第21話 破滅の女の逆鱗
ジークフリートの「鷲獅子王を殺す」という発言に、シヴが「やってみろ」と煽りを含んだ声を発しようとした時。不意に、恐ろしく低い声がシヴの声を遮った。
「おい」
思いがけず己の翼の羽根が総じて逆立った声はいったい誰のものかと、シヴは声の主を振り向く。そこにいたのは、シヴに対峙するジークフリートを天鎚ミョルニルで既に殴り飛ばしていた、人形の如く無表情のアルヴィアであった。
「ジークフリート」
さっきまでは「ジークフリートさん」と呼んでいたはずのアルヴィアが、ジークフリートを明らかに怒気を孕んだ低音で呼ぶ。
途轍もないアルヴィアの怪力を以て、遠くまで殴り飛ばされたところを、ギリギリ宝剣グラムで受け止めて何とか着地したジークフリートは、啞然とした様子でアルヴィアを見つめていた。それにも構わず、アルヴィアはゆらりとジークフリートに顔を向け、不気味な動きで首を傾げて見せる。
「このアルヴィアを差し置いて、何を言っている? シヴを容易く殺せるとでも? ジークフリート。舐め腐りやがって。ふざけるな」
次の瞬間、またアルヴィアの姿が煙の如く消え——瞬きをした間にジークフリートの眼前へと迫ったアルヴィアが、天鎚ミョルニルの
「鷲獅子王シヴを殺すのは、私だ」
いつの間にか、シヴとジークフリートではなく、アルヴィアとジークフリートの殺し合いが始まっていた。おそらく、いつもと全くもって様子が違うアルヴィアは——どうにも、激しく怒っているようだった。その理由はきっと、ジークフリートが「シヴを殺す」という発言を軽率に口にしたからであろう。
初めてアルヴィアが激怒した姿を目の前にしたシヴは、思いがけず茫然としまま、アルヴィアの猛攻に押されているジークフリートを眺める。そこに、ベルトランとレーニエたちが駆け付けた。
「おいおいおい、やべぇぞあれは! 姉上、死ぬほど
「アルヴィアが本気で怒ったの、十数年ぶりくらい? ああなったアルヴィアは、正直手がつけらんねぇからな……どうしたもんか。収まるまで待つ? 普段めちゃやさしい女の怒りはまじで怖いぞ。ほれ見ろ、俺の腕。鳥肌と震えがやば過ぎて笑えてきたわ」
「一周回って笑ってる場合かバカ! あと、収まるのを待ってる間に、ジークフリート王が手遅れになんだろうが! ……こうなったら、シヴ。もうてめぇしかいねぇ! とにかく姉上を止めてくれ!」
ベルトランとレーニエが、いつになく焦った様子でシヴを振り向く。
シヴは思わず興味深いと言わんばかりに、ジークフリートを今にも殺してしまいそうなアルヴィアを見つめながらぽつりと呟いた。
「やはり、アルヴィアは怒っているのか? ……怒っている姿など、初めて見た」
額に青筋を浮かべ、不気味さを感じるような無表情のまま、天鎚ミョルニルをいつも以上に豪快に振るうアルヴィアに釘付けになったシヴは、無意識のうちに片手で下腹部を押さえた。
「怒っている姿もなかなか、クるものがあるな。うん……正直下腹部に電流が走った。天鎚ミョルニルの
「わかる。興奮するよな。あの顔で上に乗ってこられたらもう」
「もう黙れ変態カス共! いいからあれを止めろォ!」
謎の共感を得て、アルヴィアを見つめながら頷き合うシヴとレーニエの尻を、ベルトランが思い切り蹴飛ばしてくれたおかげで、シヴはようやく我に返った。
「わかった。今日の迅雷の台地の天候なら……いけそうだな」
シヴはそう言ってベルトランたちに頷いて見せると、静かに目を伏せた。
僅かに雲間から差す陽の光の温もりに意識を集中させると、シヴの姿が徐々に変容していく。身体は何倍も大きく巨大化して、人型だった肉体が立派な黒獅子の体躯と成り、顔は凛々しい黒鷲のものへと変化した。
完全に「グリフォン」そのものの姿へ戻ったシヴは、驚愕のあまり言葉を失っているベルトランたちを残し、アルヴィアのもとへと飛び立った。
そして、一方は怒り、もう一方は戸惑っているという、ちぐはぐな殺し合いを未だ繰り広げる二人の間にシヴは降り立つと、大翼をはためかせて辻風を巻き起こす。
突如現れた、美しく黒いグリフォンにようやく気が付いた二人は、啞然とした顔でシヴを見上げてくる。シヴはアルヴィアの小さな顔に、己の嘴を寄せて、極め付きにはこう言い放った。
「あたしのために、争わないで」
シヴのそのたった一言で、今の今まで我を忘れるほどに激怒していたアルヴィアは打って変わって、声を上げて笑い出した。
「ふ……っははは! なに、それ! やっぱりシヴは面白いなあ。しかもその姿、久々に見た! 嬉しい。次殺し合う時も見たい」
アルヴィアは、ついにはジークフリートそっちのけでシヴに駆け寄る。
未だ啞然としているジークフリートのもとにはベルトランたちが駆け寄って来て、ジークフリートの心配をしながらも謝っているようだった。
ジークフリートは片手を上げて「大丈夫だ。むしろ謝罪するのはこちらの方だよ。……はは、出過ぎた真似をしてしまった」と、息を荒げながらも長い髪を掻き上げて、目元を赤らめた恍惚とした表情と共に、ひどく興奮したような声を漏らした。
「なかなか手強いお姫様だ。なるほど……『
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