「予言者」
◇新日本大学付属高等学校 超能力研究会部室◇
ここは新日本大学付属高等学校──略して新日大高校の、胡散臭い部活動の一室。
超能力研究会の部員は、たった二人しか存在していない。
一人は新日大高校三年三組、部長の
そしてもう一人は一年二組、
二人の男女は、紙や雑誌だらけの机を挟んで向かい合い、何の気なしに座っていた。
姿勢正しく座る野乃とだらけた状態の快太は、とても対照的だ。
「あ」
そして、思い付いたように快太は口を開いた。
「そういえば、聞きました? 雪代部長」
「あら? 何でしょう?」
「なんか俺の隣のクラスに、不思議な力を持ってる子がいるらしいんですよ」
「フフフ。貴方が言いますか」
「……いや、まあ、それはともかくとして……凄いらしいですよ? 何でも……『予言者』って呼ばれてるみたいで……」
ここは超能力研究会。快太がこのような話題を出したのは、部の活動に関連させられると考えたからだ。
しかし残念なことに、野乃は部長でありながら、そこまで部の活動に興味が無い。
「ありきたりですわね」
「え、そ、そうっすか……?」
「ええ。実はこの世の中には、未来が見える者はたくさんいるらしいですもの。噂ですが」
「ははぁ。相変わらず雪代部長は、謎の情報源を抱えているようですね。でも、もしそれが本当なら、もっと世の中は良い方に向かっているはずでは?」
「あらあら。まるで世の中が悪い方に向かっているかのような言い方ですわね。最悪な未来を避けた結果が今なのかもしれないでしょう? これでもマシなほど、大変な未来があったのかもしれませんわ」
「それはそうかもですけど……だったら、もっと世界中に存在する隠れた予言者たちは、有名になっているはずでは? ……この俺みたいに」
快太は、机の上にあった一つの雑誌に手をポンポンと乗せた。
その雑誌の表紙を飾るのは、快太自身。
見出しには、『超能力高校生現る!』と記されている。
「……快太君は例外。そういった特別な存在というのは、秘匿されるのが常ですもの」
「ははは。貴方が言いますか」
「ウフフフフ」
「いや何笑ってんですか」
実はこの雑誌の記事、野乃が情報提供を行っていた。
つまり、快太が超能力者として世界中に知られるようになったのは、野乃が原因というわけだ。
「ま、いいや。とにかく実際に見てもらえば分かりますよ」
快太はその持ち前の『力』でもって、触れもせずに部室の扉を開いた。
彼が超能力者と言われる所以は、このテレキネシスのような力にある。
「見る?」
「その『予言者』が……ありきたりかどうか、ですよ」
*
◇一年一組教室◇
授業終わりの時間帯であるが、その少女はまだ自身の教室にいた。
どうやら友人と共に、宿題をやっているようだった。
野乃と快太は当たり前のように教室に入り込み、自然とした態度で少女に声を掛けに行く。
「貴方が予言者ですの?」
野乃に不敵な笑みを見せられても、その少女は全く気後れせず、むしろ似たような微笑みを浮かべた。
「……ええ、そうですよ。高校生探偵・雪代野乃さん?」
雪代野乃は持ち前の人脈と家柄でもって、これまで数多くの奇妙な事件に関わってきた経歴がある。
少なくとも、この学校の人々はその事実をよく知っている。
「これはまた可愛らしい。快太君、本当はただわたくしを利用して、お近づきになりたかっただけでは?」
「いやいや! 俺には心に決めた人がいるんです! 幼馴染の女の子が!」
「……いや、聞いてませんわ。そんなこと」
野乃は若干テンションを下げながら溜息を吐いた。
そんなことはともかく、彼女の言う通り、確かに件の少女は小さく綺麗な面貌をしていた。
野乃も美しい黒髪の美少女ではあったが、この少女の方も胡桃色の髪をした美少女。
ただ、いわゆる『可愛さ』という点では、改造したスリットスカートを着ている野乃と、指定の丈に合ったスカートを着ている少女とでは雲泥の差。
野乃は少々、『美しさ』の方面に偏っていた。
「私に何か用ですか? 超能力研究会のお二方」
「その言い方からして、分かっているようではありませんか。単刀直入にお聞きしますわ。貴方は本当に──」
「十八点」
突然、野乃の言葉を遮って、少女は訳の分からない点数を述べた。
当然意味の分からない野乃は、その微笑みを少し崩す。
「……何ですの?」
「明日の漢字の小テスト。君口快太君……君の点数は十八点」
「え…………えぇッ!? ま、マジ!? ホント!?」
快太は目を見開いて驚き飛び上がった。
その驚き振りに、少女が一緒に宿題をやっていた、少女の友人と見られる女子は、体をビクッと動かして距離を取る。
自分は暫く黙っていようと、心した瞬間だ。
「本当」
「おおやった! ニ十点満点中十八点なら優秀だ。これは勉強しなくてもいいパターンかな?」
「さあ? とにかく結果は変わらない」
「じゃあノー勉でいこっと」
「待って下さい」
当たり前のように信じる快太を見て、野乃は彼のことを制止するように口を出す。
「……それが、『予言』ですの?」
「ええ、そうです」
「……フフ」
「? 何で笑うんですか?」
「だって、その程度の『予想』、高確率で当たるではありませんか。『予言』というほどでは──」
「明日、柊幹事長が海外訪問を考慮しているという旨のニュースが流れます。これは明日の未明にマスコミが掴んだ情報なので、まだ誰にも知られていないはずです」
「……まさか……」
「おや? かの『名』探偵・雪代野乃でも……私の予言が覆せないという簡単な真実は、理解できませんか?」
「……」
「明日になればわかりますよ」
そう言った少女の不敵な笑みは、野乃の微笑みを完全に解くのに充分なものだった。
*
◇翌日 一年一組教室◇
快太は授業が終わると、早足で隣の教室に向かった。
その顔色は青ざめている。
彼は、今朝のニュースを見てからずっと、彼女のもとへ早く行きたくなっていた。
そのニュースとはもちろん、『柊幹事長、エジプト訪問を決定』……というニュースだ。
「
付け加えるのなら、野乃に至ってはまず名前を聞いていない。
「君口君?」
「……十八点だった」
「何が?」
「……漢字の小テストだよ。沖島さんの……言う通りだった」
「そ」
練菜は満足げな表情を見せると、もう快太から目を逸らした。
「あの、沖島さん」
「? 何?」
「正直……俺、信じきれてなかったよ。凄いね」
「それほどでも」
「あ! じゃ、じゃあさ! 俺の将来とか教えてくれよ!」
「え?」
「未来が見えるんだろ? ならさ、俺が将来誰と結ばれるかとか……分からない?」
「……それは……」
何故か練菜が言葉に詰まると、急に教室の空気が変わる、
空気が変わった理由は、クラスの生徒たちの感嘆詞が、唐突に室内に溢れ出したから。
そしてその原因は──
「駄目ですわ、快太君」
いきなり三年生の有名人が現れたら、一年生はざわめき立つしかない。
雪代野乃の存在は、それだけ周囲に影響力があるのだ。
「……雪代野乃……」
「こんにちは。えっと……『名』予言者様?」
名前を知らない事実を、皮肉めいた呼び方で誤魔化した。
「駄目って何がですか?」
「分からないことを聞くのは、『可哀想』……ではありませんの」
「? でも、沖島さんは予言者なんですよ?」
「ええ、ええ。そうかもしれませんわね。沖島さんは確かに予言者ですわ」
この女、たった今初めて名前を聞いたのに、知っていたかのように振舞っている。
それでいて、昨日快太と別れたあと徹夜して『予言者』について調査をし、今に至るまでの疲労を蓄積しているにも関わらず、平気なフリをしてみせている。
「……わたくし、警察内の超常現象に関する部署に、知り合いがいまして」
「は? 突然何ですか? つーか、超常現象に関する部署て」
呆れ顔の快太は、手持ち無沙汰を誤魔化すため、その力で教室のカーテンを揺らして弄んでいる。
世間にその正体がバレてからというものの、彼は力を使うことに躊躇しなくなり始めている。
「超能力者も予言者も、実は政府によって厳しく管理されているというのが、この社会の現状ですわ」
「……え? あ、あの、初耳なんですけど」
カーテンを弄りながらだが、快太は野乃に注目させられた。
「わたくしが快太君に近付いたのも、警察の方のお手伝いなのですわよ?」
「そうだったんですか!?」
快太は驚いて、思わず教室のカーテンを激しく揺らしてしまった。
反省した彼はすぐに肩を竦めて、周りに申し訳なさそうな顔を見せる。
「……え、えっと、それで?」
「……いなかったんですの」
「へ?」
「警察の管理一覧に……沖島さんの情報は無いと、連絡を受けましたわ」
それが、野乃の調査内容。
実際彼女がしたことと言えば、夜中に警察の知人に予言者について話をしに向かい、自分の学校の一年生に当該の人物がいるかもしれないと伝えただけ。
だが知人が調査したところ、そんな人物は存在しないということが判明した。
夜通しその調査が終わるのを警察署内で待っていた彼女は、短い睡眠時間しか取れずにまた登校を果たした。
「……だから、私が予言者ではないって?」
沖島練菜は、どこか自嘲するような笑みを見せていた。
「いいえ、そうは言っていませんわ。ただ……警察……もとい政府が管理しているのは、社会に多大な影響を及ぶ恐れのある異能者のみ。まあ、管理と言っても、実際に事件か何かが起きてからしか動かないし動けない、とっても人道的で、とっても組織的な管理ですけれど」
「? 社会に多大な影響?」
快太は首を傾げる。
ちなみに、物を自在に動かせる彼は、当然だが人間兵器となる恐れのある、立派な『監視対象』だ。
「……先程、追加で連絡がありましたの。危険の無い、『管理一覧に無い』異能者なら、確かに快太君の隣のクラスにいると」
「……あ。そ、それが……」
「そうですわ」
断言しているがこの女、やはりその報告を聞いた時も名前を聞き忘れている。
しかしまあ、そこは問題にはならないだろう。いずれにしろ、彼女の結論は誤りではない。
「……私が……たいした予言者じゃないって言いたいんですか?」
「まあ、平たく言えばそうですわね」
練菜はそこで初めて表情を曇らせ、歯を噛み締めた。
「……ふふ。でも、そんな証拠はどこにも──」
「では答えて下さい。さあ。どなたですの? 快太君の伴侶となる人物は……」
練菜は困った様子で周囲をキョロキョロと見渡した。
友人の方にも視線を送るが、同じく困ったように首を横に振られるだけだ。
「…………あ、貴方ではない…………でしょうね」
「フフフ。とっても抽象的な解答をどうも。それで十分ですわ」
「? どういうことですか? 雪代部長」
想い人が別にいる快太は、別にいつも一緒の先輩が自分と結ばれないとしても、全く動じていない。
そして、本来かなり動揺するはずの野乃は、むしろ何故か安堵していた。
「……予言者本人が見聞きする未来しか見えない。それが、貴方の『予言』の本質でしょう?」
練菜は目を丸くした。
「……ど、どうして……」
「昨日、貴方は二つの予言を出してくれましたわね? ですが、ニュースというのは誰もが後に簡単に知ることの出来る情報。そして、快太君の小テストの点数。これはまあ、翌日の快太君に直接尋ねたら分かること。力を使っても自分の未来しか見えないから、未来の自分が得る情報である、この二つの予言をしてみせたのでしょう?」
「で、でもそれだけじゃ……」
「もしわたくしが予言者ならば、自分に予言を頼んできた人がいれば、その人の将来について教えたくなりますわ。それが普通でしょう」
「そ、それは部長特有では?」
「……とにかく、どうやら正解だったようですわね。さっきの問いにも、予言ではなく予想しか言えませんでしたし」
言い当てられた練菜は、目を伏せて黙りこくってしまった。
それだけで勝ち誇ったように満足した野乃は、もうこの教室を出ようと方向転換をする。
「……さっきのは、予想じゃない」
そんな練菜の言葉を聞いて、野乃は足を止めて振り返った。
そして、勘の鋭い彼女は目を細め、ようやく全てを理解した。
「…………そう。首を振ったのは、そういう……」
「え……」
どういうわけか、野乃も練菜も動揺を隠せずにいるようだった。
その理由が全く分からない快太は、もう一度動き出した野乃のあとを付いて行くようにして、教室を出ていった。
*
「……あれが、雪代野乃……」
「ご、ごめんね……。私……予言の限界知られちゃって……」
「ううん。良いの。でもまさか、私の反応を見ているとは思わなかった……」
「だ、大丈夫かな……?」
「まあ大丈夫でしょ。私には危険性がないって、政府が判断してるようだし。……いや、そもそも未来の私は、あの人と同じ職場だし」
「な、なんか疲れちゃった……。ね、ねぇ。あの二人が来るのは分かってたんだから、私に事の顛末くらい教えてくれても良かったんじゃ……」
「……そんなの、つまらないでしょ? きっと、予言者はみんな私みたいな性格になる。先のことを知る能力なんて……飽きたら早いしね」
*
◇超能力研究会部室◇
野乃は不貞腐れたような表情を見せて、窓の外を見つめて立っていた。
「どうしたんですか? 雪代部長」
「……快太君は、友達にその『力』を貸したことありますか?」
「へ? いやいや、そんなこと出来ませんよ?」
「……言い方を変えましょう。快太君の威を借りて、自分こそは超能力者だと主張したい……と、頼み込んできた狐さんは、これまでにいましたか?」
「いやあの、俺はこの力ずっと隠してたんですけど……。まあでも、頼まれたらそれくらい、別に良いですけどね」
「……そういうものですのね」
「?」
野乃は小さく溜息を吐いた。
そして、先程の『予言』を頭の中で繰り返し、目を瞑る。
(未来が見えるのなら……わたくしはきっと、その力を一度も使わないでしょうね。……変えられるものなら、話は別ですけれど)
未来が変えられるものなのかは、予言を実際に覆そうとしない限り分からない。
そして、覆ったかどうかは予言者自身にしか分からない。
その未来を見た予言者本人の解釈が違う可能性もあり、自ら見たわけでもない人間には、決して予言の本質など理解できないからだ。
そして、結論だけ先に言ってしまうなら…………この世に絶対は、ない。
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