第5話 齟齬のカルテット

「うい~、お疲れさん大丈夫だったか?」

「うん。心配かけてごめん」

「お、良かった良かった」

「風間くん大丈夫だった?」

「心配ありがとう。もう治ったよ」

「良かった~! うちらが見たことない程深刻そうだったからマジで心配してた!」

「それは申し訳ない」


 翌日登校するとクラスメイトに心配された。こう人だかりができると嬉しいね。それはそうとして……隣をちらっと見やる。


 まだ、来ていないみたいだ。でも……


「どうしよ……」

「ん? どうかしたか?」

「あ、いや。独り言」


 あの顔で必死に謝っていたと思うと……正直死にたい程に恥ずかしい。


 謝った事自体を悔いているわけではもちろんない。でも、人に見せていい顔と見せちゃいけない顔があるだろ。多分、年齢によっても違うと思うんだけど。昨日のあの泣き腫らした顔は多分、自分の年齢を鑑みるに人に見せちゃいけない顔だ。


「あ、来た! 凪ちゃん!」

「おはよう、時永さん。今日も暑いね」

「ほんとね! 紫外線がツラい……」


 凪さんは昨日の一日でどれだけ仲良くなったのか、普通にクラスの女子と話をしている。小さかった時の印象とはまた違っていて自分の脳が破壊されたのを感じた。


「日焼け止めは必須だけど、この時期になってくると日傘も使わないとだよね~」

「そうだよね~……あっ」

「あ」


 目が合った。


 自分は逃げるように視線を逸らす。あの件を凪さんがどれだけ気にしているかは分からないけれど、少なくとも自分は気にしている。


 そんなことを思っていると、柳下がからかってきた。


「ん~? なんだなんだ? なんで避けるように視線逸らしたんだ~?」

「ちょっとこっち来い」

「あぅ」


 柳下の首根っこを掴んで廊下まで引き摺る。こういう時に、低身長の柳下に文字通りのマウントを取れるのは自分がそこそこ高身長で唯一良かったことだ。あとは正直低身長の方が便利そうだなとは思う。


「お前、あんまり舐めてると三橋さんに言うぞ」

「ゴメンナサイ」

「はぁ……いいよ、別に。それよりありがとな、昨日は迷惑かけた」

「あぁそれこそ別にいいよ。昨日のお前とか、多分金輪際見れないだろうし!」

「その含み笑いやめろ!」


 柳下は性格いいのか性格悪いのか全く分からない。多分良い方に属すると思うんだけど、たまにこういう事を言ってくるせいでややこしくしてる。


「んで、何で目逸らしたん」

「え、それは……」

「……ん~? なに、答えれないん?」

「っ~!!!」


 やっぱりこいつ性格悪い!!!






 キーンコーンカーンコーン

 キーンコーンカーンコーン


「はい、これで授業終わります。ありがとうございました」

「「「「「「「「「「ありがとうございました~!!!」」」」」」」」」」


 漸く四限目が終わり、昼食の時間となる。


 お腹空いた。


「今日の弁当は何かな~」


 ルンルン気分だ。


 凪さんが。


「食べるか……」


 自分はというと、お腹空いてはいるけれどあまり食欲がないという不思議な現象に陥っている。要因は何個もある。


 まず、弁当が貧相という事。親は共働きで、朝作ってるのは自分だからたいした料理は入ってない。一番良かった時で、ピーマンの肉詰めだ。朝早起きした時に、四回くらい作ったことがある。要らない情報だけど、四回の内二回は失敗した。

 次に、凪さんが隣に居るということ。別にいいんだけど、昨日の今日だと少し気まずい。逆に凪さんは良く気まずくないなと思ってしまう。それも相まって、余計に自分が滑稽に見えて来る。

 最後は……こいつらだ。


「風間~! ご飯食べるぞ!」

「ほら、金やるからメシ買ってこい」

「自分で行けよ。というかこれいつもお前が買ってるパンよりちょっと少ないだろ」

「バレたか。ほら、これでピッタリな」

「いや、だから自分でいけ高平。お前の好きな人皆にばらすぞ」

「行ってきまーす!」

「クソガキみたいだな」

「柳下、お前も」


 なんだこいつらは。朝から放課後までずっと騒がしい。


 特にお昼ご飯の時に柳下と高平でアニメの解釈が割れたらそれはもう終わりだ。己の全てを使って表現しだす。最早意味が分からない。でも、そういう所は結構好きだ。見ていて面白過ぎる。


 ただ……


「お前、そろそろ好きな人言えよ~」

「だから今は居ないって言ってるだろ」

「嘘ばっか! 俺等だけ好きな人つたえて不公平だぞ!」

「それはお前が言ってきたんだろ」

「それはそう」


 なんだこいつは。


 そう、ほぼ確定で毎日好きな人を聞いてくるのだ。本当に居ないのに。


 これでも最近はマシになってきたもので、酷い時には一日三回聞いてくることもあった。何なら自分の食事の回数より多い。朝ごはん食べないから。


「不公平だ!」

「はいはい。分かった分かった」

「お、話す気になったか?」

「だから居ないのは居ないんだって」

「おいおい、話が違うじゃねぇか!」


 多分、脳味噌が溶けているのであろう柳下を無視をいなしつつ高平の帰還を待つ。暫くすると高平が息を切らしながら教室へ戻ってきた。


「ただいま~」

「早かったね」

「全力ダッシュで買いに行ってた」

「そうは見えなかっ……うわ、凄い汗」

「外暑すぎ、熱中症なるわ」

「これ漫画みたく屋上でお弁当食べてる奴等洩れなく体調不良で死ぬ」

「まぁこの学校屋上空いてないんだけどな」

「青春の場が壊れた!」

「もともと無いんだわ」


 二人の会話をスルーしながら、弁当箱の蓋を開ける。


 今日の自分の弁当の中身は卵焼き(自作)と唐揚げ(冷凍)(好きじゃない)とハンバーグ(冷蔵)(好き)と、茹でたり洗ったりの野菜。昨日の余りの煮物。それから、今日一番楽しみにしてたのがコレ。てってれー、たきこみごはんー。


「え”ッ!美味そう!!!」

「ぷりーずぎぶみーあいむふぁいん」

「やらねーぞ」

「ボロネーゼ」

「美味しそう」

「脳死で会話するな」


 早速炊き込みご飯を頬張る。


 あー、美味し過ぎる。昨日の自分が天才過ぎた。


「ん?」


 視線を感じる。目の前の奴らではない、ずっと視線送って来るけど。


 隣からだ。それも、左隣。


「…………」


 じーっと、こっちの弁当を見つめてきている瞳。凪さんだった。


「……え?」

「……それ」

「あ、はい」

「自分で作ったの?」

「あ、うん。一応」

「美味しそうだね!」


 会話しているのに、一切目が合わない。怖い。


「い、要る?」

「え、いいの?」

「ま、まぁ」

「やった! どれ貰っても良い?」

「どれが欲しい?」

「えーと、唐揚げ!」

「え?あ、うん……」


 炊き込みご飯じゃないんかい。まぁそりゃあそうか、別に炊き込みご飯そこまで欲する奴あんま居ないか。でも、そこはせめて卵焼きとかじゃないの?その唐揚げそれ冷凍食品なんですけど……え?


「ど、どうぞ」

「ありがと! うん……うん~!美味しい!」

「あ、アハハ…………」


 いや、困る困る! それとハンバーグは自分で作ってないんだよ!


「委員会で遅れてた~!凪ちゃん、一緒に食べよ!」

「三橋ちゃん! いいよ~!」

「今食べてた唐揚げ美味しそうだね~!」

「今の隣の風間くんがくれたのなんだよね!」

「え~! ほんと!? 風間君!」

「あ、ハイ……」

「凄い! これ、結構自分で作ってるよね?料理男子だねっ!」

「は、はは…………」


 ふと、視線を前に戻す。柳下が、哀しそうな顔で僕の方を見つめてきていた。


 いや、柳下。僕の気持ちも考えてくれ、唐揚げは作ってないんだ。分かるか?


 そう目線で訴えかける。


「風間……」


 分かってくれたかな?


「いいなぁ……」

「お前、凪さんとどういう関係なの???」

「俺も料理ちゃんと作ってたら、三橋さんに褒めて貰えるのカナ……」

「唐揚げ美味しかった~! ありがと風間くん!」

「…………」




 あぁ、もうっ!!!!!



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