第3話 ルシッドドリームの贖罪

「なんで、なんで泣くの……!」

「ふぇぇえええ!!!」

「なんで! ヤなことしたならあやまるから、泣かないでよー!!!」

「うっ、うえぇえええ!!!」

「ごめん、ねぇえ! ごめんってば──────────」






 っ!!!






「夢、か……」


 なんだか、懐かしいような夢だった。誰が泣いてて、誰が謝っていたのかは分からない。でも、嫌だった。一種の悪夢の様にさえ感じた。


「ねぇ、大丈夫?」

「うわっ!?」

「おいおい、驚きすぎだろ」

「それにしても、凪さんがここまで風間の事を気に掛けるなんて。なんか前からの知り合いだった?」

「いや、違うよ」


 それは否定させてもらう。こんなに美人な幼馴染が居たらきっと覚えてるハズ。よっぽどの事が無かったらだけど。まぁよっぽどの事があっても、名前くらいは憶えてるだろう。


「まぁそうだよな。お前中学の時から女っ気ないもんな」

「うるさいな」


 凪さんの方をちらっと見る。どうやら自分たちの会話にはさほど興味が無いらしい、当たり前だ。


 でも何で凪さんが自分の事なんか心配してくれるんだろう? 保健室まで連れてきてくれたのも高平とか柳下じゃなくて、凪さんだった。




 ドクン




 また、だ。


「来てもらって悪い。ただ……ちょっとまだ体調悪いみたいだ」

「わ……本当だ。脂汗みたいなのかいてるし。先生、タオル貰えますか?」

「分かったよ、はいどうぞ。冷やしておいたから」

「風間、これ使え」

「ありがとう……」


 こうしている間にも、凪さんは心配そうな表情を浮かべているだけで一言も喋らない。本当に、何でここに来てくれたのか良く分からない。きっとクラスの皆も凪さんには興味があったと思うし、自分なんかに構っているのはもったいないような気もするのだけど。


「ごめんね、先生ちょっと用事あるから一旦席外すね。何かあったらすぐに呼んでくれて構わないから」

「先生版ナースコールだ」

「いらんいらんそのおもんない例え」

「なんだとー!」




 ドクン




 体調不良者の前で騒がないで貰いたい……


「ん? ……おい、ここで騒いだら風間が可哀想だろ。さっさと俺らも行くぞ」

「分かった。風間、また昼休みくらいにくるからな~」

「うい、ありがとう……」


 二人はそそくさと出ていく。柳下がチラッと凪さんを見ていたのは気のせいだろうか? 気持ちは分からなくもないが、お前は三橋さんがいるだろ。


 人が出ていったのをいいことに、ぼやけた頭を覚ます為に深いため息を吐く。


「ねぇ」

「わっ!?」


 横を向くと、凪さんがまだそこにいた。二人と一緒に出てって無かったのか。


「ど、どうしたの?」

「私の事、覚えてない?」

「えっ?」


 またも素っ頓狂な声を上げてしまう。質問の意図がイマイチ分からない。




 ドクン




「わ、分からないよ……はぁ、はぁ」

「そっか……分かった。待ってるからね」

「ま、待ってる? 何を……」

「ううん、何でもない。それじゃあ、安静にしててね」

「あ、うん……」




 ドクン




「ぐっ……はぁ、駄目だな……」


 凪さんのあの言葉が気になったけれど、それを気にしている余裕が無い。


 寝よう……






 夢の中だ。


 はっきりと分かった。これが明晰夢というやつだろうか。


 ここは……どうやら自分の小学校みたいだ。


 不思議だ。今まで何も思い出せなかったし、思い出さなかったのに。




 男女の子供二人が走っている。あれは自分だ。


 男の子の方は自分で、女の子の方は……誰だ?


「■■■ちゃん、今日はエントランスでゲームしよ!」

「………ん。いいよ」


 幼い自分が提案したのを、女の子は受け入れたようだ。でも、なんだか浮かない顔をしている。幼い自分は、それに気が付いていない。


 それに加えて、女の子の名前が上手く聞き取れない。顔も薄らぼやけている。


「今日はね、『どうぶつといっしょ!』っていうゲーム! 知ってる?」

「……うん。知ってる」

「そっか! それなら良かった、きっと面白いって言ってくれると思う!」


 意気揚々と話す幼い自分。それに反比例するように、女の子の表情は優れない。


「それじゃあ、家帰ったら絶対に来てね!」

「……分かった」


 帰り道を共にしながら、二人は歩いて行く。




 場面が変わったようだ。二人はゲームをしている。


 エントランスにかかっている時計を見る。


 短い針は五の手前。長い針は丁度、一〇を指していた。


 小さな二人が、小さなゲームの画面をのぞき込んで必死に村づくりをしている。


 なんだか懐かしい。昔こういうのやっていたな。


 そりゃあそうか。だって、今こうしてゲームしているのは幼い自分なのだから。


「ほら、これあげる!」

「……ありがと」


 女の子の表情は見えない。でも、声色が低い事だけははっきりと分かる。


「それじゃあ、これして!」

「……うん」

「あはは! そのお魚、なんか頭にとさか生えてる!」

「……そうだね」


 幼い自分を諫めたい衝動に駆られる。でも、自分が声を掛けたところでこれは夢だ。何も変わらない。


 ふと、女の子はコントローラーを置いた。


 静かなエントランスに、カタンと音が響いた。


「どうしたの?」

「……うぅ」

「え、なに? 痛いとことか、ある?」

「うぅぅ……ふぇぇえええ」




 ドクン




「な、ど、どうしたの!? 何で泣いてるの!?」


 幼い自分が、必死に女の子の顔を覗いている。


 やめてくれ。これを、自分に見せないでくれ。




 ドクン




「なんで、なんで泣くの……!」

「ふぇぇえええ!!!」

「なんで! ヤなことしたならあやまるから、泣かないでよー!!!」




 ドクン




 そうだ、これは他人事じゃない。




 ドクン




 自分が、過去に体験したことだ。


「うっ、うえぇえええ!!!」

「ごめん、ねぇえ! ごめんってば……」


 ドクン


 ドクン


 ドクン

 ドクン

 ドクン


「うえぇぇえええん!」

「う、うぅ……」





 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ


 これは夢だ。ただの夢だ。なのに、それなのに……






 ──────────胸が、苦しい





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