第20話 鷲獅子王と肥沃王の決闘
翌日。ここ十年は、現在のような真昼の時間帯でも、迅雷の台地は薄暗闇を纏った雷雨にさらされていることが多かったが。本日の迅雷の台地は、シヴがアルヴィアへと婚約を申し込んだ日と全く同じ、ほんの僅かだけ晴れ間が見え隠れしてはいるが、分厚い雲に覆われた曇天であった。
シヴは、迅雷の台地の中心にて、宝剣グラムを既に構えたジークフリートと対峙していた。
今朝、王都ソラニエより急いで迅雷の台地まで駆けつけてきたレーニエも加わった、アルヴィアやベルトランたちは、ここより離れた位置でシヴたちを静かに見守っている。
ジークフリートに申し込まれた決闘のルールは単純。ジークフリートがシヴに降参を申し出るか、ジークフリートがシヴから一本でも勝ちを取ったら、アルヴィアがジークフリートとの婚約を考え直す機会を設けるというもの。そのルールをアルヴィアはあっさりと承諾したので、ベルトランが焦っていたが、シヴ自身も何とも思ってはいなかった。
勝ちを取られる。それすなわち、シヴがジークフリートに殺されるということと同義。
(おれを殺すことができるのは、アルヴィアしかいない)
シヴは内心で、十年前アルヴィアと出逢った時から確定していた「この世の理」を当然の如く呟くと、深く息を吸った。すると、みるみるうちに、シヴの両腕は鷲の鉤爪に変容し、上衣をはだけさせた背中からは大翼が生え、獅子の尾が腰の辺りで揺れる。
そうして、息を鋭く吐き出した刹那。シヴとジークフリートが一気に距離を詰めて衝突し、迅雷の台地を攻撃の余波の轟音で大きく揺さぶった。
ジークフリートが大地を操って膨大な質量に任せた攻撃を放ってくるが、シヴはそれらの攻撃を己の大翼を駆使して軽々と躱し、同時に反撃を繰り出す。シヴとジークフリートは互いに一歩も譲らず、接戦を繰り広げていた。
そんな中でも、密かにジークフリートがシヴへと何やら問いかけてくる。
「鷲獅子王シヴもアルヴィア殿下にご執心なようだが。人類の破滅はもういいのか?」
「? 何を言ってる。おれは人類を皆殺しにするぞ」
挑発のつもりで口にしたのであろう問いかけに、意外な答えが返ってきたらしく、ジークフリートが目を丸くした。構わず、シヴは攻撃の手を緩めないまま語り続ける。
「ただ、アルヴィアが死んだ後の話だな。それは。おれは人類なんぞ、いつでも皆殺しにできる。だが、人間共は短命だ。そしてそれは、アルヴィアも然り。だからおれは、アルヴィアに婚約を申し込んだ」
「……というと?」
「人間の理で婚約とは、誰よりも優先されて人生を共にすることができる契約なんだろう?」
シヴの確認に、ジークフリートが神妙な顔で小さく頷く。
「おれに匹敵する強さを持ち得ていようが、短命な人間であるアルヴィアもすぐに死ぬ存在だ。ゆえに容易い人類の皆殺しよりも、アルヴィアの残りの人生の全てを共にすることを優先した」
ジークフリートの宝剣グラムが、シヴの夜闇より濃い大翼を狙う。
「人類などいつでも皆殺しにできる。だが、アルヴィアは今しかいない」
シヴはジークフリートの宝剣グラムを鷲の鉤爪で受け止めると、火花を散らして弾き返した。
「おれはもっと、アルヴィアを知りたい──そして、何よりも。アルヴィアと死ぬまで殺し合いたいからな」
シヴの鉄仮面の如き無表情は、やはり、微動だにしない。しかし、その琥珀色の猛禽の眼差しには確かに、明らかな熱情が火花を散らすように迸っていた。
──まるで何かに心奪われ、夢中でその「何か」を追って無邪気に駆ける少年のような、あどけなさ。
そんな眩い光を煮詰めた少年の如き眼差しをしておいて、「アルヴィアをもっと知りたい」「死ぬまで殺し合いたい」と語るシヴを目の当たりにしたジークフリートが、思いがけずといったように可笑しそうに噴き出した。
「それではシヴ。お前はまるで、本気で彼女に──いや。こんなことを俺の口から言うのは、とんだ野暮か」
◇◇◇
二人の決闘を遠くから見守るアルヴィア一行。
ベルトランが二人から放たれる強烈な攻撃の余波にあおられながらも、僅かに歯を食いしばって小さく唸った。
「やっぱフレスヴェルグの遺産の適合者は半端じゃねぇ……敵には回したくねぇな」
「それについては俺も同感。アルヴィアはどう思う? ジークフリート王」
「そうだね……これは勘だけど、ジークフリートさんはまだ手の内を隠しているように見える。それも踏まえると、あの人の力の全容は未知数だ。警戒するに越したことはないと私も思うよ」
「だよなあ。ジークフリート王、何となく胡散臭く見えるし」
「胡散臭ぇのはてめぇもだ、兄上」
ジークフリートについて兄弟間の見解を共有していると、ふと。シヴたちが数秒間だけ、アルヴィアたちに急接近した。そんな中で、柔らかな笑みを浮かべていたはずのジークフリートが瞬時にその笑みを消して、まるで別人の如く冷徹な目になった瞬間が、アルヴィアの視界に入る。
「そうか。お前たちのことは深く理解した。そうであるなら……俺が、アルヴィア殿下に選ばれるには。やはり、鷲獅子王を殺す他ないようだな」
ジークフリートの凍てつくような低い声が、確かにアルヴィアの耳に入って、アルヴィアは大きく目を見開く。
「……あ?」
同時に、アルヴィアから聞いたことも無い、地を這うような低い声が大きく漏れ出て、それを間近で耳にしたベルトランとレーニエの肌を粟立たせた。
そして、二人が瞬きをした次の瞬間には、アルヴィアの姿は煙の如く消えていた。
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