第2話 動悸、再び

「でさー! そしたらカケルが飛び出してきてさ、言うんだよ! 『過去から逃げるな!!!』ってな! 胸アツだろ!?」

「そだねー」

「やめろそれ、結構古いだろ!」

「今のネタ拾えるんだ、すご」

「凄くないわ! んで、どうよ」

「まあ確かに胸アツだな。でも……」

「でも?」


 次の言葉を紡ごうとした、その瞬間。


「はい皆、席着けー! 今日は転校生が来るんだ。初対面くらいはお行儀良くしとけよ~」

「初対面って何よ先生! 私達はいっつもお行儀良いでしょ!」

「分かった分かった。じゃあ一旦喋るの止めとけ!」


「あー良い所なのに! 次の休み時間に聞かせてもらうからな!」

「覚えてたらね」


 先生が教室に入ってきて、柳下は席に戻っていく。まぁ別に自分が言おうとしていたことは大したことでは無い。って。そう言いたかっただけだ。


「よし、静まったな。皆が静かになるまでに6秒かかりました」


 早いな。


「今日は特にお知らせとかはありません。あ、移動教室があるくらい」

「でも? でも?」

「あぁそうだ。今日から転校生がこのクラスに来ることになった。早速入ってきてもらおう!」


 そう言って先生が教室から出ていく。きっと転校生を一度迎えに行ったんだろう。


「性別まだ聞いて無かったから楽しみ!」

「女子がいいな~」

「さいてー」

「うっせ、お前だって男が良いだろ」

「別にあたしも女の子でもいいもーん」

「じゃあ、そことそこ。女子決定で」

「何を決めてんだお前らは」


 テンションの高い会話がそこかしこで行われている。それは隣の席の高平も例外では無いようだった。


「風間、転校生とか来たことある?」

「無いなぁ。だから自分もちょっと楽しみかも」

「分かる! 転校していった奴なら居たんだけどさ。風間は?」

「転校していった奴……うーん、覚えてないなぁ」


 時の流れとは残酷なもので、過去の。特に小学生の頃の記憶など微塵も覚えていない。これは単に自分が忘れすぎなだけだと思うけれど、本当に何も覚えていないのだ。きっと卒アルでも見れば思い出すんだろうけど、今どこにあるのか分からない。


 そんなことを考えていると、勢いよくスライド式の木扉が開け放たれた。


「さ、入ってくれ」

「失礼します」


 転校生はしっかりとした足取りで教卓の前まで歩いてくる。


「自己紹介してくれるかな? チョークとか、使ってくれていいから」

「はい」


 転校生は女子だった。一番後ろで端のこの席から見ても艶やかで黒く長い髪の毛を下ろし、見ない顔だというのにこの学校の制服がばっちり似合っている。声質は柔らかめ、顔立ちもかなり整っている方だと思う。


「初めまして。私の名前はなぎ 美愛みちかと言います。好きな食べ物は、からあ……く、クレープです。えっと、これからよろしくお願いします」

「「「「「「「「「「宜しく!!!!!」」」」」」」」」」

「はい! ありがとう。それじゃあ、席に着いてもらうんだけど……おい~、昨日の内に机と椅子四隅のどこかに出しとけって言って無かったか~?」

「言って無いです!」

「言って無かったらごめんなさい。それじゃあ……風間! その左後ろに寄せてある机と椅子を自分の席の隣に持って行ってくれ! すまんな」

「あ、了解です」


 机と椅子を引き摺って四隅の中で左後ろの位置に持ってくる。


「本当は前の方に座ってもらおうと思ってたんだけどな。その方が俺も覚えやすいし……まぁどこでもいいか。視力とかは?」

「いえ、問題ないです」

「それなら良かった。今、風間が動かしてくれたとこにしばらくの間は座っていてくれ。次の席替えまでだな」

「はい。では、改めてよろしくお願いします」


 そう言って、こちらへ歩いてくる。段々と顔が良く見えるようになってきて一つ思った事、凄い可愛い。皆の視線が凪さんの方へ向いて動いている。と思ったけれど、次第に自分に向けて男子陣から恨めしい視線が送られている事に気が付く。やめろ、おい。高平も真顔でこっちを見て来る。正直、真顔の方が怖い。


 椅子を引いて凪さんは座る。通った時に柔軟剤か何かの柔らかないい匂いがした。


「よろしくね!」

「あぁ、宜しく。凪さん? だったよね。自分の名前は風間かざま 涼介りょうすけ。なんて呼んでくれても大丈夫」

「風間、涼介くん……」

「……え、なに?」


 じっと顔を見つめて来る。




 ドクン




 心臓の音がはっきりと聞こえた。


「…………ううん、何でもない。よろしくね!」

「あ、うん……よろしく」




 ドクン




「それじゃあ、授業の準備しとけよ~。まぁ俺担当だから今日は少しくらい準備遅れても何も言わないが」

「先生ありがとう!」

「感謝は良いから準備しろ~」


 先生が黒板に書き始めている。歴史の授業だ、教科書を用意しないと……


「……おい、大丈夫か? なんか体調悪そうだけど」

「あ、あぁ。大丈夫……」




 ドクン




 昨日と同じ症状が出ている。なんだ、何か病気なのかもしれない。しかも心臓のだ。もしそうだった場合……かなり早急に対応しないといけない。でも、そうじゃなかった場合……先生に迷惑かけてしまう。何より、恥ずかしい。


「はぁ、はぁ」

「お、おい? マジで大丈夫か? 先生呼ぼうか?」

「い、いや。多分、一時的な、しょうじょ……ぅっ!? はぁ、はぁ……」


 駄目だ。意地を張ってはいけない、これは本当に駄目なやつだ。


「先生、呼ん……」

「先生」


 凛とした声が教室の中を突き通って先生の耳に届く。


「ん、なんだ?」

「風間くんが具合悪いようなので保健室へ連れて行きます」

「あぁ、ありがとう。風間大丈夫か? でも凪はまだ保健室の場所……」


 先生が言い切る前に自分は凪さんの肩に腕をかける形でゆっくりと歩き出す。気持ち悪いわけでは無い。ただ……心臓の動悸と頭痛が激しい。何か、何かに襲われているような感覚さえある。


「大丈夫?」

「う、うん。大丈夫……じゃないかも」


 転校してきた同年代の女子に肩を貸されながら保健室へ行く。何とも形容し難い気持ちになりたいものだが、本当に体調が悪い。さっきよりも激しくなっている。




 息も絶え絶えになりながら、ゆっくりと急いで保健室へ赴いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る