第3話 地獄を楽しむ

「それでは、本日のゲストをお呼びしましょう! 『外科手術は痛い』さんです!」

「どーもー」


 深夜2時。

 岩倉アリサは、『渡良瀬慎吾の転生ラジオ』に出演していた。

 出演してしまった。


「このラジオのヘビーリスナーだったら、皆さん知ってますよね。メールの採用数がぶっちぎりで1位のハガキ職人さんです」


 渡良瀬は、フッと大きめに息付きをする。


「いやー。まさか『外科手術は痛い』さんが、こんな美人さんだったとは」

「いえいえ。そんな」


 この会話には、ラジオの原点であり頂点でもある渡良瀬らしからぬミスがある。


 顔合わせをした際、渡良瀬は彼女が転生者最強と言われている岩倉アリサだと知った。この衝撃を令和の日本で例えると、オールナイトニッポンで面白いハガキ職人を読んだら大谷翔平がきたことと同レベルの大事件である。

 そんな、夢みたいなことがもし起きたら、オールナイトニッポンのスタッフとパーソナリティは、その奇跡をフルに活用することだろう。


 しかし、『渡良瀬慎吾の転生ラジオ』では、それをしていない。

 ラジオの自由さを、誰よりも知っているはずの男が、毒にも薬にもならないトークを繰り広げている。


 ちなみに、この放送を聞いていたリスナー達も違和感を覚えたらしく、[渡良瀬さん具合悪いんですか?][声に、いつものエネルギーがねぇぞ][どうした? マジで心配]とメッセージが送られていたが、それらを放送中に読むことはなかった。


「『外科手術は痛い』さんは、採用率ももちろんですが、量も多いですよね」

「はい。私の人生最重要要素なので」

「いや、大袈裟すぎ!」


 さらにリスナーからのメッセージが送信される。


[いつも、笑ってくれるキラさんは今日はいらっしゃらないんですか?]


 そう。1人喋りをしている渡良瀬の強い味方であるプロデューサーのキラの笑い声が無いのだ。


 キラ・ウォーボンド。


 渡良瀬が魔王討伐を目標にしていた時代からの友人であり、仲間だ。ラジオの話を最初にした人間でもある。

 その2人の仲の良さは、『渡良瀬慎吾の転生ラジオ』の名物でもあった。お互いに30前半だったが10代のような無茶な遊び方をしているエピソードが大好評で、キラ個人のファンもいるくらいだ。


「大袈裟ではないですよ。私は渡良瀬さんがいるから生きてるんですから」

「‥‥‥」

「私が興味のある生物は、もう渡良瀬さんしかいないんです。あ。そういえば、先日魔王を殺したんですよ。大したことなかったですね。昔は強かったのかもしれないけど、長いこと戦場に出ないで高笑いしてるだけだから、そりゃ弱くなりますよね」


[ちょっと、この女性ヤバいのでは‥‥‥?][魔王が討伐されたなんてニュース入ってねーぞ][渡良瀬さん! 放送事故になっても良いから逃げて! この人、関わっちゃいけないタイプだ!]


 リスナーは、すっかりアリサをヤバい奴認定している。シャレにならない嘘を吐く変人だと危機察知して、渡良瀬の身を案じている良い連中だ。


 しかし、アリサが魔王を殺したというのは真実だ。


 この放送の1時間前に、アリサはたった1人で魔王軍を滅ぼしている。あまりに突然のことに国王軍も混乱しており、一般国民にまで情報が降りていないのだ。

 300年の歴史上、誰も成し遂げたことのないことを、やってのけた。


 ボタ‥‥‥ボタ‥‥‥。


 液体と固体の間のものが流れ落ちているような音の正体は、アリサの血だった。


「渡良瀬さんにお会いする前に、まあ、一応やっとくかって。ちょっとダメージ喰らいましたけど」


 そう。魔王だって黙って殺されたわけではない。全力でアリサと戦った。自分より格上だと向き合った時点で気づいた魔王は、この天才に一矢報いるために己の全てを出した。

 その結果、アリサの左頬を抉ることには成功した。


「さすがに、闇属性の特大ビームみたいなのは避けきれませんでしたよ。うん。あれだけは褒めてあげても良いかな」


 かつて、国1つを滅ぼした大魔法・『ウロボロス』をビームみたいなやつで片付けてしまうアリサ。


 血を流しながらも話し続ける彼女の目には、渡良瀬しか見えていない。いや、渡良瀬と自分以外の生物には退場してもらったから、見えないと言った方が適切か。


 何故なら、スタッフを全員殺しているから。

 キラの笑い声が聞こえないのも、番組の構成が悪いのも、リスナーからのメールが読まれないのも、優秀なスタッフがいなくなったからだ。


 今から40分前。


 放送局にくるなり、アリサはスタッフを皆殺しにした。この空間には渡良瀬と自分以外は必要ないからと。

 自分の仲間が殺されていく様を見ながら、渡良瀬は思った。


(俺のせいだ)

(日本でラジオをするのと、血生臭い異世界でラジオをするのとでは、リスクが全く違う。生命が軽んじられる世界で表現活動をしていたら、こうなる可能性もあったんだ。俺はそれを見落としていた)


 根が真面目な渡良瀬は、全ての責任は自分にあると思い込んだ。1番悪いのは実行犯に決まっているのに。


「それで‥‥‥」

「ごめんなさい。ちょっとだけ良いかな?」


 アリサのマシンガントークを遮る。ゲストの話を切るのはホストとして良くないが、それでも、渡良瀬はアリサに今すぐにでも伝えたいことがあった。


「もちろん。なんですか?」

「‥‥‥君のことを救えなくて、申し訳ない」

「‥‥‥はい? 何言ってるんですか? 私、渡良瀬さんに救われて、今幸せですよ? こうして2人きりでお話できてるし」


 アリサは、久しぶりの不安感に襲われる。それは、母親に罵詈雑言を浴びせられて以降、感じたことのないレベルでアリサの心を蝕む。


「幸せなもんか。だって君、ここにきてから1度も笑ってないじゃないか」

「な、何言ってるんですか? 笑ってますよ。ほら! 口を孤の字にして、目を細めれば良いんですよね!? ちゃんと見て下さい!! 私、笑ってますよ!!!」


 笑顔の練習は、きちんとしていた。

 とりあえず、笑っていれば何とかなることは多い。何が面白いか分からなくても笑っていれば良いと、アリサは信じていた。


「それは笑顔じゃない。筋肉を動かしているだけだ」

「なんで‥‥‥そんな酷いこと言うんですか? 私、わたしわたしワタシワタシわたしわたしわたしわたしわたしわたしワタシ‥‥‥」


 頭を掻きむしるアリサに、渡良瀬は優しく声をかける。


「本当にすまない」

「謝らないで、謝るな! 謝るな!! 謝るなァァァァぁぁァァァァァァァァァァァぁぁぁァァァァぁァァァァァァァぁァァァァぁァァァァァァァぁァァァァ!!!!!」


 世界最強の女が放つ、拳の一撃は渡良瀬の命を奪うのには充分すぎた。

 ピクリとも動かなくなった渡良瀬を前に、アリサはその場で崩れ落ちる。


「あ。渡良瀬さん。あ、どうしよう。ワタシ‥‥‥」


 ズッッッッッッッッッッッッッッッ。


 大きな刃物で人体を貫く音が鳴り響く。


 ‥‥‥。


 時刻は、深夜3時。

 奇しくも、通常放送の終了時間ピッタリだった。

\



「そんなこともあったねぇ」

「いや、そんな軽く流すなって。大事件なんだから」

「まあ、良いじゃん。今はこうして地獄で仲良くラジオしてるんだからさ」


 地獄は地獄でも、大罪人が落とされる灼熱地獄で、岩倉アリサと渡良瀬慎吾は『天空電波』を使ってお喋りしていた。

 こんな環境でも聞いてくれる人はいるようで、たまにメッセージが送られてくる。


「あの時は若かったのよ」

「まあ、あれから30年も経ったからな。あの世界ではお前は英雄扱いされてるらしいし」

「ふーん」

「興味な無さすぎだろ」


 こういう時に、いつも笑ってくれていたキラは天国に行けているだろうかと渡良瀬は考える。


(30年経っても再開しないということは、今頃天国で幸せになっているのだろう。そうだ。そうに決まっている。そう思うことにしよう)


 自分の中で無理やり結論を出して、今の相方と向き直る。

 あの頃の、20歳そこそこの見た目から、全く変わっていない。地獄ではみんな歳を取らないのだ。

 一見良いことに思えるが、それは地獄を永遠に繰り返すという意味でもある。


 しかし、キツイ労働の後にラジオをするのを許してもらってからは悪くないと思っている。

 目の前の女も、本物の笑顔を見せてくれるようになったし。


「そんなことより、タイトルコールいくよ」

「はいはい」


 2人は、声を揃えて叫ぶ。


「『渡良瀬とアリスの地獄を楽しむ』!」

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異世界転生ラジオ ガビ @adatitosimamura

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