エピローグ 二人で紡ぐ新しき日々
柔らかな風が舞い込む。
豊かな草原と緑に煌めく木々を揺らし、風は、どこまでも高く飛んだ。
――ここはリズシュニア領・レーベンフィルグ城。
代々王位継承者が拠点とする白亜の城だ。
湖の傍に建てられた御伽のような城は、古くからそうであるように、
「さあ着きましたよ、フィファニー」
すると、柔らかな風に導かれるように、丁寧に舗装された小道の向こうから、四頭の馬に引かれた豪奢な馬車が現れた。
金装飾を施した馬車は城の前で立ち止まり、降り立った御者が恭しく扉を開けている。
と、ステップを踏んで現れたのは、フィファニーを連れたイルキュイエ。いつにもまして上機嫌でエスコートをする彼は、周囲を飾る森と湖、そして白亜の城を見渡し、満面の笑みを見せている。
「ここが普段、私が居城とし、月の半分を過ごしている城です。しかしこの城で、ついにあなたと愛を育むことができるとは。フフ、非常にそそられます」
「イル。変な言い方はやめてもらえる? あなたが駄々を
さらさらの金髪を日差しと風に
あの日、追い込まれた末にしてしまった婚姻承諾書への署名。
各州を治める五大公爵、そして王陛下への面会と署名が済まない以上、この書類が真に効力を発揮しないのは分かっている。
だが、すっかりその気のイルキュイエは、早速二人きりの生活を所望。領地に帰りたいフィファニーとの話し合いの末、二人は王都と辺境伯領の中間に位置するこのリズシュニアへやって来た。
半ば押し切られるような提案に、フィファニーは心を保とうと自分を律し続けてきたが、嬉しさに歓喜する耳には、彼女の否定など、最早届いていない様子だ。
「フフ、夫婦なんですから、一緒にいたいのは当然でしょう? さ、城内に参りましょうね」
「ふ……っ、私、み、認めないんだから!」
夫婦の響きにさらに顔を赤らめ、連れられるがまま城内へ入ると、内部もまた繊細な造りとなっていた。
絵画や花瓶、廊下を彩る花々、ロココ調で統一された美しい城内を進み、イルキュイエは彼女を二階にある談話室へと連れて行く。
そこでは先に準備を行っていた彼の執事がいて、丁寧に紅茶を淹れていた。
「ご到着ですね、殿下。ご休憩にとお茶の用意をしておきました。また、つい先程、ネイリッツ公の使いが来て、お手紙を預かっております。どうやら例の件で返事が来た模様です」
と、イルキュイエの到着に
どうやら婚姻承諾書に署名をもらうための一環として、彼は既に王都と接する州・ラウリヒドの統括者・陛下の大叔父にあたるネイリッツ公爵に面会を申し込んでいるのだという。
流石、これだけ結婚に意欲を見せているだけあって、彼の手回しは随分と早いようだ。
「晩餐会への招待状。五日後、大叔父様の屋敷に二人してお呼びとは……フフ、何としても署名をもらわねばなりませんね、フィファニー」
「親愛なる王太子殿下、そして氷麗の眠り姫・フィファニー・ホワード様へ……? イル、この畏れ多い名前、なに?」
すると、イルキュイエの行動力と嬉しそうな微笑みに肩を落とし、手紙を受け取ったフィファニーは、一行目から躓いた。
自分が十七年の眠りから目覚めたことは否定しないけれど、氷漬けの終身刑という実態を、美化しすぎではないだろうか。
「ああ、これは先の園遊会で公表した、あなたの新しい通り名です」
そう思い、名前に添えられた言の葉を問うと、イルキュイエはさらりと事実を公表した。
途端フィファニーは呆気に取られていたけれど、彼は得意満面で、由来までをもこう付け足す。
「『
「は、恥ずかしい……、今すぐ全面撤回してほしい」
「攫いの魔女より良いと思いませんか?」
「それは、そうかもしれないけれど……私、姫ではないもの。あ、当然妃でもないわよ。なのに……」
「……」
ソファに座り、恐れをなしたように手紙をローテーブルに置いたフィファニーは、両手で顔を覆うと、初めて聞いた事実に羞恥のまま悶絶した。
もちろん、攫いの魔女はもう御免だが、代わりと勝手に公表された通り名の美しさに、つい身が縮こまってしまう。
と、その様子を見つめていたイルキュイエは、不意に彼女を抱きしめて言った。
「フィファニー。諦めの悪いあなたも愛していますよ。ですが、諦めの悪さでは絶対に私の方が上位です。必ず署名を揃え、あなたのすべてを私のものにしますから」
「……!」
耳元で、
今までとはどこか違う響きを持った決意に、フィファニーは頬を赤らめると、体を放した途端、まっすぐに自分を見つめる彼を見返し、恥じらうように身じろいだ。
だが、珍しく否定を見せないその姿は、イルキュイエの理性を溶かすには十分で。
胸の高鳴りを抑えきれず、黙る彼女に口づける。
甘い果実が胸いっぱいに広がる感覚は心地よく、花開くようなざわめきに、フィファニーは咄嗟に否定できなかった自分を恨みながらも考えた。
このままではきっと、近いうちに
ダメだと分かっているのに。
だけど、イヤでは、なくて……。
「フィファニー、私の眠り姫。一生、あなたを逃がさない。覚悟してくださいね」
自分をまっすぐに見つめ、答えの間もなくもう一度口づけるイルキュイエに、フィファニーは心の中で頷いた。
氷麗の眠り姫が妃となる日は、きっと、そう遠くないのかもしれない――。
氷麗の眠り姫は求婚よりも平和な日々を望みます! -攫いの魔女と呼ばれた少女の物語- みんと @minta0310
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