第22話 ファタルたちの殺し愛婚姻譚

 決闘は結局、ジークフリートが「俺から無理を言って頼み込んだ決闘だったにもかかわらず、シヴを殺すなどと……本当に軽率なことを口にした。婚約者のアルヴィア殿下が怒るのは当然だ。すまなかった、二人共」と、アルヴィアとシヴに頭を下げ、自ら降参を申し出たことで幕を下ろした。

 我を忘れるほどに激怒していたアルヴィアも「私の方こそ、突然二人の邪魔をしてしまって本当にごめん。ジークフリートさんの冗談をつい、真に受けてしまった。今後は十分に気をつける」と、シヴとジークフリートに謝ると共に、己の理性の突飛さを深く反省した。


 それからビルスキルニル城で一夜明け。ジークフリート及び、ベルトランとレーニエが城を発つことになった。ジークフリートは正式にメリア王国との同盟を結ぶ足がかりを作るため、王城に入れるかどうかはわからないが、一度王都ソラニエへ挨拶しに行くという。

 三兄弟の中で唯一、王妃とまともに会話することを許されているレーニエはその付き添いで、嫌々ながらも半ば強引に連れていかれることとなった。


 城門の前にて、ジークフリートは見送りに来たアルヴィアとシヴを振り返り、不敵な笑みを浮かべる。


「アルヴィア殿下との婚約はまだ諦めたわけじゃない。そして、アルヴィア殿下だけでなく、俺はシヴも欲しくなった!」


 ジークフリートは堂々と宣告する。ベルトランとレーニエは呆気に取られていたようだが、相変わらずシヴは真顔で「そうか。アルヴィアは譲らんがな」と短く言い捨てていた。

 そんな彼らの姿を目にしたアルヴィアは、何だか無性に可笑しくなって、くすくすと笑いを零す。


 アルヴィアたちの反応を微塵も気にした風もなく、ジークフリートはアルヴィアとシヴの肩を満面の笑みで叩いた。


「いつか必ず、二人まとめて口説き堕としてみせる。だから覚悟していろよ? それと、我が国ニーベルンゲンにも近いうちに招待するからな! 楽しみにしておいてくれ。それじゃ、また会おう!」


 そう眩い笑みを弾けさせると、まるで嵐のようにアルヴィアたちの前に現れたジークフリートは、如何にも気が乗らなそうなレーニエを引き摺って、やはり嵐の如く去って行った。

 ジークフリートを見送りながらも、ベルトランが呆れたように頭を抱えて溜め息を吐くと、半眼でアルヴィアとシヴを見やる。


「はあ……とんでもない王に目をつけられちまってんじゃねぇか、てめぇら。ジークフリート王は下手したら東方ラムヌス全土を巻き込んで戦も起こし得る、相当の遣り手だぞ。上手く躱せんのか?」


 そう尋ねてくるベルトランにアルヴィアとシヴは一度顔を見合わせるが、すぐに二人揃ってベルトランを振り向く。


「ベルトランがいるから、大丈夫だよ」

「ベルトランが何とか上手くやるだろう」


 確信めいた声で二人は頷いた。それにベルトランは、口をはくはくと何度か開閉させて、また大きく溜め息を吐き出した。


「こんっの、能天気どもが……! はあ、もういい! 俺はリシャール共々、メリア王国軍の様子を見てくる。てめぇら、くれぐれも俺が留守の間に殺し合いなんぞするんじゃねぇぞ!」


 そう怒鳴り散らして、ベルトランもビルスキルニル城を後にした。


 全員の見送りを終えたアルヴィアとシヴは、再び互いに顔を見合わせてしばらく見つめ合うが、先にシヴが神妙な顔をして口を開いた。


「アルヴィア。あれは、殺し合ってもいいというベルトランなりの気遣いだな。違うか?」

「流石シヴ、ご名答。ベルトラン、息抜きしていいって。さて、いつもの場所に行こうか」

「ああ」


 すぐに互いの意見が寸分違わず一致した二人は、迅雷の台地を目指してどちらともなく歩き出す。


「ジークフリートさんのお誘い、結構興味あるんだよね、私。フレスヴェルグの遺産集めのためにも宝剣グラムのことをもっと知りたいし。シヴはどう思う?」

「同感だ。ニーベルンゲンとやらを訪ねるのも悪くない。おれも南方ラムヌスには行ったことがないから、他のフレスヴェルグの遺産の情報も得られるかもしれんしな」

「よし。じゃあ、機を見てニーベルンゲンに行こうか。ベルトランたちも連れて。ジークフリートさんの本気も見れるかもしれないし……また楽しみが増えたね」


 笑うアルヴィアに、シヴが流し目で視線を寄越す。


「おれの楽しみはやはり、おまえとの殺し合いだがな。少しの間だったが、ジークフリートとの手合わせでまた思い知った。この世界でおれを殺せるのは、アルヴィアしかいない」

「うん。当たり前だよ」


 アルヴィアはシヴに顔を向けて真っ直ぐな視線を突き刺し、艶やかに微笑む。


「鷲獅子王シヴを殺すのは、私だ。私しかいない──私はシヴを、殺したいから」


 アルヴィアは密かに、たった今発言したいずれかの言葉へと、強い情念を込めた。

 その言葉はアルヴィアにとって、たまに思いがけずぽろりと零してしまうものではあるが、一世一代の告白にも近いものだった。それを意識したせいか、少しだけ声に緊張の色が滲み出てしまった気がする。


「ああ──それでこそ、おれの婚約者だ」


 アルヴィアの秘めたる情念がこもった言葉を受けたシヴは、相変わらず鉄仮面の如き無表情のままで。

 しかしシヴは、アルヴィアが向けた視線を真っ直ぐに受け止め、シヴ自身もアルヴィアに顔を向けて真摯に見つめ返しながら頷いてくれたので、アルヴィアは己の秘めたる想いが伝わっていようが伝わっていなかろうが、どうでもよかった。


 何故かほのかに熱を持った顔を悟られぬよう、ふとアルヴィアは視線を逸らすと、私兵団の騎馬を引き連れたジオンの姿を見つけた。おそらく、領地の巡察中に一休みしに来たのであろう。

 アルヴィアは手を振りながらジオンのもとまで駆けていくと、「迅雷の台地まで馬を貸してくれない? ジオンさん」と声をかける。

 ジオンは如何にも嫌そうな顔をしてアルヴィアを振り返った。


「げっ……じゃじゃ馬姫。嫌ですよ。というか、きみ。また鷲獅子王と殺し合いでもするつもりでしょう?」

「あれ。なぜバレた」

「顔に出てんですよ、その阿保面に。あといい加減、俺の領地くにで好き勝手暴れ回るのやめて欲しいんですけど」

「まあまあ、そう言わず。実はトネル砦に、とっておきの酒を隠してるんだ。私たちの殺し合いを肴に、一杯やってよ」

「はあ? 最悪過ぎんでしょう、その肴。……まあ、酒は貰っときます」

「ありがとう、ジオンさん。さあ、行こう! シヴ。ジオンさんのとこのハールバルズ馬は風のようにはやく駆けるんだ!」


 アルヴィアは、ゆっくりと歩いてくるシヴに、にかりと満面の笑みを浮かべて呼びかける。


「……ああ。今、行く」


 アルヴィアに名を呼ばれたシヴが、ゆるりと頷いたかと思えば——微かに。ほんの微かに、笑った気がした。

 眩しいものを目の当たりにしたかのように。まろくて、柔らかく、あどけない少年のような笑い顔が、刹那に垣間見えた気がする。

 と言っても、それは幻だったのか。もう既に今のシヴの顔は、いつもの鉄仮面の如き無表情にしか見えないのだが。


 アルヴィアは思わず目を丸くして、シヴのまともな笑い顔をほんの一瞬だけでも初めて見ることができた嬉しさのあまり、再び顔が熱くなるのも構わず、大声を上げる。


「わ……シヴ、今笑った! 絶対笑った! どうして笑ったの!? ジオンさん、シヴに変な顔でもした!?」

「! ……笑ってない」

「おい、きみたち。喧しいのでいい加減黙ってくれます?」



 ◇◇◇



 これは、後にラムヌス大陸全土を狂乱と恐怖で震撼させ、「破滅の女ファム・ファタル」と恐れられることとなるおぞましき戦姫と。

 世界で一番やさしい黒いグリフォン「鷲獅子王」の伝説が、遥か未来まで言い伝えられる不思議な異種族の王の。

 フレスヴェルグの伝説を巡る、世界で一番、苛烈でやさしい婚約者たちの致命的な殺し愛婚姻譚。






「殺したい」

 この言葉を、最愛のきみだけに捧げる。

 我々はきっと、互いを殺すため──この世界に生まれてきたんだ。



 fin.



 ──────────

 ※ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。本編は一旦完結となりますが、コンテストの結果が発表され次第、またいつか続きを書きたいなと思っております。

 改めまして、ここまでこの物語を見届けていただき、本当にありがとうございました!

 またお会い出来る日まで!

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鷲獅子王と戦姫の殺し愛婚姻譚 根占 桐守(鹿山) @yashino03kayama

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