第2話 もう少しで会えるね

 元々、岩倉アリサはラジオ好きであった。

 アリサの凶暴性が自分に向かなかったのは、ラジオがあったからだと言っても過言ではない。


 日を追うごとにブレーキが壊れていくイジメに身体はもちろん、精神もやられていた。そんな地獄で満足した睡眠が取れるわけがない。

 布団に入っても、脳内でイジめることで快楽を得ているクズ共の顔が浮かぶ。集団でしか思い切った行動ができずに、他人から恨みを買うことのリスクすら想像できない馬鹿共が、醜く笑っている。

 目を開けても考えることは同じで、暗い部屋で布団に潜って時間が経つのを待つしかない。そんな地獄をアリサは生きていた。


 そんな深夜の時間を、ラジオが支えてくれた。

 スマホで気軽に聞けるラジオアプリで、片っ端から番組を聞いていた。その時間だけがアリサのセーフティーポイントだった。


 それでも、アリサが登校を続けた理由は、休んだら両親が怒るからという耳を疑うものであった。


「仕事や学校は休まずに行くこと」をモットーにしていた彼らは、娘が風邪を引こうがインフルエンザに罹ろうが関係なく学校に行けと攻め立てた。

 構図としては、子供1人対大人2人。不公平極まりない条件下で口論に負けたアリサは、家から追い出されてしまうのだ。

 こっそり家に戻ろうにも、専業主婦である母親はずっと家にいるため難しい。そのため、いじめを受けていても登校せざるを得なかったのだ。


 そんな環境の中の幼少期、8歳の冬の日に40度の熱が出た時は死ぬ覚悟をした。

 いつも通り、容赦なく外に出されたアリサ。幼い彼女でも、この状態で学校に行ったらクラスメイトや教師に迷惑をかけてしまうことは容易想像できた。

 今日は学校に行くことはできない。いや、行っては行けないと判断したアリサは、隣町の公園のベンチで過ごすことにした。家から近い公園だと、母親に見つかる可能性を考慮してのことだった。


 もう1度言う。40度の熱を出した子供が隣町まで歩いたのだ。


 本来なら、しかるべき機関に相談するべきだと賢い彼女は分かっていた。しかし、困ったことにアリサは両親を愛していた。


(優しい時もあるんだ。朝、お母さんが今日はハンバーグを作ってくれるって言っていた。優しい)


 重病である子供にハンバーグ? イカれてる。


(お父さんも、今日もお仕事頑張ってるんだ。私も頑張らなくちゃ)


 その親父も、会社ではパワハラが酷いと有名なクズだった。


(だから、私も頑張らなきゃ‥‥‥)


 そこで、アリサの意識は途絶える。


 次に目が覚めたのは、病室だった。

 霞む視線で、辺りを見渡す。すると右隣に母親がパイプ椅子に座っていることが分かった。


「お母さん‥‥‥」


 アリサは期待していた。

「これまで無理させてたんだね。ごめんね」と優しく抱きしめてくれると期待してしまった。


 我が娘が起きたことを知るや否や、その女はアリサにこう言い放った。


「もう! もう!! もう!!! アンタのせいで私が怒られたじゃない!!! アンタの自己管理がなってないから悪いんでしょ!? なんで私が怒られなきゃならないのよ! もうヤダ! もうハンバーグ作ってあげないからね!!!」


 子供のように。

 なんて表現したら子供に失礼なくらい、浅はかな暴言を吐く母親。

 その後も続く罵詈雑言を、アリサは無表情で聞き続けた。今でも、一言一句思い出すことができるくらいに、しっかりと記憶に焼き付けた。

 この話を最後まで聞くことで、自分の人生が決まると確信していたのだ。


 その後、アリサは無理がたかり、喘息を患うことになってしまった。同時に心に深い傷を負ったことで、友達を作る努力を放棄することになった。


 そんな状態の中で、中学に上がったアリサを待っていたのは、壮絶なイジメだった。

 身体が弱いことと、世界を憎んでいる空気感から、目をつけられたのだ。


 その結果、エスカレートしていって死亡した。

 イジメをしていた連中を庇う気は全くないが、この死はアリサが仕組んだことだというのを、ここに記しておく。


 岩倉アリサは、ずっと死にたかったのだ。しかし、自殺はしたくなかった。自分が死んだ後、世間様に爪痕を残したかったのだ。その場合、自殺ではインパクトが弱い。


(そうだ! クラス全体で1人の女子生徒を虐殺ってのは犯罪史に残るんじゃないか?)


 学校という、狭い世界は馬鹿共が暴走しやすい。

 集団であることで、自分は強者なのだと思い込む連中は、その習性を利用されて、まんまと殺人者となった。


 殺された岩倉アリサと、その故人にコントロールされて殺人者となり人生を棒に振った有象無象。

 この場合、どちらが強者だったのか。

 なんて、考えるまでもないだろう。

\



<『外科手術は痛い』さん。いつもありがとうございます。ステッカーをプレゼントしますね>

「やったー!」


 死んで勝負に勝ったアリサは、異世界転生者としてモンスターを殺し回ることを楽しんでいた。

 転生してからは、長年苦しんできた喘息を克服することができていた。久しぶりの健康体にアリサはアドレナリンが出っ放しになるほど興奮していた。


(前の世界では、物理的な攻撃はできなかった。あの国では暴力を振るった時点で負けみたいなものだったし。‥‥‥でも、ここは違う)


 そう。この異世界の倫理観は戦国時代並みにユルい。

 昨日笑い合っていたひとを、翌日に気分が悪いからと殺しても罰はない。国民は、殺された方が間抜けなのだと思うだけだ。


 その世界はアリサに向いていた。剣1つで殺しまくり成り上がっていった。

 溜まりに溜まったフラストレーションを発散して回る日々は楽しかった。徐々に、人間では物足りなくなり、ダンジョンに潜った。


 モンスターとの殺し合いに励むこと半年。

 ここで、重大な問題が発生した。

 飽きてきたのだ。

 負けるかもしれないという興奮を得られなくなるくらい、アリサは強くなりすぎた。


(そろそろ、この世界ともお別れかな)


 今度はどうやって殺してもらおうと考えていたある日、アリサはラジオと再会する。

 日本で生きていた頃、唯一、自分に寄り添ってくれたラジオが、この文化レベルの低い世界でも聞くことができると知った時は、神に感謝した。


(‥‥‥いや、感謝する相手が違うな。この場合、感謝すべきはラジオ文化を立ち上げたお方だ)


 調べた結果、アリサにとっての神の代わりが見つかった。


 渡良瀬慎吾。


 それから、初回から欠かさず渡良瀬の番組を聞き続けている。アリサのお気に入りの聞き方は、モンスターと戦いながら聞くというもの。こうすることで、渡良瀬と繋がる気がしたのだ。

\



<それでは、今日も聞いてくれてありがとう! さっさと寝ろよ!>

「‥‥‥今日もメッセージ読んでもらえた」


 放送100回を超えた『異世界転生ラジオ』では、岩倉アリサこと『外科手術は痛い』は常連のハガキ職人となっていた。


「そろそろ、良いんじゃないかな?」


 日本で、Oというお笑いコンビが担当する番組で、面白いメールを送り続けたハガキ職人を作家として雇う出来事があった。

 結局、その人は人間関係が原因で実家に帰ってしまうのだが、夢のある話だ。


 その夢に、アリサは近づきつつある。

 雇うまでは行かなくても、ブースに呼ぶくらいはするかもしれない。


「もう少しで会えるね。渡良瀬さん」


 恍惚とした表情でそう呟くアリサの右手には、レッドドラゴンの首が握られていた。

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