆がいると思って入って来たようだったが……私が勝手な真似をしようとしていたのを、止めようとしてくれたんだ」

「しかし貴方は、動く手を止められなかった。仕方なく快太君は、超能力を使って無理やり止めた。そして……」


「……その瞬間を、涼香ちゃんに見られたってわけです」


 快太は疲労感を露わにし、近くにあった椅子に座った。


「参ったな。……流石です。先輩」

「フフ」


 多木と快太は、二人して申し訳なさそうにしていた。

 涼香からすれば、多木はともかく、快太の一連の行動の動機が全く読めない。

 いや、彼女だけではない。むしろ理解しているのは、野乃だけだ。


「……どういうことですか? 快太さん……何も悪いことしてないのに、どうして隠すような真似を……」

「そんなの決まってる。『力』を暴力として使ったことをバレたくなかったんだ。でしょ? 快太さん」

「いや、でも怪我してねぇぞ? そもそも、コイツはそういう手加減に慣れてる奴だろ」


 この中で彼のことを唯一理解できているという事実が、野乃は誇らしかった。

 優越感を抱きつつ、感情を抑えて口角を上げる。



「多木さんの為……でしょう?」



 こうなると、快太はもう観念したという風に両の手を上げる。

 何も言わない彼の代わりに、多木の方が答えた。


「……快太君は、勝手に写真を撮ってネットにあげようとした私が、一から十まで悪いというのに、私のことを庇おうとした。写真を消すだけ消して、何も無かったことにしようとしたんだ。気絶した君を助けた彼は、そこで私にこの場を離れるように言った。君が目を覚ました時に声を掛け、倒れた私を見た事実を、『気のせい』だと言い聞かせるために」

「……残念ながら、そこで涼香ちゃんの覚醒を待っていた俺は、ある誰かさんからお呼び出しを受けてしまったんです。しかしまあ……来島君があんな物持って来てるなんて、完全に予想外だったよ」

「いやあ、悪いですね」

「お前……快太ぁ。面倒なことするなぁ、まったくよぉ」

「……でも快太さん。それだと何で、野乃さんを現場に残しちゃったんですか? 野乃さんなら絶対、こうしてすぐ全部…………解き明かしちゃうのに」

「はは、確かに」


 快太は適当な相槌のように笑っているが、むしろ笑いたいのは野乃の方。

 そうなった理由も明らかだ。


「快太君は、貴方のことを心配していたのですわ」

「え?」

「快太君は、まだ目を覚ましていない状態の貴方を置いて、すぐにわたくしの方に向かうしかなかった。……まあ、わたくしの所為ですけれど。快太君はそこで音を立ててわざと人を呼び、そのまま急いでわたくしのもとへ向かったのですけれど、貴方が無事かどうか不安だった。だから戻るとすぐに貴方を別室に連れて行って、本当の本当に怪我をしていないか、確認したのですわ」

「快太さん……」

「……いや、怪我してないのは見るも明らかだったんだけどね。俺も動揺してたってだけの話」

「…………フフ」


 涼香の表情にも笑みが生まれる。他の面々も同様だ。

 何のことはない。全ては快太が、人騒がせなまでに優し過ぎただけの話だったのだ。


     *


 少し時間を置いて、次々に他の招待客がやって来る。

 涼香たち四人は控え室に戻っていき、何事もなかったかのように、やって来る他の招待客を交えて談笑を始めていた。

 一方で、野乃は快太とほんの少しの間だけ二人きりになっていた。


「貴方は何も変わりませんわね」

「先輩こそ、何も変わらないじゃないですか」

「……」


 彼のことを理解しているのは、野乃だけではない。

 むしろ野乃の方は、少しだけ遅かった。


「あの、先輩……」


 そこで野乃は、手で彼の言葉を制した。

 胸に渦巻く複雑な感情の全ては、そうあっさりと消し去ることは出来ない。

 それでも、今は彼がどのようなことを考えているか理解できる。

 だからもう、その言葉を言える気がする──


「……結婚おめでとう。快太君」

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