23、夜の学校はオバケたちの楽園
「最初は入学式で見かけて、こんなちっちゃくてかわいい子がいるのかと思って、話しかけたんだよ」
「ちょっと――」
ちっちゃいと言われて私は目をとがらせた。
だがコンプレックスだった背の低さがナツキとの出会いをつないでくれたなら、悪いことばかりでもないかも知れない。
「でもウチ、ガキだったから好きとかよく分かってなくてさ。自分の気持ちにはっきり気付いたのは二年前――四年生のドッジボール大会のときだな」
なっちゃんは二年も前から私を好きでいてくれたんだ――
「だれかがユイナにボールを当てるのが許せなくて、ユイナだけを特別に守りたいのは幼なじみだからじゃない、好きだからなんだって気付いたんだ」
「うふふ、うれしい」
幸せすぎて笑いがこみ上げてくる。
「そりゃウチもさ、最初は女の子同士っておかしいかもとか考えたんだ。不安になって、お姉ちゃんのスマホで調べたんだよ。あのころはまだウチの姉、高校生で家にいたから」
ナツキが性的マイノリティについて詳しかったのは、学校の授業を聞いていたというより、事前に予習していたからだったんだ! 妙に納得してうんうんと首をたてに振る私に、ナツキは言葉を続けた。
「それで知ったんだ。男が好きか女が好きかだけじゃなくて、世の中には色んな人がいるって。どっちも好きな人もいるし、どっちも興味ない人もいる。恋愛するのに性別なんて気にしないって人もいるんだ」
「ひとりひとり、違っていいんだね」
私はうわばきをサンダルに履き替えながら、うなずいた。考えてみればナツキのように運動が得意な子もいれば、私のように逆上がりも二重とびもできないけれど、ピアノは得意な子だっている。ひとりひとり、ちがう個性を持っているのは当たり前だ。
「そうなんだよ」
ナツキは自信に満ちた表情で答えると、何食わぬ顔でガラスドアの鍵を開けて昇降口へ出た。
「ウチ、ユイナが恋バナしてる女子たちをいつも怖い顔でにらんでるから、恋愛しない人たちについても調べたんだけど」
恥ずかしくなって肩をすぼめる私には気付かず、ナツキは話を続ける。
「恋はしなくても夢中になって追ってる夢があったり、
ナツキがそこまで私のことを考えてくれていたと知って、私は涙ぐんだ。
「なっちゃん、たくさん勉強してたんだね」
私はあまりに自分の心に
「まあな。それで分かったのは、人間って愛にあふれたすげぇ生き物だってことだよ」
さっきより少しだけ涼しくなった夜風が、ナツキの短い髪をふわりとゆらした。
「なっちゃん、すごい」
少し離れた街灯から届く光が間接照明のような陰影をもたらし、見慣れているはずのナツキの表情がいつもより大人びて見えた。
「でも検索履歴を消し忘れて、お姉ちゃんに色々とバレちまったけどな」
「えっ」
「それで言われたんだ。ユイナが勉強のできる子で私立の中学に行っちゃうなら、小学校卒業するまでに気持ちを伝えるのもありかもって」
ナツキの言葉に私はドキッとした。中学生になったらナツキと離れ離れになるってこと、忘れてたよ…… 晴れ渡っていた心の空にまた灰色の雲が立ち込める。
「私、中学受験やめて地元の公立行こうかな」
「なんでだよ。ウチのためか?」
ナツキが心配そうに私を見つめたとき、うしろからエッホエッホと聞き覚えのあるかけ声が聞こえてきた。振り返ると案の定、ブロンズ像の二宮金次郎さんがこちらへ走ってくる。
「なんで校内にいるの!?」
怖くないと分かってはいても、金次郎さんは校庭を走り回っているものとばかり思っていたから、私はナツキの腕に飛びついた。
「やあ君たち、また会ったね」
親しげに片手を挙げる金次郎さんの手には本がにぎられていた。色鮮やかなイラストの描かれた表紙が夜でも映える。
「あーっ」
私のとなりでナツキがけたたましい声をあげて本を指さした。
「『精霊王の末裔』の原作小説!」
「うん、さっそく図書室で借りてきたんだ」
階上を指さす金次郎さんに、私は無言のまま目を見開いた。うちの学校の図書室、ラノベも置いてたんだ! 海外の名作ばかり読んでたから知らなかったよ。いや、それより――
「図書室ってオバケも利用するんだ……」
私の突っ込みなど聞こえていないのか、金次郎さんはラノベ片手に威勢よく宣言した。
「よーっし、おなかのぜい肉を落としながら読書するぞー!」
もはやまじめな書物の裏にこっそり隠すこともせず、堂々と派手な表紙を見せながら校庭へ走り出す。トラックをジョギングする彼は時おり、
「ウワハハハ」
と大きな笑い声を上げていた。これはそのうち「誰もいないはずの校庭から爆笑が聞こえる」と、八番目の不思議が追加されちゃうのでは!?
「ウチ思うんだけどさ」
ナツキがまじめな声を出した。
「ユイナは二宮金次郎みたいに優秀な人材で、きっと社会を変えていくんだよ」
「ええっ」
私は未来の学校に自分のブロンズ像が飾られる様子を想像してしまった。――うん。案外、悪くないな。
「ユイナはなんだっけ――法律の勉強するんだっけ?」
「多分」
私はあいまいな答えを返した。
お母さんの期待に
四年生から塾に通ってがんばって来たのは事実だから、その努力を無駄にしたいわけじゃないけれど、七不思議めぐりをする前までの必死な気持ちが抜け落ちてしまった。
今の私は大好きななっちゃんと一緒にいられるなら、ほかには何もいらないかも。
「ウチ、バカだからよく分かんねえけどさ」
裏門へ向かって校庭を歩きながら、ナツキが照れくさそうに頭をかいた。
「ユイナみたいに頭のいいやつが政治家に働きかけて、ウチらが結婚できるように法律変えてくれたりするのかなって」
「法律を変える!?」
考えたこともないほど大きな話が出てきて、私は二の句が継げなくなってしまった。
でも同時に、マイノリティである自分を受け入れてから暗雲がかかっていた将来が、一気に晴れ渡って遠くまで見えるようになった。
私は何に絶望していたんだろう? マイノリティという個性が私の行く手をはばむことなんてない。むしろ私に確かな目標を与えてくれるんだ。
人と違うことは
真っ白なキャンバスに何を描くのか、私は自由に選べるのだ。お母さんの期待に応えるのも、プライドを満たすのもひとつの選択肢。でもほかにも無限の可能性が広がっている。
私とお母さんはそれぞれ違う人間なんだから、私はお母さんのように結婚して働きながら子育てをする人生を歩まなくたってよい。私の未来はこれから私の手で作ってゆくんだから。
「いやウチ、勝手なこと言ってるな。ユイナの未来なのに」
前言を撤回するようにパタパタと手を動かすナツキに、私は首を振った。
「そんなことないよ。私たちの未来だもん」
夜空から校庭に涼しい風がすべってくると、並ぶ木々がいっせいに葉ずれの音で答えた。
風が運んできたのは、体育館のほうから聞こえる花子さんと太郎さんが言い争う声。けんかするほど仲が良いってことね。
プールからはスライムとじゃれあう勇者の笑い声が聞こえ、明かりの消えた校舎からは、どこからともなく響くピアノの音色をBGMに、男所帯の家族が団らんする話し声が届く。
夜の学校にはだれも知らない、オバケたちの楽しい世界が広がっていたんだ。
「ウチらの未来か」
私のとなりでつぶやくナツキの声には期待がこもっている。
「なっちゃん、二人で作っていこうね」
つなぐ手のひらから感じる熱に胸が高鳴る。
私は夏の風といっしょに、大切な人がとなりにいる幸せを胸いっぱいに吸い込んだ。
オバケの謎解きスタンプラリー 綾森れん👑12/31~1/3低浮上 @Velvettino
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