冷めない紅茶
飴。
喫茶店
かつてこんな飲み物があっただろうか。いやそれ以前に、これは物理学や熱力学的に考えて有り得るはずのないことだ。つまり詐欺商品にあたるではないか。私は今まで数多の喫茶店へ足を運び、批判を繰り返してきた。しかしこのような紅茶は見た事がない。どうもこのお店の紅茶は何時間経っても冷めることがなく一定の温度を保ち続けるらしい。
私は気になって気になって仕方がなく、やっとの思いでやってきた仕事の休みに都心から少し外れた若々しい喫茶店に足を運んだ。
「本当にあった……」
噂程度でしかなく、実際に存在するのだろうかと訝しんでいた私にとって第一声はこれ以外でてこなかった。お店の中に入ると気のいい六十代ほどのマスターとその娘らしき二十代ほどの女性が快く出迎えてくれた。店内はバーのようなカウンターや四人ほど座れる席がいくつかあり広々としていて、店内で流れるジャズの音楽は長い電車移動で疲れた私の心を癒した。郊外ということもあってか、はたまた平日の真昼間だからか、中にはお客さんが数人いる程度で、特殊な機械だったりずるい商売をしていたりなどといった雰囲気は感じられなかった。
「空いているお席にどうぞ」
「ありがとう」
私は問答無用でマスターの正面のカウンター席に座った。そしてメニューに"冷めない紅茶"があることを確認し、注文をする。
「このお店に"冷めない紅茶"があると聞いてここまで来たのですが、冷めないとはどういう意味でしょうか」
「そのままの意味ですよ。私が
「……では、どのようにして温かい状態を保つのでしょう」
マスターはにこやかな顔でこう答える。
「お答えできませんね。但し、このためにいらっしゃったというのでしたら。どのようにして温度を一定に保つのかを当てることができたら、無料で何かサービスしましょう。その代わりもし分からなければ、二倍の金額をお支払いしていただきます。どうです、挑戦なさいますか?」
「それは興味深い提案ですね」
ネットでは喫茶店マイスターと呼ばれたこの私にとって引くわけにはいかない提案だ。しかし、どのようにして温度を保つのだろうか。検討もつかない。だが、私の社会人生活で培った経験を駆使して情報の整理をすれば道は開けるはずだ。まず、マスターは何度も温め直したり無理やり飲ませることは無いと言った。これらはおそらく前の挑戦者が出した答えで多かったものなのだろう。
しかしその後でこの提案をしたということは、余程当てられない自信があるということだ。超能力や魔法的なものだろうか。いや、そんな考えは捨ててしまった方が良い。もし本当にそうだとしたら、喫茶店の紅茶を温め続けるためだけにその力を使うのは、宝の持ち腐れといったレベルの話を全て凌駕するほどに馬鹿げている。ではマスターがついた真っ赤な嘘で、紅茶の料金を二倍得るためだけに作ったメニューという可能性がある。実際、周りのお客さんは誰一人として"冷めない紅茶"を飲んでおらず、皆コーヒーを飲んでいる。つまり私のように離れた場所から噂を頼りにやってきた客を鴨にしていると考えられる。
「すみません、いくつか質問に答えていただくことは可能でしょうか」
「はい、ですがいくつも答えるわけにはいかないので、ルールを設けましょう」
「ルール?」
「今から私はお客様の質問に対して二つまで回答します。その際、必ず真実を伝えます。ですが、はいかいいえで答えられる質問にしてください。それでもよろしいでしょうか?」
「勿論ですとも」
嘘をつかれてもと思いダメ元で試してみたが、本当のことしか言わないとなると好都合だ。私の中で、もうほとんど答えはでているのだから。私はマスターに質問をする。
「マスターは"冷めない紅茶"を私に出したあと、その紅茶に指一本でも触れたり、何かを行うことはありますか?」
「いいえ」
「では、紅茶が冷めないというのは熱力学的に考えてありえないことですが、紅茶が冷めないというのは本当のことですか?」
「はい」
「……」
思わず言葉を失ってしまった。この答えはつまりマスターは私に紅茶を出したあと何もせずに温かいままに保つということを事実だと言っている。もうこれは本当に超能力や魔法でしかありえないのではないか。私は背筋が凍った。
「私の負けです。もう私には超能力や魔法以外の答えが思いつきません。」
するとマスターは笑みを浮かべて、
「そうですか、では"冷めない紅茶"をお出ししますね」
こうして私の前に出された紅茶は
冷え切っていた。
冷めない紅茶 飴。 @Candy_3
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