築ノ宮さんのおはなし その3
1.歯科検診 1
今日は半年に一度の歯科検診の日。
「はい、虫歯はありませんね。とても綺麗です。」
「はい、ありがとうございます。」
築ノ宮さんは口を漱ぐ。
コップに水があるが残してはいけない気がして
無くなるまできちんとぶくぶく。
「ではまた半年後、よろしくお願いします。」
「また時間がある時に歯のお掃除をするので
予約をしていってくださいね。」
「はい。」
築ノ宮さん、頭を下げて出て行った。
歯医者さんは思う。
あの人のあんな顔を見た事があるのは自分だけだろうと。
思わずにやにやする。
2.歯石取り
「はい、終わりましたよ。」
歯科衛生士が築ノ宮さんに言った。
「はい、ありがとうございます。」
「帰りに歯間ブラシをお渡しするので使ってくださいね。」
「分かりました。
ありがとうございました。」
築ノ宮さんは頭を下げて出て行った。
歯科衛生士の女性は思う。
あの人のあんな顔を見た事があるのは自分だけだろうと。
いや違う、
この今日の作業は取り合いだった。
ライバルがいたが勝ち取ったのだ。
半年に一度の過酷な競争。
「私の技術は最高だったからよ。
またあの人の治療が出来るように努力をするわ。」
彼女は呟く。
おお、頑張れ。
そして帰りの築ノ宮さん。
「切れてるロールケーキ、20%引きですね。」
スーパーペリーペリーで買い物。
自分へのご褒美ですか?
3.歯科検診 2
「
ヒナトリ・アンティークだ。
昼下がりでお客もいない。
築ノ宮さんは遊びに来た。
「それで土産は割引ロールケーキか。」
20%割引シールが貼られたロールケーキだ。
「彬史さんは他にもたくさん買って来たでしょう?」
「そうだけどさ、お前、歯医者に行ってすぐ甘いものかよ。」
「食べたかったんですよ。」
更紗がふふと笑う。
「虫歯はなかったんでしょ?
お茶を入れるから食べて行ってくださいね。
でも……、」
二人が更紗を見る。
「ヒナトリは一度も歯医者に行った事がないのよ。」
築ノ宮がヒナトリを見た。
「俺は虫歯はないからな。行かなくてもいいんだ。」
「でも歯石とか溜まりますよ。」
「いいんだよ、そんなの。」
築ノ宮はちろとヒナトリを見た。
「本当は歯医者が怖いんじゃないですか?」
ヒナトリの顔が赤くなる。
「馬鹿なこと言うな、怖くねえよ。」
「でも行った事ないんでしょ?
じゃあ一度行ったらどうですか。」
「いいんだよ、そんなの!」
ヒナトリの口がへの字になる。
「でも私も虫歯はなくても行った方が良いと言っているのよ。
客商売だから。」
「そうですね、分かりました。」
築ノ宮が電話をし始めた。
「予約取れましたよ。」
「えっ?なんのだよ。」
「歯医者ですよ。
電話をしたらたまたま一件キャンセルがあったそうです。
そこに入れていただきました。
まずは歯の検査ですね。
無理に入れていただいたので私も一緒に行きます。
すぐ行きますよ。」
「彬史さん、ありがとうございます。
ほらヒナトリ、歯磨きして、保険証。」
「マイナンバーに統一してないんですか?」
「そんな事どうでもいいだろ、
それにどうしてお前が来るんだよ。」
「いきなり無理を言ったので責任をもって
歯医者にヒナトリを連れて行きます。」
「そうよ、一人で行かせたら逃げるわ、この人。」
「おい更紗、裏切るのかよ。来客があったらどうするんだ。」
「どうにかするわよ、ほらハンカチも持ってね。」
「更紗ぁ……、」
築ノ宮さん、にやにやしながらそれを見ている。
だがヒナトリには分かっていた。
築ノ宮さんはただ見物したいだけなのだ。
「お前は昔からそうだよな。」
「ヒナトリの事をいつも一番に考えていますよ。」
更紗がにこにこしながら二人を見送る。
築ノ宮さんはがっちりとヒナトリの腕を掴んでいた。
4.結果
「それでヒナトリさんは虫歯はなかったのですか?」
築ノ宮さん、自宅に帰り夕食を取っていた。
家政婦さんとそのご主人の築ノ宮さんの運転手さんと
一緒に食べている。
「ありませんでしたよ。でも……、」
築ノ宮さん、少しくくと笑う。
「涙目でした。」
家政婦さんと運転手さんは苦笑いをする。
「まあ、歯医者は通った方が良いに越したことはありませんが、
悪戯はほどほどにしないと。」
「はい、そうですね。」
運転手さんが言うと築ノ宮さんは素直に言った。
二人とも昔からの付き合いで親代わりのようなものだ。
この二人の言う事は結構ちゃんと聞く。
「それで築ノ宮様の歯はどうだったんですか?」
お代わりをした築ノ宮さんの茶碗に
ごはんをよそいながら家政婦さんが言った。
「おかげさまでなんともなかったです。」
それを聞いて彼女はほっとした顔をした。
「良かったですね。」
しかし、築ノ宮さんが寝る前に甘いものを食べたりしているのを
彼女は知っている。
それでどうして虫歯にならず太らないのか。
不思議でしょうがないが、
虫歯に関しては
「きっと口の中にミュータンス菌がいないのよ。」
家政婦さんはいいなあと思う。
そのミュータンス菌を消す薬が発明されたら
ノーベル賞物だと思うけどどう思う?
発明してくれよー。
5.運転免許更新
築ノ宮さん、運転免許の更新に行く。
築ノ宮さん、優良運転手。
無事故無違反、ゴールド、黄金。
予約制なので決められた日時にお出かけ。
「前の時は予約せずに行けましたが、
変わるんですね。」
それは5年前の話。
スマホで予約したのでそれのQRコードで
色々と手続きをする。
「免許証は後日取りに来ていただくか、
郵送かどちらが良いですか?」
「郵送でお願いします。」
視力検査と写真、その後の講習会、全部で一時間ちょっと。
「本当に交通事故は駄目です。
みんなが不幸になります。気をつけないと。」
更新手続きが終わった後、自宅に帰り築ノ宮さんは呟く。
そして今までの自分の免許証を並べてみる。
築ノ宮さん、今までの免許証を持っている。
免許を更新する場所にもよるが後日発行の所は
郵送にすれば以前の免許証は手元に残るのだ。
(ちなみに前の免許証は一部に穴が開けられて、
有効期限がしっかりスタンプされるので悪用できません。
新しい免許証を送ってもらうのは有料です。)
その写真を見て一言。
「老けたなあ……。」
それは仕方ないよー。
生き物の避けられない摂理。
6.QRコード
ウナギの稚魚にQRコードをつけて管理すると言う
ニュースを見る。
あの透明なシラスウナギの頭にQRコード。
コードを付けながらふわふわと泳ぐ小さな稚魚たち。
なんてカワイイ……。
「そんな訳ありませんよ、
違う方法で管理すると思いますよ。」
新聞を読みながら妄想している築ノ宮さんを見て
渡辺さんが一言。
「あ、まあ、そうですよね、当たり前じゃないですか。」
少しばかり赤面する築ノ宮さん。
しかし、何も言っていないのに
どうして頭の中の妄想が渡辺さんに分かったのか。
「分かりますよ、顔を見れば。
何十年築ノ宮様の秘書をしていると思っているのですか。」
この人の前では嘘はつけないと
築ノ宮さんは思った。
7.雪
築ノ宮さんは雪が好き。
特に結晶が大好き。
今日は取引があるので出先に向かっていた。
実はちょっとやらかしてしまった人がいて、
そのお詫びに伺う築ノ宮さん。
「降ってきましたね。」
渡辺さんが外を見る。
「そうですね、
今年は雪が多いので困っている方も沢山いらっしゃいますね。」
「そうですね……。」
今日は少しばかり気が重い。
それでも雪が降るとなんとなく気持ちが上がる。
車から出ると雪がふわふわと降って来た。
コートの腕に落ちる雪。
小さな結晶が見える。
その美しさにしばし見とれる築ノ宮さん。
「築ノ宮君。」
取引先の偉い人だ。
築ノ宮さんの車の後に偉い方の車が着いたらしい。
その人は今日のお詫び相手だ。
「こんにちは。」
どうしようかと思ったが築ノ宮さん、
にっこりと笑って頭を下げた。
彼は腕を上げている築ノ宮さんを見た。
「どうされた?」
偉い人は築ノ宮さんの腕を見た。
「雪の結晶です。
でも息で溶けてしまいました。」
雪は静かに落ちて来た。
偉い人の腕にも付く。
偉いさんはそれを見た。
「結晶か。そうだな、すぐ溶けるな。」
「今年は雪が多いので困っている方もいらっしゃいますが、」
築ノ宮さん、空を見た。
「やっぱり雪は綺麗です。」
偉い人の顔が少し遠くなる。
「……雪かきは確かにつらいな。
でも雪が降ると気持ちが変わる。」
「雪かきの経験がおありなんですか?」
「ああ、私は寒い地方の生まれでな、」
二人はしゃべりながら並んで会社に入って行った。
8.花言葉
「お世話になった方のお嬢様がご結婚されるようですよ。」
「ああ、そうなんですか。」
執務室で築ノ宮さん事務仕事をしていると、
渡辺さんが入って来て言った。
「何年前でしょうか、あのお嬢さんが小さな時に
一緒に四葉のクローバーを探しましたね。」
「何やら見えるとおっしゃっていたので、
お伺いした時ですね。」
「ええ、それはわりと簡単に解決できたので、
少しばかり一緒に遊んだんですよ。
それでクローバーが好きとおっしゃったので、
四葉のクローバーを探しましようかと。」
「可愛らしいですね。」
「それでその後あの方は何事もありませんか?」
「はい、もうすっかり素敵な女性になられました。」
「そうですか、良かったです。」
築ノ宮さんはにっこりと笑う。
「ならばぜひ何かお祝いしたいですね。
まずお花でも贈りましょうか。」
「そうですね。」
築ノ宮さん、花を検索する。
「クローバーでは花束は無理ですかね。」
「小さな花ですからそれは出来ないかもしれませんね。」
築ノ宮さん、クローバーの花言葉を調べる。
そしてそっと画面を閉じた。
「どうしたんですか?」
「やはりクローバーは無理ですね。」
「小さいからダメですよね。」
「いえ、花言葉が……、」
渡辺さん、急いでクローバーの花言葉を検索をする。
「約束、幸運、私のものになって、
ああこれはちょっと問題ありかもですね。」
「その次ですよ。」
「……復讐、ですか。」
二人は溜息をつく。
「やはりご結婚のお祝いとして花屋さんにお願いしましょうか。」
「そうですね、プロにお任せした方が良いでしょう。
渡辺さん、お願いします。」
「はい、分かりました。」
「でもあのカワイイ花にそんな花言葉があるとは。」
築ノ宮さん少しばかり複雑な気分に。
甘い、築ノ宮さん、
他の花の花言葉にはもっとすごいのがあるぞ。ヒッヒッヒ……。
9.幼稚園バス
外出中、築ノ宮さん、綺麗で派手なバスを見る。
「幼稚園バスですか、すごいですね。」
渡辺さんもちらと見る。
「そうですね、園を決める時に
お子さんがこのバスが良いと
それが決め手になる時もあるらしいので。」
バスは降園時間なのか小さな帽子が中で
動いているのが見えた。
「……カワイイですね。」
築ノ宮さんはじっとそれを見る。
渡辺さん、築ノ宮さんが何を考えているのかすぐ分かった。
だけど今回は何も言わずタブレットを見ている。
渡辺さん、本当に優秀で優しい秘書さん。
10.鍋
『おい、彬史、今日うちで鍋をするんだ。
来ねぇか?』
ヒナトリから電話が来たので築ノ宮さん行くことにした。
『来たらついでに雄介も風呂に入れてくれよ。』
雄介はヒナトリと更紗の子どもだ。
いつもはヒナトリが風呂に入れているらしいので
たまにはさぼりたいのだろうと推測する築ノ宮さん。
「仕方ないですね。ならビールでも持って行きましようか。」
『ああ、更紗が喜ぶぞ。ついでに泊まってけよ。』
ヒナトリは築ノ宮さんの兄弟弟子。
15歳の頃からの知り合いだ。
築ノ宮さん、迷惑そうな口調だがもうすでに心ウキウキ。
雄介は可愛い盛りだ。
小さくてカワイイものが好きな築ノ宮さん、
嬉しくて仕方ない。
仕事を早めに済ませて
いそいそとヒナトリ・アンティークに向かった。
「お客様から名古屋コーチンの良いお肉をもらったのよ。」
更紗が準備をしながら言った。
「お手伝いした方が良いでしょうか。」
「大丈夫よ、ヒナトリと用意するから。
それより雄介をお風呂に入れてくれるとありがたいわ。」
築ノ宮さんはビールをヒナトリに渡す。
築ノ宮さんとヒナトリもそこそこ飲める方だが、
更紗はいわゆる酒豪だ。
どれだけ飲んでも顔が変わらない。
「じゃあ、お風呂を先に頂きましょうか。」
台所の外の廊下から雄介がちらちらと顔を出している。
「雄介君、お風呂に入りましょうか。」
築ノ宮さんがにっこり笑って言うと、
雄介が歓声を上げて抱き着いて来た。
二人がしばらく風呂に入っていると、
ヒナトリも浴室にやって来た。
「あとは火を通すだけだ。」
「ヒナトリが来ると狭いですよ。」
「手っ取り早く済ませて飲もうぜ。
おい、雄介、背中を流してくれ。」
雄介が浴槽から上がり手を泡だらけにして
ヒナトリの背中をこすった。
小さな手が大きな背中を流す。
築ノ宮さん、それを浴槽のふちに手を乗せ
顎をついて見た。
「良いですね、ヒナトリは。」
頭を洗いながらちらとヒナトリは築ノ宮さんを見た。
「なんだ、お前は背中を流してもらわなかったのか。」
「洗ってもらいましたよ、
雄介君は上手に流してくれました。」
「毎日俺の背中を流してくれているからな。」
ヒナトリがにやりと雄介を見る。
「まあ、そういう意味ではないのですがね。」
築ノ宮さん、ざっと浴槽から出る。
「先に出て更紗さんを手伝いましょう。」
「おう、悪いな、俺もすぐ出るからな。」
台所に行くと用はほとんど済んでいた。
「お先に失礼しました。
何かお手伝いする事はありますか?」
「もう火をつけるだけなの。
彬史さん、先に飲み始める?」
「いえ、皆が来るまで待ちますよ。
今日は泊まるつもりで来ましたから。」
更紗がにっこりと笑う。
「彬史さんが泊まるのは久し振りだものね。
ヒナトリも楽しみにしているのよ。
じゃあ私も済ませて来るわね。」
「ゆっくりでいいですよ。」
築ノ宮さん、キッチンのテーブルについて周りを見た。
ここはヒナトリと更紗の住まいだ。
二人はこのヒナトリ・アンティークで暮らしている。
色々な事があり、結婚して子供が生まれた。
ここには当たり前の日常がある。
築ノ宮さん、昔からの由緒ある家系で
ごく普通の家庭をほとんど知らない。
少しばかり経験したがそれは終わってしまった。
なのでここに来ると色々な思いが心に浮かぶ。
楽しかったり寂しかったりだ。
それは本当は築ノ宮さんも欲しかったものだ。
だがそれはもう無理なのだ。
それをヒナトリは分かっているのか気が付かないのか。
彼は時々ここに築ノ宮さんを誘う。
築ノ宮さんを忘れていないぞと言うように。
それは武骨な優しさだ。
「待たせたな、彬史。」
ヒナトリと雄介がやってくる。
雄介はちゃっかり築ノ宮さんの膝の上に来た。
「更紗はすぐあがるから始めようぜ。
火が通る頃に来るだろ。」
「そうですね。」
鍋に火が入る。
「かしわの引きずりだ。」
「いわゆる鶏肉のすき焼きですね。」
「そうそう、お客さんがくれたんだよ。」
「良いお肉ですね。」
ヒナトリがグラスを築ノ宮さんに渡した。
「今日は泊まりだろ、飲めよ。」
「ありがとう、ヒナトリも。」
すると雄介がプラスチックのコップを出した。
テーブルにはジュースも用意してある。
「雄介君はジュースですね。」
「少しな、先に飲むと腹が膨れて食べられなくなる。」
築ノ宮さんが雄介のコップに少しジュースを入れた。
「乾杯しますか?」
築ノ宮さんが雄介を見た。
「かんぱいする!」
元気な雄介の声だ。
築ノ宮さんとヒナトリがグラスを持つ。
「「「かんぱーい!」」」
その時更紗がやって来た。
「待ってよ、私も入れて!」
皆がそれを聞いて笑った。
「じゃあもう一度乾杯しましょう。」
築ノ宮さんがグラスを持つ。
皆もグラスを持って手を差し上げた。
「「「「かんぱーい!」」」」
あとがき その3
築ノ宮さんのおはなし その3 です。
「光は謳う」でもお仕事をしていただいたのでこちらでも。
ほんと、この人が出て来ると話が進むのですよ。
説明してくださるので助かっています。
よくキャラが勝手に動くと言いますがまさにそれ。
自分の頭の中ですがどういう仕組みなのだろうと不思議です。
多分ものすごい目立ちたがりなのだと思います。
今回少しばかりおセンチな話が多いです。
そして歯医者は私が治療を受けている時に、
上を見ながら考えました。
ぎーーーんぎーーーんがりがりがり、おおおお、
気を紛らわすために考えていました。
必死に考えていましたっ!(痛怒)
大事な事なので三回言いました。
と言う事で
歯医者は行きましよう。
築ノ宮さんのおはなし ましさかはぶ子 @soranamu
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