第7話 古今跨ぎの攻守交替

「買ってきたよー!」

「申し訳ない、ありがとね」


 クレープを買ってきてくれたようだ。良かった、間に合った。みちかは僕が頼んだほうを渡してくれようとしている。


「あ、ちょっと待ってね」


 クレープを受け取る前に手に持っていた財布を開いてお金を取り出そうとする。でも、みちかはクレープを持った手で僕の手を制止してきた。


「今回は大丈夫! だって、私が目をつけた奴だし!」

「え、でも……」


 流石に申し訳ない。もともとこれは僕が何でもするという事で提案されたもの。それなのに、逆に僕が頼んだもののお金を払ってもらったら悪すぎる。


「いいの! 久しぶりに二人で遊ぶ記念だよ!」

「その」

「りょうはさ、気にしすぎなんだよ」

「……え?」

「りょうが思ってるほど人は人の事嫌いになったりしないし。嫌いな人には好意を向けたりしないよ」

「あ……」


 …………確かにその通りだ。というか、自分なら嫌いな人とは距離を取る。でもみちかは、僕と距離を取らない。むしろ昔みたいに遊びに誘ってくれている。


「ほら、受け取って!」

「あ、ありがとう」


 素直に、素直に受け取る。渡してくれたクレープは重かった。


「それじゃ食べながら行こ~!」

「う、うん」


 未だに分からない場所へ向かいながら、クレープを食べる。イチゴの果物特有の甘味と酸味が、濃厚なクリームとマッチして味が非常にまとまっている。やっぱり、変にいじってある映えを意識したスイーツよりも何倍も美味しい。


「ん~! 美味しい!」

「ね、めちゃくちゃ美味しい」

「ねぇ、ちょっと上げるからちょっと頂戴?」

「えっ」


 え、それ言ってる事分かる?どう見ても間接キスになるよ?ど、どういう意図?


「そ、それは……?」

「あれ、嫌だった?」

「あぁいや! そういうわけじゃなくて!」

「ん~? あ、本当に私がくれるのか疑ってるんでしょ! 確かに昔あげなかったことあるけど、それはごめん!」

「あ、いや……」


 ダメだ、完全に食い違ってる。かと言って、『間接キスになるから躊躇ってます』なんてこと言えるはずが無い。言えたら多分そいつは頭のネジが飛んでるか、一回も恋したことない奴か、あるいは恋しすぎな奴だ。


「はい、先食べていいから! あ、嫌だったらいいけど……」

「えっと……」


 何でその悲しそうな顔できるんですか? え、恥じらいゼロ? 小学校の頃のままだと思ってる? 違うよ。自分もみちかも、高校生になったんだよ?


 そんな自分の脳内を置き去りにして、みちかはクレープを差し出している。


 …………もう、なんか。どうにでもなれ!!!


「そ、それじゃあ、えと……た、食べるね?」

「うん。いいよ! でも食べたら私にも一口頂戴ね?」

「は、はいぃ」


 端っこを一口齧る。ただのクレープ生地だからか、ドキドキして頭が白かったからか分からないけれど、味はしなかった。


「どう? 美味しい?」

「お、美味しいです……」

「良かった!」

「……ど、どうぞ」

「ありがと! ん……ん~! イチゴも美味しいね!」

「あ、あはは。美味しいよねぇ……」


 思考を放棄。ダメだ、頭が爆発してしまう。うぅ、しかもけっこうしっかり食べてる……


「ん? 食べないの?」

「た、食べます」


 なるべく無心でイチゴクレープを頬張る。美味しい、美味しい。


「直ぐなくなっちゃったね」

「ほ、ほんとだ」


 ふと我に返る。我ながらあの状態からの完食が早すぎる。


 ……あぁ、そうだった。これを出さないと。


「はい、これ」

「ん? え、これ!」


 肩下げ鞄から、さっき買っておいた唐揚げ串を取り出す。勿論、紙袋に包まれていて直では入っていない。ただ、紙袋の上からでもまだ温かさを感じることが出来る。


「な、何で?」

「食べたかったら」


 嘘だ。本当は緊張して、食べ物は喉を通らない。


「だからみちかにもあげるよ」

「え、でも悪いよ」

「あんまり好きじゃない?」

「え! いや、そんなことない!」


 知ってる。小さい頃から、みちかは唐揚げが大の好物だ。転校してきたときに好きな食べ物はクレープって言っていたけれど、弁当の具材で(冷凍の)唐揚げをとったことで思い出した。


「だったら食べて欲しいな」

「あ、ありがとう。じゃあせめてお金……」

「みちか」

「うん……ありがとう」


 財布を出す手を制止し、包み紙をとった唐揚げ串を渡す。そして、自分の分も包み紙をとって頬張る。


「うん。美味しい」


 隣を見ると、恐る恐る唐揚げを口に運んだところだった。やっぱり、いつ見ても唐揚げを食べているみちかはかわ……いや、何でもない。


「ん~美味しい! りょう、超センスある!」

「あはは、ありがと」


 本当にありがたい話だ。今でもこうして仲良くしてくれるなんて。みちかはこの関係に戻してくれる気遣いをしてくれたんだ。下手な事を思って、下手な事をして、この関係をまた濫觴らんしょうに戻したくない。


「美味しかった~!」

「クレープも美味しかったよね」

「もちろん! でも、りょうが喜んでくれてよかった!」


 それは、逆だよ。僕が思うべきことだし、思っていることだ。


「ん、着いた!」

「ここは…………」


 決して大きくはない、でも設備も整っていて綺麗に保たれているアミューズメントパークが眼前に広がっていた。なんだか、懐かしい感じもする。


「ここ、改修工事がこの前終わったばっかりなんだって! ここにどうしてもりょうと来たかったから、誘ったんだ~!」

「っ……そ、そうなんだ」


 やめてくれ。そんな言葉を気軽に男子に対して言うものでは無い。


 まして気持ちも接し方も分からない女の子から言われたりしたら、僕のぐちゃぐちゃの心は取り返しがつかなくなる。


 ダメだ、話題を変えろ。


「…………なんか、懐かしい感じするな」

「おー! 気づいた? ここ、私達が初めて外で遊んだ場所だよ!」

「え、そうだっけ?」


 意外な所で話題の糸口が掴めたみたい。危なかった、これで気持ちの整理も付けられるというものだ。


「昔来た時は、りょうが手を引いて色々連れてってくれたんだよね! まだ小さかったから、私達だけで乗れる乗り物は少なかったけど」

「あ……」


 思い出してきた。確かに昔自分はみちかの手を引いて遊園地を回った記憶がある。特別な何かがあった訳では無かったし、ここだったかまでは覚えていないけれど。


「行こ!」

「あ、ちょっ……」


 ちかは僕を連れてどんどん中へと進んでいく。入場料は要らないみたい。


 恋人同士でもないのに繋がっている手が恥ずかしい。小さい頃自分がやっていたと考えると小さい頃の無邪気さも、大人になってからの感性も怖くなってくる。

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