読者が想像できる余白が素敵な、自称人魚さんの話

 読者の想像の余地がある作品が好きだ。

 自分でも挑戦しているのだが、どうしてもクドクドといろいろな可能性を提示したうえで「どう?」ということしかできない。

 この作品はそんな小細工を軽々と超えていく。なにしろ、いきなり海の家でやきそばを作っている人魚である。尾鰭はどうしたの? どうやって立ってるの? などと訊いてはいけない。本人が人魚というからには人魚なのである(ちなみに作中では「にんぎょ」)。
 一応、後になって人間に変身できるという話も出てくるものの、その真偽も不明だし、主人公がどう思っているのかもわからない。書くことではなく、書かないことで想像を促すアプローチ。私にはとてもできない高等技術。脱帽だ。

 そのうえで話は二転三転、一話毎に予想もつかない方向に転がっていく。物語に翻弄され、作者に手玉に取られる感覚。この得難い体験を多くの方に味わってほしい。