「優勝者」
◇新日本大学付属高等学校 超能力研究会部室◇
この高校の中で、艶めかしいスリットスカートの制服を着た唯一の人物、雪代野乃。
彼女はどこか威圧感のある笑顔を浮かべながら、目の前の後輩の男、君口快太に『その紙』を見せる。
「……何て?」
聞こえているはずなのに聞こえていないふりをするその彼に、野乃は繰り返す。
「わたくし、ミスコンに出ますの」
ようやく快太はその言葉を咀嚼し、頬を引きつらせる。
「また今度は、何を企んでるんですか?」
「嫌ですわ快太君たら。まるでわたくしが腹黒いかのような言い草」
「違うんですか?」
「ええ。わたくしとっても腹白いですもの」
「肌白いの間違いでは?」
「あら。褒めてくれるなんて珍しい」
実際、快太の目から見ても野乃は、美しい純白の肌を持っていた。
内面の方はまだ少し、快太は彼女のことを把握しきれていない。
「……ハッキリ言って雪代部長なら、まず間違いなく一位か二位を取れますよ。ただ……何というか、だからこそ出る意味がないと思うんです。完璧な能力を持つ部長が出たらその……アレです。バランスブレイカーです」
「完璧な『能力』? ふふ……そこまで褒めて下さるなんて」
「俺は正直者ですからね。というわけで、出るのは辞めた方が良いと思います」
「…………そんなこと言って。本当はわたくしの所為で学園祭が荒れることになるのが嫌なだけでは?」
快太は図星を突かれ、目を逸らす。
野乃は確かに容姿に優れ、様々な能力に秀でている。そのおかげで、彼女を妄信する危険な男や女が多数、この学校には存在していた。
彼女がミスコンに出るとなれば、そんな連中が躍起になるのは目に見えている。
そして、目を逸らしたものの、彼はやはり正直者だった。
「……バランスが……ね?」
「……まったく。とても残念ですが、快太君がそう言うのなら、辞退しましょうかしら」
「おお」
「……残念です。これがわたくしにとって最後の学園祭ではありましたが……。確かに、わたくしのような人間には、そんな青春を謳歌する資格もありませんものね? 慎ましく、寂寞の中で、望洋興嘆して過ごすのみですわ」
「………………いや、やっぱり自由にしてください。すみませんでした」
「フフ」
*
◇都内某所 雪代邸◇
北倉歩は、雪代野乃の側近執事。通学の送迎から始まり、日常生活の多くをサポートしている。
そして、本来は彼女の私室に立ち入るのはメイドの役割だが、最近は彼女に呼ばれて赴く頻度が増えていた。
その理由は、とてもシンプルな、女子高校生らしい理由。
「失礼します」
中に入ると、野乃は巨大な天蓋付きベッドにうつ伏せになっていた。
一瞬でも心配する段階は、もう通り過ぎている。最近の彼女は、人を呼んどいていつもこの態度でいた。
「……失礼では?」
「……」
持ってきたティーセットを机に置き、北倉は彼女に呆れた視線を向ける。
「お嬢様。用があると言って呼んだのなら、責任を持って、せめて話をする態勢を取ってもらわないと」
「……首の辺りが涼しくありません?」
「…………失礼しました」
野乃は不機嫌な様子で、ベッドから起き上がる。
「冗談ですわ。北倉。まさか本気に捉えていませんわよね?」
「……え、ええ」
北倉は、野乃が幼い頃から、彼女の側近として傍で彼女を見てきている。
当たりが強いのはいつものことだが、最近は以前にも増して威圧感がある。
それもこれも、原因は野乃の後輩の、かの一人の少年にあった。
「……彼は言っていましたわ。わたくしなら、一位や二位を取るのは間違いないと」
「え? 本当ですか?」
「……要するに、解釈違いでしたの。確かに先日彼は、『雪代部長は自分が可愛いと思ってるんですか?』などと言っていましたが、それは別に皮肉でも、駆け引きでもなかった。ミスコンで実際の評価を手にして、彼にわたくしの魅力を認めさせる必要など……初めから無かったんですわ」
「なるほど」
「……『なるほど』じゃありませんわ。貴方が言ったのでしょう? きっと素直になれないだけだとかなんとか」
「あ」
「そもそも快太君はいつだって素直ですわ。わたくしが自身の魅力を本当に自認しているか、ふと疑問に思っただけ。彼は初めからわたくしの長所を長所と認めていた。わたくしが自信を失う必要もなかった」
「いや、自信を失くしてたのは、お嬢様が勝手に皮肉を言われたと思ったからで……」
「北倉」
「……申し訳ありません」
北倉は快太のことをあまりよく知らない。
故に、彼が一般的な男子高校生だとすれば、相当に容姿端麗な野乃に対し、正面切って彼女が『可愛い』ということを認められないのだと勘違いした。
しかし彼は初めから認めている。先の発言は、尊大な態度を取る野乃に呆れたために出ただけの台詞だった。
「……とにかく、無駄なことをさせられましたわ。ミスコン……どうしましょう?」
「それは……辞退すれば良いのでは?」
「ですがその場合、快太君は他の『誰か』に票を入れることになりますわ」
「はい?」
「ミスコンは全校生徒から票を募ります。快太君も例外ではありません」
「……はあ」
「……まあ、わたくしが何かしなければならないわけでもないですし……放っておいて構わないでしょうね」
「……」
(……勝手に自己完結してしまわれた……)
そして北倉は、力を抜いて目を閉じた。
*
◇一ヶ月後 新日本大学付属高等学校 廊下◇
学園祭を一週間後に控え、ミス・コンテストの中間発表が行われた。
この学校のミス・コンテストは特殊で、投票開始日から毎日一人一票、誰かに投票することが出来る。
中間発表は、一週間前というこのタイミングで一度投票結果を開示することで、ミス・コンテストを更に盛り上げるために行っている。
野乃と快太は、部活終わりにその中間発表を見に行くことにした。
「……え……」
驚いてるのは快太だ。野乃はそもそも興味が無い。
「……そんな馬鹿な……」
「? 何をそんなに驚いているんですの?」
「いやいやいや! だって! え!? おかしくないですか!? この結果は……!」
「得票数一位……生徒会長の三年、
「やっぱりおかしいですよ!」
実のところ、野乃は外面ほど高慢な性格をしていない。
いや、それでも十分高慢ではあるが、他者を下には見ていない。
自分が校内四位の評価でも、何ら不満は抱いていないし、妥当だと思っている。
しかし、どうやら彼はそうではないらしい。
「……まさか快太君。わたくしがランキング上位にいることが、妙だとでも言いたいのかしら?」
「逆です。この前は甘い読みで部長が二位の可能性もあると言いましたが……そんなのはあり得なかったんです。雪代部長が出たら、まず間違いなくダントツトップのはずなんですよ。ミスコンなんていうのは」
「……」
野乃の体が熱くなっていることに、快太は気付いていない。
「何故なら、部長の取り巻きはこの学校で一番厄介な連中だから! 何人にも雪代部長に票を入れるように訴えかけていたんですよ? 彼らは!」
「…………そう」
そして、野乃の体が急速に冷めていくことにも、彼は気付かない。
*
◇一週間後 新日本大学付属高等学校◇
学園祭当日が訪れた。
今日は一日目でミス・コンテストは二日目だが、そんなことはどうでもいい。
野乃は快太のことを探していた。
「……うわ」
思わず顔をしかめてしまった。
君口快太は、自身のクラスの出し物で、演劇の主演を務めていた。
だがそこは別に問題ではない。問題なのは、『出し惜しみ』をしていないこと。
「見せてやるよエスパー侍の太刀筋をッ!」
刀のレプリカを振り、敵役のことを引き付ける。
そう、引き付ける。引き付けたうえで、斬る演技をする。
すると敵役の生徒は吹っ飛び、それはそれは驚くほど見事に宙を舞って地に落ちる。
およそ、常人に出来る動きではない。つまりこれは、快太の仕業。
彼が途轍もない力で斬ったからではない。ただ彼は触れることなく、その生徒を吹っ飛ばしただけだ。
その手段は────『エスパー』だ。
*
一幕が終わり、快太は野乃の姿が見えたので、挨拶をしに向かった。
「こんにちは雪代部長。どうでしたか?」
「様になってましたわね。流石は『本物の超能力者』」
「あ、いや、俺というか、劇の評価を聞きたかったんですけど……」
「……素晴らしかったですわ。快太君の超能力に……ちょっと頼り過ぎでしたが」
「あはは……それはその……俺も言ったんですけど、どうしてもって言われて……」
快太はとてもお人好しな男だった。基本的に、人の頼みは断らない。
「……で? これから休憩ですの?」
「ん? あー…………いや、実は用事があって」
「? 用事……?」
「そ、それじゃ!」
明らかに焦った様子で、快太は走ってこの場を去っていった。
これで何も疑わない野乃ではない。口元に手を当てて思案し始めたその時──
「雪代野乃さん」
反対側からやって来た、ブレザーを羽織った黒髪ロングの女。
彼女は不敵な笑みを見せながら、野乃と視線を合わせた。
「あらあら。これはこれは生徒会長さん。わたくしに何か用かしら?」
「余裕を見せられるのは今のうちよ。完璧才女の雪代さん」
「…………? 何のことかしら?」
「……フ、フフ……かまととぶっちゃってまあ。既に数多の能力を持ちながら……この私の三年連続ミスコン優勝を阻むつもりでいることは、既に明白だというのにッ!」
「………………………………なるほど」
雪代野乃という人間は、尋常でないほどに頭の回転が速い。
一連のやり取りだけで、頭の中でほぼ全てを理解してしまっている。
だが事実が明らかになる速度が、彼女の頭の回転速度に追いついていないため、これは推理どころか推測にもなっていない。
これはただの、推量。
「よく分かりませんが、ご機嫌よう。真木さん。最後の高校の学園祭……お互いに楽しむことにしましょう」
「……! え、ええ。そうね。ま、精々明日を楽しみに──」
「あ、そういえば……」
野乃は、わざとらしく今思い出したかのように振る舞う。
「……ミスコンの投票方法、いつから電子式になったのでしょう?」
「……ッ!?」
「……ああ思い出した。確か……一昨年からでしたわね。ではでは」
*
◇同日 夜 都内某所 雪代邸◇
野乃は学園祭一日目、結局快太を捕まえることが出来なかった。
そしてまた、こうしてベッドにうつ伏せになる。
「失礼しま…………した」
「待ちなさい。北倉」
部屋に北倉が入ると、彼女はすぐに起き上がった。
「……何でしょう」
「……快太君の行動原理が、そこだけが……推理できないのですわ」
「? 何の話ですか?」
「各部、各委員会の予算案は、一度生徒会を通してから職員会議に持ち込まれる。生徒が高く見積もっていれば、それを是正するのが教師の役目。けれど、そこに至るまでの『過程』までは把握していない……」
「?」
「ミスコンの運営権を握っているのは文化祭実行委員会。しかしそれは表向きの話」
「あの、お嬢様……?」
「中等部ミスコン三連覇を果たしたわたくしを、高等部ミスコン二連覇中で現在一位の彼女が目の敵にするのは、おかしくもないですわ」
「……ミスコンの話ですか?」
「仮にこれを快太君が看破していたとして、まさかわたくしが優勝するために行動するはずが……」
ここで北倉は、彼女が何を悩んでいるか粗方予測がつく。
「……お嬢様。そこは素直に考えるべきでは?」
「……いいえ。快太君はわたくしのことを嫌っているはず。超能力者であることを世間にバラしたわたくしのことを……許すはずがありませんもの」
彼女はまだ、君口快太のことを理解しきれていない。
彼がその程度のことを、いつまでも気にしているはずはない。彼の行動原理はいつだって、単純な善意に基づいたものなのだ。
*
◇翌日 新日本大学付属高等学校◇
滞りなく進んでいく学園祭二日目。
ミス・コンテストは既に佳境を迎えていて、上位四名の発表が始まろうとしていた。
野乃を始めとする上位の出場者は、既に自身が四位以内であることを伝えられ、舞台裏に控えていた。
「フフ……もう少しで……」
「少しいいかしら? 真木さん」
上機嫌な表情の生徒会長・真木に対し、野乃は静かにゆっくりと話し掛ける。
「あら。何かしら? 雪代野乃さん」
「……貴方は、これで良いんですの?」
「……! フ、フフ……何の話か分からないわね」
周囲には、二人の様子を訝しむ他の上位出場者がいる。
彼女らには気付けないほどほんの一瞬だけ、切ない目を見せた野乃だったが、すぐにいつもの微笑みに戻した。
「────不正は良くないのでは?」
当たり前のように、唐突に、野乃は痛烈な非難を浴びせる。
「……ッ! フ、フ、フフ……フフフフフ! な、何の根拠があってそんなことを言うのかしら? ねぇ雪代さん!」
「投票方式」
「!?」
「……紙でなく電子投票にするように提案したのは、現生徒会長の貴方だったはず。もっとも、その理由は当初票集めを楽にして、学園祭当日まで毎日一人一票入れられるようにすることで、ミスコンを盛り上げるという旨のものだった……」
「そ、そうよ。確かにまあ、私は一年の頃、文化祭実行委員会だったけど……」
「……でもその時貴方は、『もしも』のことを想定していた。そして今回わたくしが名乗りを上げてしまったことで……貴方はその『最終手段』を使ってしまった」
「……全く何を言っているか分からないわね。ええ、分からない」
「素直で真っ直ぐな貴方は、真っ向から卑怯な手段を使う。貴方は現・文化祭実行委員会に、こう持ち掛けた。『文化祭の予算案を提出したところ、職員会議で予算削減が提案されそうになっている。自分が説得するので、代わりにミスコンの運営を生徒会に委ねてくれないか?』……と」
「…………」
「もっともらしく言うのなら、『文化祭実行委員の負担を一部生徒会が引き受けることで、予算削減を事実上無視しよう』……という提案の方が、向こうも納得してくれるかもしれませんわね」
「……何を馬鹿な……」
「しかしミスコンの投票開始後に、『どうやら予算の問題は解決したらしい。これまで通りの進行で構わないが、ミスコンの運営は既に始まっているので、こちらに任せてくれていい』……という風に言えば、文実は何も疑問に思うことなく、むしろ生徒会に感謝すらするでしょう。……本当はこういう時の為に、ミスコンの投票を、学園祭当日よりだいぶ前から始めるようにしていたというのに……」
そこまで言い終えると、周囲の他の出場者も真木を怪しみ始める。
当の本人の真木は、汗をかきつつもまだ笑みを見せていた。
「流石は完璧な能力を持つ、我が校きっての女子高生探偵、雪代野乃さん」
「運営に携わる貴方はデータを改ざんして、投票結果を弄った。中間発表をしたのは……ミスでしたわね」
「…………で? その証拠は?」
「……そんなのは簡単な話でしょう。全校生徒の数は千人にも満たないのですわ。一人一人だれに投票したのかを改めて聞き直せば、すぐに判明する程度の不正でしょうに」
「………………フ。フフフフ……フフフフフフッ! ハッタリは意味が無いわよ雪代さん! ミスコン出場者である貴方がみんなに投票先を聞いて、素直に教えてくれるはずもない! つまり! 貴方は今! 証拠を握ってなんかいない! フフ……つまり、もう私の勝利は決まっていること……!」
「……」
確かにそれはその通りだった。
野乃は証拠を何も持っていない。だが、それはあくまで『今』の話。
このような不正というのは、噂として広まるだけでもう、あってはならないのだ。
「……本当に、それで良いのかしら? 真木さん。優勝者は貴方になるでしょうが、この後は……」
「……それが良いのよ。ようやく……ようやく、数多の能力を持つ貴方の上に、一瞬でも立てるのなら……。私はそれだけで……自分にも使える能力があると……」
それを聞いて、野乃は目を伏せた。
そのまま舞台に向かって行く彼女を止めることもなく、自分も向かわなければならないはずなのに、背を向けて去ろうとする。
そして、真木からすればあり得ないことを口にした。
「……なら、皆さん。この件のことは……どうか内密に」
「「「!?」」」
他の出場者も真木本人も、思わず目を丸くした。
何故ならこの不正で損をするのは、この中で唯一──
「……わたくしが出場しなければ、真木さんが不正をすることもなかった。真木さんは、わたくしに集まった票を自分の物にしたのでしょう。それは皆さんも分かっていますわよね?」
「「……」」
真木は自他ともに認める美少女だ。そして、そんな彼女をも上回る絶世の美少女である野乃さえいなければ、ミスコンの優勝など初めから決まっている。
そして去年と一昨年、事実として真木は不正を行わず、優勝していた。
そのことは真木の不正を看破した野乃が、他の誰よりも理解しているのだ。
「雪代さん……」
「……快太君の言っていたことが、今になって分かりましたわ。わたくしは……出るべきではなかった」
*
そして、野乃以外全員が舞台に上がった。
これでミス・コンテストは終わり。結果は誰にとっても喜ばしくないもので、何も知らない観衆が勝手に盛り上がるだけのものになるはずで──
「失礼しまーす!」
……が、そこで、舞台裏に君口快太が現れる。
一瞬目を見開いた野乃は、それでも彼の前でだけはいつものように平静を何とか装い、驚いていないそぶりを見せる。
「……快太君。何故ここに?」
「お疲れ様です、雪代部長。それじゃ」
彼は当たり前のように、舞台の方に向かって行った。
「快太君?」
勝手に舞台に上がる快太の存在に、観衆はどよめき始める。
「ねぇあれ……」
「君口ッ!」
「君口君だ~」
「例の超能力者……」
「君口快太……?」
そして、一切の雑音を無視して、快太はその『力』を使う。
それは超能力者である彼の持つ、テレキネシスのようなもの。
コンテスト司会者のマイクをひとりでに動かし、自身の手元に飛んで向かわせた。
「え……き、君口君!?」
飛んできたマイクをバシッとキャッチして、彼は己のもう一つの『力』を使う。
それは、超能力とは別の、彼の特別な力。
「さて……まずは、生徒会長の真木さんに、一言」
「え……」
「貴方は…………負けてなんかないんですよッ!」
誰もが彼の意味不明な大声に、鎮められる。
「超能力者の俺が言うのもなんですけど、雪代部長は確かに普通じゃない能力をいくつも持ってます! 綺麗で頭が良くて運動神経も良くて人脈も広くて! けど! 貴方には貴方にしかないものがある!」
「そんなの……」
「生徒会長なんてメンドくさい仕事! 雪代部長には絶対出来ません! 人望もあって! 愚直で! 向上心があって! ……貴方は、そういった能力では十分、雪代部長に勝っているじゃないですか……!」
「………………」
彼の言葉の意味を理解できるのは、この空間で真木と野乃だけだろう。
真木は自己評価がとても低く、そのことを気付かれないようにいつも気丈に振る舞っていたのだ。
そして快太はあっさりと、そんな彼女の積年の悩みを理解して、慰める。
……少しだけ、野乃は寂しくなってしまった。
「……あ、あの、君口君、そろそろ……」
「では投票結果の発表に移ります!」
「えぇ!? 何で司会してるの!?」
「俺はこの一週間! 全校生徒から直接投票先を聞きました! それを発表させてもらいます!」
「あ、あれはそういう意味だったの……」
出場者以外の全員は、快太がわざわざこの一週間ずっと、何百人もの生徒に一つの質問を聞いて回っていたことを知っている。
当然だが、本来高校の学園祭の出し物程度で、不正を疑う意味は無い。
すなわちここで快太を疑う者など、誰もいない。そもそもこの男は、それだけの信頼を初めから全員に得ていた。
「ではここに! その集計結果の紙があるので! どうぞ!」
「いやどうぞて君……」
「俺! 頑張ったので! 読み上げてください!」
「お、おう……」
そして押しに負けた司会者は、彼に渡された正しい本来の投票結果を読み上げる。
「えっと──…………ッ!? うえぇ!? す、すみません! 優勝者から先に発表します! 得票数一万三千六百二十七票……ッ! 歴代最多得票で…………優勝したのは! 雪代野乃さんです! なんてこった! これは凄い……! まさに女王! 我が校の女王です!」
読み上げるのが終わると、快太は舞台から去っていく。
代わりに上がらなければならないのは野乃だ。
「……そんなことをしていたんですわね」
「さ。行ってください部長」
「……」
野乃が舞台に上がると、真木は俯きながら彼女に声を掛けた。
「……中学ではずっと、私が二位だった。本当はこんなことしても意味無いって……分かってたのに……。雪代さん、私は……」
「……わたくしも、今ようやくあなたの気持ちが分かりましたわ」
「え?」
「……貴方は、わたくしがずっと手を伸ばしても得られなかった『それ』を、たった今手に入れた。……わたくしは、貴方が羨ましい」
「………………あ」
そこで真木も理解する。
野乃は決して完璧ではない。彼女は、全ての能力を持っているわけではないのだ。
*
◇数日後 新日本大学付属高等学校 超能力研究会部室◇
超能力研究会は、学園祭中おもだった活動をしていなかった。
そもそもこの部活動は公安と繋がりのある野乃が創り出した、超能力者の快太を研究するための場所。
……という体だが、彼女は少し違う意図を持っている。
「……で、快太君は誰に投票したのでしょう?」
「? 言う必要ありますか?」
「…………いいえ」
野乃は相も変わらず微笑みを崩さないように注意を払う。
その裏の感情を、表に出すことはない。
「しかし不思議ですわね」
「? 何がです?」
「……ミスコンの最中、集計結果を見ようとした文実の方が言っていましたわ。何故かデータベースが……突然消失してしまったと」
「……」
「故に、快太君に感謝していましたわ。貴方がいなければ、コンテストも破綻していただろうと」
「……それは……うーん……」
野乃は快太の態度を見て確信した。要するに、彼の仕業だ。
「……貴方の超能力、ですわよね?」
「え?」
「不正の事実を隠すため。ま、それは良いとして……驚きですわ。電子情報にまで作用できるだなんて……」
「……そう思いますか?」
「どういうことでしょう?」
快太は笑みを浮かべつつ、背もたれに寄り掛かった。
「……『発達した科学は、魔法と区別がつかない』……。果たして俺はまだ明かしていない『力』を使ったのか。それともただ、勝手に文実のパソコンを使ってデータを削除しただけか」
「……ふむ。言い換えるならば、『些末な超能力は、普通の能力と区別がつかない』……といったところですわね」
「勝負しますか? どっちが正解か。当てられたら何でも一つ、言うこと聞きますよ」
「何でも?」
「はい」
「……本当に?」
「……いや、やっぱり何でもは無しで。えーっと……」
結果として、野乃は彼との勝負に勝利した。
そんなことはともかくとして、結局彼らは誰も、最後まで気付くことが出来なかった。
真木が一体どのようにして、データを改ざんする不正を行っていたか。
実は、彼女にパソコンの知識はあまりない。
そもそも初めから、ミスコン運営のデータベースは投票結果をあとから弄れないように設定されていて、その設定を崩す方法を、彼女は知らない。
なのでつまり、そういうこと。
『些末な超能力は、普通の能力と区別がつかない』
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