第7話 阿波池田行きのバスへ

 気がつくと、鐘子しょうこ速登はやとと共に乃地日のちひほこらの前で倒れていた。空には皆既月食が終わり、光が戻りつつある満月が浮かんでいる。

「鐘子!」

 駆け寄った山乃端やまのは貴星きせいが、鐘子に被さらんばかりに顔を近づけながら呼びかけた。

「良かった。母さんや幸星こうせいにも隠せないし、二人が朝まで帰らなかったら警察に連絡しようと決めてたんだ」

「ご心配かけて、本当にすみませんでした」

 体を起こした速登が貴星に頭を下げる。

「それより怪我はないか」

「大丈夫やけど、扇子をなくしてしもうたみたい」

 貴星に答えながら鐘子は、速登の手に握られた「光の剣」を見た。光は消え、漆黒の細長い塊に戻っている。

「この『光の剣』、祠に戻そうと思っていたのですが、また何か起こるといけませんので、山乃端さんのお手元で預かっていただけないでしょうか」

 速登の頼みに貴星はうなずいた。

「分かりました。祠を閉じるので斗南となんさん、箱を取り出してください」

 祠に近づいた速登の足が止まった。そっと桐箱を取り出す。

「これは、鐘子さんの扇子では」

 桐箱の中には古びた扇子が入っていた。


 食堂に戻った鐘子と速登は、お茶を飲みながら貴星に過去の祖谷へタイムリープしたことを話していた。速登が古文書を開く。

「この古文書の最後に、乃地日祠のことが書いてあります。『乃地日の星 祠の下で鎮まれり』。もしかしたら、乃地日さんがこの祠の下に眠っているのかもしれません」

「それじゃ、お鐘さんたちがうちの扇子を見つけて供えてくれたんかな」

 鐘子が扇子を開きながら問いかけると、速登はうなずいた。

「これは僕の推測ですが、僕や箱を手に入れた先祖、そして鐘子さん達には乃地日さんの星から来た人たちの血が入っているのではないでしょうか。だから『光の剣』を使え、彼らのテレバシーも受け取ることができたんだと思うんです」

「そういえば、乃地日さんの他にも地球に降りた人がいるって言うてたな。もしかしたら『星』の名前を持つお父さんが、山乃端家のお婿さんになったのも何かの縁かもしれんよ」

 お茶を飲む貴星を見ながら鐘子は微笑んだ。速登が言う。

「今度実家に帰ったら、先祖のことについてもっと調べてみます」

「ともかく、今夜のことはここだけの話にしておこう。乃地日さんも静かに眠りたいだろうしな」

 貴星の言葉に二人は同意した。


 翌朝、高校に行く鐘子と大学の寮に戻る速登は、奥祖谷おくいやのバス停で阿波池田あわいけだ行きのバスが来るのを待っていた。半袖シャツにプリーツスカートの制服姿の鐘子が速登に話しかける。

「うち、斗南さんの通う大学に行ってもええかな」

「文化祭ならまだ先だよ」

 真顔で答える速登に鐘子はかぶりを振った。

「そうやのうて、受験するんよ。斗南さんと一緒に勉強できたら楽しいかなって。それとも、うちが来たら迷惑かな」

「そんなことは、ないけど」

 速登はリュックサックを背負い上げると照れたように笑った。

「ゆうべ、かずら橋でうちを助けてくれたやろ。『高いところは怖い』って言うてたのに勇気あるんやな、と思ったんよ」

「そんなこと考える間もなかったよ。君を助けなきゃ、と思ってさ」

 速登が鐘子を見つめる。鐘子は昨夜の出来事を思い返しながら、胸に右手を当てた。心なしか鼓動が早くなっているように感じる。

「斗南さん、また祖谷に来てな。秋の紅葉も素敵なんよ。今度は一緒にかずら橋を渡ろう」

「ああ。受験用に大学のパンフレットも持ってくるよ」

「楽しみやわ」

 鐘子は両手を天に伸ばしながら速登を見る。奥祖谷のバス停に、阿波池田行きの路線バスが入ってきた。


 その後、陽光原ようこうぱら大学に進学した鐘子は速登と結婚する。速登は実家の骨董品屋の後を継ぎ、二人には天界てんかいという名の息子が生まれた。


終わり

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かずら橋揺れたら 大田康湖 @ootayasuko

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