異世界転生ラジオ

ガビ

第1話 異世界転生ラジオ

「79回目! 時刻は深夜1時になりました。この時間は、『渡良瀬慎吾の転生ラジオ』をお送りしていきます」


 軽快な声音がブース内に響き渡る。初回はガチガチに緊張していたが、流れるように言葉が出てくる。


「いやー。悔しいね」


 前振りがなく話し始める。


「この間さぁ、今更スライムに負けちゃったよ」


 ブースの外にいるスタッフがクスクス笑っている。1人喋りのパーソナリティからしたら、相槌を打ってくれる相方がいないので、こういうスタッフ笑いがありがたかったりする。


 そのスタッフ達は、『天空電波』という魔法で渡良瀬の声をリスナー達に届けてくれている。

 肉声を対象者の脳に届けてくれる便利な魔法だ。

 本来は、ダンジョンではぐれた仲間と情報共有するために使われる魔法だが、この世界にラジオ文化を持ち込むために利用しようと、渡良瀬が意見したのだ。


 この世界に転生してから、ダンジョン探索やコロッセオなどを参加して楽しく過ごしていた。しかし、娯楽文化が少ないことには多少の不満があった。


 小説はあるが漫画は無い。

 演劇はあるがアニメは無い。

 スイーツはあるが駄菓子は無い。


 転生してから5年目、魔王を倒すことを諦めた渡良瀬は、現代知識を利用して娯楽文化の進化に力を注ごうと決めた。

 その第一歩として彼が選んだのがラジオだ。


 新しいことを始める上で、最も大事なのは裏方仕事を固めることだ。そこが中途半端だったら何にもならない。

 以前から『天空電波』に目をつけていたので、勝算は見えていた。魔法使いだったら初期に覚えるので、人員を集めることは難しくない。


「夜中に、こんなラジオをやってるから腕が鈍ったのかねぇ。訓練を一日サボると、取り返すのに3日かかるっていうしね。異世界転生者として情けない限りですよ」


 渡良瀬の持論の1つに「深夜ラジオは自虐が許される場所」というのがある。日常会話では煙たがれる自虐ネタも、受け入れてくれる。それがラジオだ。


「それじゃ、早速コーナーの方にいきましょう! 『転生あるある』!」


 意気揚々とタイトルコールをする渡良瀬。

 この世界では、渡良瀬以外にも多くの転生者がいる。そんな同士達と繋がりたいと思って立ち上げた企画だ。


「ラジオネーム『可愛いオーク』さん。『結局は金に1番苦労する。冒険者なんてフリーターと大差がないから、必ず副業が必要になってきます。明日を生きるためにバイトに明け暮れる日々は、日本にいた頃と基本的には変わっていないように思います』‥‥‥確かに。俺も、似たような理由でラジオを始めたよ」


 渡良瀬は感慨深そうに、リスナーに同意する。


「女神様からチート能力とかももらえないもんね。死んだと思ったら、急にここにいた。俺の場合は自宅で首吊り自殺したのよ。やっと解放されると思ったら世界が変わっただけ。嫌になるよね。でも、この日本よりはマシなところだよ。空気が読めなくてもいじめてくる奴らが少ないしね」


 首吊り自殺。

 このワードは、いくら深夜帯といっても日本では使われないだろう。しかし、倫理観がテキトーな異世界では過剰に反応する連中はいない。

 それだけで、息がしやすい。


「はい。では次のメール。『外科手術は痛い』さん。『転生者には、社会不適合者が多い。私自身、学校に馴染めずにいじめられた末に殺されました。そんなダメな奴、私以外にはいないだろうと思っていましたが、転生してくる人は、そんな経験をしている人ばかりです。私はこの世界が居心地が良い』‥‥‥ふむ」


 ゴクリッ。

 と、唾を飲み込む音が聞こえる。


「俺、たまに思う時があるんだよ。この世界って、日本からはみ出した奴らを引き取ってくれているんじゃないかって」


 ブースの外にいる作家の目が、キラリと光る。何か面白いことを言い出す可能性を見出したからか。


「生きるのが下手な連中の救済場所。神様が間違えて作っちゃった俺達に対する、せめてもの償い。それが異世界転生」


 深夜のテンションというのは恐ろしい。

 普段、神様なんか信じていないくせに、急にこういうことを言い出してしまう。しかも、この男の場合は空間電波でリスナーに声が届いてしまう。

\



「‥‥‥ふふ」


 ダンジョンの深層で、1人の女が笑う。


 今し方、この層のボスであるミノタウロスを殺したところだ。

 深層のボスを1人で殺す異常者。彼女はモンスターだけなく、他の冒険者からも恐れられていた。


「ふへへ‥‥‥」

 

 そんな、人前では鉄仮面をつけている女は、だらしなく笑みが漏れている。


 今までの人生は、笑うことなんてほとんど無かった。

 あのクソみたいな中学校で、イジメから耐える毎日に、そんな余裕は無かった。


 テーブルは落書きだらけ。トイレの個室で用を足していたら上から冷水をぶっかけられる。裸に毟られて動画を撮られる。後半なんて、担任教師も一緒になっていじめていた。


 そんな末に、私は殺された。


 アイツらは、爆竹花火を人に撃ち続けたら死ぬって知らなかったらしい。馬鹿な連中だけど、この世界の切符をくれたことには感謝している。


 おかげで、ラジオを聞きながらモンスターをぶっ殺すという、楽しすぎる趣味ができたのだから。


<えっと。『外科手術は痛い』さん。鋭いメールをありがとう。今まで感じてたけど言葉にできなかったことを話せたよ>


 脳内で、女の大好きなラジオ番組のパーソナリティが感謝の念を述べている。


「エヘ。エヘヘ。渡良瀬さんが私にお礼を言ってる」


 その表情は、まるで恋する乙女のようであった。その顔を見せれば、彼女を恐れている冒険者達と仲良くできるのかもしれないが、それは叶わない。


「渡良瀬さん。渡良瀬さん。渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん渡良瀬さん」


 なぜなら、天使の笑顔を向ける相手は、スライムにすら負けるラジオパーソナリティだけなのだから。

\



 こうして、異世界でも深夜ラジオは不器用な者を救う。

 実際に会うことはなくとも、心の中で繋がっているのだ。

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