築ノ宮さんのおはなし その2
1.センス その1
築ノ宮さんは普段はほとんど背広を着ている。
身につけている物全部超一流。
腕時計も超高級品。
私もカタログでしか見た事ねぇよ。500万の時計?ああん?
まあ金持ちは経済バリバリ動かしてくれよ。
私は協力できないからな。
何しろ偉い人とよく会うから見た目で威嚇よ。
違う違う、信用していただくのよ。
でもトランクスだけは自分で買ってる。
ネット通販。
「もう大人ですからそれぐらいは自分で買わないと。」
と言うが洗っているのは家政婦さん。
大人の感覚ちょっとずれてる。
で、それだけは築ノ宮さんのセンス大爆発。
青地に小さな黄色の流れ星が全面に流れている柄。
しかも所々にハムスターがそれに乗っていて、
ローマ字で
「IKE!IKE!」
「HAYAIYO!」
「TONDEKE!」
と叫んでいる。全部ローマ字。
とりあえず肌触り重視で綿100パーセント。
「一匹だけKOWAIYO!と言っているんですよ。
どこだか分かります?」
築ノ宮さん、真面目な顔で家政婦さんに言った。
少し戸惑いながら
「いえ、どこですか?」
と聞くと、築ノ宮さん、
「秘密です。」
とにやにや。
それから洗濯物を畳むたびに探す家政婦さん。
自分の主人はとても気を使ってくれて
最高の雇い主だと思うが、
このセンスだけはどうにかして欲しいと思っている。
2.センス その2
築ノ宮さんは私服は家政婦さんが買ってくれている。
何しろ築ノ宮さんが自分で買うと
訳の分からないものを買って来るからだ。
「大人だから自分で買いますよ。」
とは言うが築ノ宮さんが買って来たのは
黄緑の地色のTシャツに紫色のリアルな龍が
プリントされていた。
どこで見つけたのか分からない。
「格好良いでしょ。」
と築ノ宮さん。
頭を抱える家政婦さん。
いくら何でも築ノ宮さんには着せられない。
このようないで立ちで築ノ宮さんを外に出せない。
私服も家政婦さんが買って来ることとなった。
しかし不満を訴える築ノ宮さん。
なので下着は好きなものを買って良しとなった。
と言う事で
築ノ宮さんのトランクスはド派手なものばかり。
あ、シャツは白ね。
Yシャツだから透けるから。
ちなみに家政婦さんは50歳過ぎの既婚者で、
旦那さんは築ノ宮さん付きの運転手さん。
築ノ宮さんは一応雇い主だがどちらかと言えば息子的感覚。
普通はかーちゃんが変な模様の服を買って来るのだが、
ここでは逆である。
とりあえず紫龍Tシャツは築ノ宮さんのパジャマとなった。
3.蚊
築ノ宮さんがふと気が付くと
頬を蚊に刺されていた。
「かゆいですね。」
と虫刺されの薬を塗った。
が、
体温で温められ立ち上る虫刺されのかほり。
そして感じる刺激!
築ノ宮さん、思わず目を押さえて、
(目が!目がっ!)
どこかの王族の末裔のような事を心で叫んで
机に突っ伏す。
「築ノ宮様、お客様です。」
その時、ドアをノックして現れる渡辺さん。
「ど、どうされました?」
慌てて机に駆け寄ると机の上に虫刺されの薬。
築ノ宮さんは顔を上げて、
「目がチクチクします。」
「虫がいたんですか?」
「蚊に頬を刺されました。」
何となく事情を察する渡辺さん。
「そこまでお客様がいらっしゃっています。」
と差し出す目薬。
でも築ノ宮さん、実は目薬苦手。
怖くてさせない。
渡辺さん、急いで別室の洗面所に走りハンカチを濡らして
戻って来た。
「すみません。」
どうにか眼を拭いた。
頬にぽちっと虫刺されの跡。
ドアがノックされる。
「いやあ、築ノ宮君、急で悪いな。」
「いえ、構いませんよ、
今日はどう言ったご用件ですか。」
「実はなあ……、」
ものすごい偉い人、
渡辺さんはさっきまでの焦りはどこへやら、
冷静な顔で築ノ宮さんの後ろに立つ。
築ノ宮さんはにこにこと話を聞く。
大変だあ。
忙しいの当社比5倍だから。
築ノ宮さんのほっぺのぽちっは数時間でひいた。
4.マダム
ええ、あのお客様は好きなの。
とても品の良い方で優しいし。
そうね、見た目も良いわよ。
でも結局はその人の生き方や性格よ。
その点ではあの方は満点ね。
辛い経験もされたみたいだけど、
それに負けずに生きていらっしゃる。
組織のトップなのも分かるわ。
でもね、たまにここにいらっしゃるけど
服のセンスはねぇー、
あれはどうしたらいいのかしらねぇ。
私でも覚えがない服を見つけるのよ。
前はここで紫色の龍がプリントされたTシャツを見つけたの。
ここにある服は私が作ったものばかりよ。
でもそのようなTシャツなんて作った覚えがないの。
どうしてあのようなものがあったのかしら。
え、Tシャツなんて作るのかって?
どんなものも出来るわよ、凄いのよ、私。
Tシャツはとてもじゃないけどこれは、と思ったから
躊躇したんだけど、
格好良いですねとにこにことこちらをご覧になるの。
断れなくて。
仕方なくお売りしたけどあれはどうなったのかしらね。
でも以前女性をお連れになった時は全て私に任されたの。
そう言う判断力はさすがよね。
最近はいらっしゃらないけど
また来て頂きたいお客様ね。
え、私?
忙しいわよ、毎日。
あ、お客様がいらっしゃるみたい。
じゃあ、縁があればまたお越しになってね。
今度はインタビューじゃなく、
ぜひお客様として来てね。
5.チンアナゴ
築ノ宮さん、水族館が好き。
年に一度は時間を作って魚を見に行く。
やっぱり小さい魚が好きで
ハゼが波打ち際でゴロゴロしているのを見ると
にこにこしてしまう。
特に一番好きなのがチンアナゴ。
海底の砂からひょろーっと出てゆらゆらしているのは
何時間でも見ていられる。
そして想像する。
チンアナゴを一匹ずつすーっと抜く事を。
1匹、すーっ、ニョロニョロ、
2匹目、すーっ、ニョロニョロ、
3匹目……、
その間に1匹目は砂に潜る。
4匹目を抜いたら1匹目はもう戻っているので再び抜く。
2匹目も既に砂の中……、
なんと言う永久機関。
チンアナゴと想像上の空間で戯れる幸せな時間。
「ニシキアナゴも良いですよね。」
と呟く築ノ宮さん。
道路のオレンジで白いテープが巻いてある
ラバーポールを見ると
ニシキアナゴを思い出す築ノ宮さん。
そして小さなシュモクザメと戯れたいなとも思う。
でも大きいシュモクザメはご遠慮願いたい築ノ宮さん。
なぜなら怖いから。
シュモクザメってあの容姿で意外と狂暴なんだよね。
でもあの目のとこ触りたいよね。
6.デザート
今日は築ノ宮さんの運転で出先に行った。
渡辺さんと一緒で夕方に丁度仕事は終わったので、
「ご飯でも食べませんか。」
渡辺さんを誘ってステーキ屋に来た。
築ノ宮さん、超高級なステーキ屋にも行くが、
リーズナブルな店も大好き。
いわゆるチェーン店。
サラダとかデザートとか自分で取りに行くので
それが楽しくて仕方ない。
このお店のステーキやハンバーグは鉄板に乗っていて、
そこにはおじさんの顔がついている。
その上に乗せられる塩。
おじさんの顔に塩。おじさんの目が心配。
少しばかりひりひりする感じだが、結構この塩が旨い。
築ノ宮さん、ステーキを一口切って
ごめんねと思いながらおじさんに押し付ける。
じゅーじゅーと響く音。
塩がそこに乗ってるし。
美味しいねぇ。
そして築ノ宮さん、細身ながら大食漢。
サラダバーも2回は行く。
その時点で渡辺さんは食べ終わっているが
ボスはまだ食べ終わっていないので、
そこで今日の仕事の整理。
さすが渡辺さん。
そして築ノ宮さんの食欲は知っているので
何とも思っていない。
ボスのおごりだしぃ。
そして築ノ宮さん、ついにデザートタイム。
生八ツ橋の皮だけとかゼリーとか
四角く切られただけのケーキとか、
自分で取るのよ、楽しいねぇ、楽しいねぇ、
ちぃっ、金持ちめ。
そしてふと築ノ宮さん、アイスを見る。
「イチゴにオレンジ、マンゴー、抹茶にソーダ、紫芋ですか。」
築ノ宮さん、ふと何かを思いつく。
「全部取って来たんですか?」
アイスがてんこ盛りの皿を見て渡辺さんが言った。
「全色食べたいじゃないですか。」
と築ノ宮さんにこにこ。
しかしアイスには手を付けず他のデザートを食べる
築ノ宮さん。
タブレットで書類を書いている渡辺さん、
しばらくするとアイスが気になるのか築ノ宮さんを見た。
「アイス、溶けてしまいませんか?」
「あ、そうですね、そろそろでしょうか。」
「そろそろ?」
築ノ宮さん、微笑みながら溶けかけたアイスを見たが
その顔が暗くなる。
「ど、どうしたんですか?」
少し焦ったように渡辺さんが言った。
「何か問題が?」
「いや、その、虹が、」
「虹?」
「アイスが虹の配色みたいだったので、
溶けてきたら虹が流れ出たような感じになるかなと。」
渡辺さんが皿を見ると様々な色が混じり合って
微妙な色。
色の
仕方がない。加法混色。
と言う事で築ノ宮さん、少しがっかりしながらアイスを食べる。
でも見た目と違ってなかなか美味い。
最後にコーヒーを飲んで今日の夕ご飯は終わり。
「ごちそうさまです。」
と渡辺さん。
そして支払いはカードでなく電子マネーで。
あら、いつもと違うと渡辺さん。
そして支払った後がっかりする築ノ宮さん。
「どうしたんですか?」
「スクラッチ外れました。」
そう言う事ね、と納得する渡辺さん。
「仕方ありませんね、運ですから。」
呪術的な力も使えるのに
こういう時は使わないのね、と思うが、
そこが良いのよ、と思う渡辺さん。
築ノ宮さんは大変真面目に生きてます。
で、お店の裏では、
「ほ、本部の抜き打ち検査でしょうか……、」
「二人ともただ者じゃない。
みな気を引き締めて接客しろ、サラダバーも気を付けて。」
「女性の方はタブレットを取り出して作業しておられます。
評価を入れているのでしょうか。」
「背広の方は何度もサラダバーに向かっています。」
「アイスも全色取っています。」
「揃ってるよな。」
「はい、抜かりはありません。」
でも築ノ宮さん、大画面で焼かれる肉を見てにこにこ。
「美味しそうですねぇ。」
奥は戦々恐々であった。
7.スクラッチ
次の現場に向かう途中、白装束から電話があった。
「上からぱらぱらと埃が落ちて来ます。
フード付きのカッパのようなものを
持って来られた方が良いと思います。」
なので途中に100円ショップがあったので
そこに寄る築ノ宮さん。
「私が買ってきます。」
と渡辺さんが降りかけたが、
「私も行きます。支払いますよ。」
と築ノ宮さんも来た。
カッパを数個買う築ノ宮さん。
支払いが終わると小さなファンファーレが。
渡辺さんが築ノ宮さんを見ると
築ノ宮さん、にっこにこ。
「三等が当たりましたよ。」
だから支払うと言ったのね、と納得する渡辺さん。
「おめでとうございます。」
ボスの機嫌が良いとこちらも気持ちが良い。
その日の仕事も築ノ宮さんの調子が良いせいか
無事にすぐに終わった。
善きかな、善きかな。
8.カラオケ
築ノ宮さん、カラオケで歌った事はある。
偉い人と一緒に飲んだ時に数回歌ったが
なぜが微妙な雰囲気になりそれから歌っていない。
築ノ宮さん、歌を口ずさむ事はあるが
自分でもそんなに下手な気はしない。
「上手くもありませんが、普通ですよね。」
築ノ宮さん、渡辺さんに聞いてみる。
「そう言えば築ノ宮様の歌は聞いた事はないですね。
先の話で歌われたのはどんなものですか?」
「年配の方でしたので兎追いしの故郷とか、
赤とんぼや上を向いて歩こうですか。」
築ノ宮さん、故郷を歌い出す。
わりと朗々と良い声。
その時なぜか渡辺さん硬直。
滂沱の涙。だばーーーっ。
「わ、渡辺さん、どうしたんですか?」
焦って築ノ宮さん、渡辺さんに寄る。
「大丈夫ですか。」
「は、はい、すみません、
でも築ノ宮様の歌で微妙になった理由が分かりました。」
渡辺さん、涙を拭う。
「歌は元々人の気持ちを伝える物です。
そして築ノ宮様は呪術師です。
その人が心を込めて歌を歌ったらどうなりますか。」
築ノ宮さん、はっとする。
「あの時、聞いた人は……、」
「そうです、懐かしい昔の事とか思い出したはずです。
お酒の席ですから皆さん複雑な気分だったでしょうね。
言葉に意味がこもるのです。
築ノ宮様は歌は下手ではありませんが、
歌う時はお気をつけになった方が無難かと。」
築ノ宮さん、ぞっとする。
もし築ノ宮さんが革命歌を歌って皆の耳に入ったら……。
「超常、呪術、その様な意味を持つ歌も駄目です。」
「私は何を歌ったら良いのでしょうか。」
「無難なところはやはり童謡かしら。
ですがおもちゃのチャチャチャも駄目ですよ。
可愛い歌ですが夜中におもちゃが動く歌詞ですから。」
築ノ宮さん、複雑な顔になる。
「なら私はどこで歌ったら……。」
「ヒトカラでしょうね。」
と言う事でヒトカラに興味が出て来た築ノ宮さん。
よーし、いい店教えてあげるよ。パンとか食べられるよ。
と言うか自宅にカラオケ作るって?
防音室作るって?
ちぃーっ、金持ちがよ。
タダで歌わせろよ。
ところで渡辺さんは何を思い出したのか。
今のところ謎です。
「あっ、鼻歌なら歌詞は無いから大丈夫ですよね。」
マイクを持った築ノ宮さん、その時気が付く。
9.固形入浴剤
ネットで固形入浴剤が溶け終わる寸前に手に取って
消えゆく小さな命ごっこをする、
と言うのを読んだので築ノ宮さんはやってみる事にした。
確かに小さくなった入浴剤はほろほろと溶けていく。
手に残る感触。
何となく哀れさが残る。
「生き物ではありませんが、切ないですね。」
築ノ宮さん、
結構大変な人生を過ごしている。
いいとこの坊ちゃんで
物凄い家系のたった一人の直系の跡継ぎだ。
その責任が嫌でわがまま放題の時期もあったが、
今では自分の役目をしっかりと分かっている。
自分しか出来ないからだ。
それでもたまに思う事がある。
普通に生きて結婚して子供が生まれていたらどうなっただろうと。
今更どうにもならない事だ。
それでももし、と考える時がある。
全ては忘れてはいない。
忘れられない。
一度は見つけたのだ。
だが今は消えてしまった。
それでもあの人はどうにかすると言った。
いつか還るのだ。
約束は守る人だから。
また会える日が来るはずだ。
それだけが築ノ宮さんを動かしている。
私利私欲を捨て、人のために生きる。
それをあの人は見ている。
そしてそれ故にまた会える。
必ず。
入浴剤は桜の香りだ。
築ノ宮さんはしばしその香りに酔った。
あとがき その2
褒められて伸びるタイプです。
この築ノ宮さんは世界線的には桜色の樹の後です。
壮絶な経験をしながら実に能天気な築ノ宮さんですが、
それでも一応将来に希望は持っているのです。
いつかは必ず会えると。
そして彼はやはり性格は良いのですよ。
辛くて悲しい事があってもいつかは晴れると思っています。
そして面白い事が大好きなのです。
でもねえ、500万越えの時計なんて見た事無いし、
怖くて持てませんよ。
何しろわたくし腕時計をつけているのが嫌いで、
すぐ外してポケットに入れて何個洗濯したか。
高い時計なら覚えているかもと思って
6千円ぐらいの時計を買ったのですが、
はは、すぐ洗っちまったよ。笑ってくれよ。
鞄に付けた懐中時計もなぜか洗いました。どーして?
昔はねぇ、携帯電話とかスマホとか無かったのですよ。
外で時間を知るためには通りすがりの家の窓から見える時計とか、
腕時計しかなかったの。
車にも時計はついていなかったのよ。
小さな時計を置いていたら熱ですぐぶっ壊れたわ。
なので500万の時計なんて恐ろしくて持てません。
と言うかまず買えませんが、
それぐらい高いと洗濯してもなんともないのでしょうか?
そう言う高級時計を持っているお金持ちの方、
よろしければ教えてください。
築ノ宮さん ましさかはぶ子 @soranamu
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