第6話「山の頂の村・5」

「宗治君の想像通り、君が向かおうとした先、瓦礫の先にあるんだよ。廃村がな。」


俺は目を細めて、静かに頷いた。

やはりと言うか、予想通りの答えだ。

俺は外れるかもしれないが、ある事を口にした。


「口減らし、ですか?」

「………分かっちまうか?」

「こういう話には付き物でしょう?」


「だよな……」と悲しそうな顔をして、竜馬さんは灰皿に煙草を押し付けて、2本目の煙草に火を着けた。


「山の神様への生け贄、だとさ。当時の村長も苦渋の決断だったんだろうが……馬鹿馬鹿しいこった。そんなもん、ある訳ねえだろうに……。」

「でも、やってしまった。」

「残念な事にな。年齢はバラバラ。数年続けた頃に、今度はある異変が起きた。」


続きは何となく分かったが、俺は敢えて口にすることなく、竜馬さんの言葉を待った。


「………出るんだとよ。生け贄に差し出した人達が夢の中で、どうして俺達を、ってな。」

「………村での病気とかは?」

「やっぱ鋭でぇ坊主だ……。出たよ。ご想像通り、病気と、変死。当然騒いだんだ。生け贄にされた人達の呪いだ、祟りだ、ってな。」

「自分勝手な……。」

「そう。自分勝手だ。大方、人を殺した事実……罪の意識から来た集団心理だの、流行り病の時期だのが重なっただけの偶然だろうな。だが………」


竜馬さんは煙草を灰皿に押し付けて、どこか曖昧な顔を浮かべていた。

何となくだが、俺が想像してる事を言いたくないのだろう。


「………居なくなってたんですね、生け贄が実際に。」


竜馬さんは苦い顔をして頷いた。


「……そうだ。それがどんな原因なのかは今も分からねえ。無理矢理逃げ出したのか、誰かに助けられたのか、或いは……本当に山の神様に連れてかれたのか……。だからだろうな。病気や変死、夢に出てくる生け贄にされた人達。住んでた村を逃げ出したってのに、罪の意識から、そいつらはその恐怖からは死ぬまで逃げられなかったんだ……。」

「こんな場所を作ってまで、ありもしないかもしれない出来事に縛られて……。」


憐れむでもなく、淡々と言うと竜馬さんは「そうだな。」と3本目の煙草を吹かす。


「竜馬さんは、この話を信じてるんですか?」

「信じるも何も、あるんだからな。現物が。胸糞悪い話だが、本当にあったんだろうよ。宗治君はどうなんだ?」

「竜馬さんと同じですよ。現物があるなら疑いようが無いですし。」

「見るか、実際の村を?」


そこで竜馬さんは妖しく微笑んだ。

俺は先程見た光景を思い出す。

二又の道、左側に伸びた道に積み重なった、瓦礫の山。

想像する。そこに住む者達が捨てた、朽ちているであろう廃村を。

今度は此処から見える村への入口を。

そこから夜な夜な現れる、


好奇心に駆られ、口元が邪悪に歪むのを感じた。だが……


「止めときます。知りたい事を知れた。俺はあの暴走列車明日葉じゃない。好奇心に殺されるのだけは御免ですよ。」


それらを収めて、俺はいつもの様に緩く微笑む。

それを見た竜馬さんは呆れたような顔を俺に向けた。


「さっき、絶対に入ろうとしてたじゃねえか……。」

「知りたい内容が別の形で知れたから良いんですよ。竜馬さんいなきゃ、一人で調べてたかもしれないですけど。」


それを聞いた竜馬さんは一瞬呆気に取られた後、「なら、止めて正解だったな。」と豪快に笑い出した。


◆◆◆


その後、俺は山を歩いて下山……ではなく、竜馬さんの軽トラで家まで帰宅してる途中だった。

俺達が気付けなかっただけで、どうにもあの広間には車で入れる道があるらしい。


「まあ、見つからん様に隠してるんだけどな。お前さん達があの道を通ってきたのはある意味当たり前なんだよ。あの小屋、俺の家で管理してるもんだし、1年に1回の監視云々は別にして寝泊まりしに行くくらい気に入ってるんでな。誰かに荒らされたら溜まったもんじゃねえ。」


竜馬さんは機嫌よさげにそう言った。

俺は竜馬さんに微笑んでから、外の風景を見る。

車の外の風景は段々と見知った風景へと変わっていく。あと少し走れば江崎に着くだろう。


「今日あそこにいたのは、どちらの用事ですか?」

「まあ年に1回の監視の方だ。ここは右でいいのか?」

「はい、ありがとうございます。」


「はいよ。」とだけ答えて、竜馬さんは右に曲がる。

江崎に着いた。家まではあと少し。


「…………小屋での話の続きなんだけどよ。」

「はい。」

「笑わないか?」

「笑わないですよ。」


ここまで来て、今更笑う様な事でもない。

そういう意味も込みで返すと、彼は一呼吸置いてから口を開いた。


「宗治君は、生け贄になった人達の怨念ってぇのは、あると思うか?」


運転してる竜馬さんの顔を見る。

たしかにオバケがいるのかいないのか……、偏見かもしれないが、この年代の方は、そういうのを信じるという人が少ない。

ふざけて聞いてる訳ではない様だった。

俺は少しだけ考えてから、思っている事を口にする。


「俺はある、いや……あっていいと思いますよ。」

「あって……いい?」

「はい。彼らはどうあれ、自分達が生き残りたいが故に、勝手な理由で他の生きたいと思う人を殺して生き残ったんだ。その夢に出てきた人達が本物であれ、幻であれ………彼らはその怨念に苦しむべきだ。」


暮らしていた村を捨ててまで生き残ろうとした人達。

彼らがどれだけ悩んで、どれだけ苦しんでその願いを出したのか、俺が知る機会は無い。

ただ、自分の考えがただの綺麗事だと分かっていても、そいつらは


「それで「自分達は苦しんだ」、「本当はそんな選択をしたくなかった」だの、そんな物は他人から見ればただの理不尽な言い訳に過ぎない。

命を奪ったのならば、自分達の犯した怨念には囚われるべきだと、俺は思います。」

「………………。」


そう自分の考えを言うと、竜馬さんは少し驚いた様な顔をしていた。

「竜馬さん?」と声を掛けると、慌てたように「いや。」と返した。


「…………何ていうか、すげー真面目に考えてくれたんだな、って。」

「聞かれたから……、って言うのもありますし、こういうの考えるの、好きなんですよ。そういう竜馬さんは、信じてるんですか?」


そう、少しだけ意地の悪い笑みで聞くと、竜馬さんも意地の悪い笑みを返して、「こんな事聞くくらいには信じてるさ。」と、また豪快に笑い出した。




◆◆◆


「じゃあな。あの2人にもよろしく。また遊びに来てくれ!」

「はい、ありがとうございます!わざわざ山菜までこんなに。」

「良いってことよ、じゃあな!」


家に着いたのは夕方。

俺は竜馬さんと連絡先を交換したあと、山で採れた山菜をいただいて、別れを告げた。

話してみると気が合う人だったのもあるし、今度お礼の菓子折りを持って、また訪ねよう。


「もらった山菜は……まあ、無難に天ぷらかな。中々食べる機会もないし、一旦冷蔵庫にしまって……」


そんな事を考えながら家に入った10分後くらいだろうか。明日葉と美羽、優里さんが家に来たのは。


「おぉ、ぉぉぉぉぉぉぉ………。」

「本ッッッ当にうちのバカ娘がごめんね!毎回毎回!」


頭のたんこぶから煙を出して泣いてる明日葉を軽く睨んでから、優里さんはガバっと頭を下げた。

美羽は美羽で、それを見て苦笑してるけれど。


「まあまあ……、個別でお仕置きはしますし。」

「ゲンコツに加えてまだお仕置きあるの?!」

「あぁん!?」

「ひぃ!?」


俺のお仕置きという言葉に反応した明日葉が優里さんに威嚇されて縮こまる。

この手の事は今回初めてではない。

優里さんが怒るのはもう仕方ないだろう。


「美羽。お狐様は?」

「山を降りたあと、明日葉を何発かパンチして頭突きした後、たぶん、お社に帰って行ったよ。」

「ま、いつも通りか……。」


あのお狐様は危険な場所に行く以外は、棲み家のお社か、部室で寛いでいる。

帰ったという事は、もう大丈夫なのだろう。

俺は怯えてる明日葉に近付いて、邪悪な笑顔を浮かべる。


「じゃあ、行こうか?」

「行く?何処へ?」

「鶯森。」

「…………あー、駅前のラーメン屋?」


俺の笑顔と、鶯森という単語で全てを察したのだろう。

明日葉が冷や汗をダラダラと流して誤魔化そうとしている。

だからこそ、俺は邪悪な笑顔を引っ込め、爽やかな笑顔を浮かべて死の宣告を放った。


「ううん、サンクチュアリ。」

「あー……、明日葉。夕飯は一応作っておくわよ。ピーマンのピーマン詰め。」

「鬼なの!?鬼だよね!?それただのピーマンだよね!なんの可能性も感じないよ!?」

「明日葉、行こう?」


巻き込まれた美羽が、今度は俺の代わりに暗い笑みを浮かべて、明日葉の手を引っ張る。

よし、準備は出来たな。財布取って来よう。


「いや!助けてお母さん!?」

「駄目よ諦めなさい。」

「無慈悲!」


そうして、抵抗する明日葉を美羽と両側から拘束し、俺達は戦場サンクチュアリへと向かった。勿論、俺の奢りで。


「ねえ、美羽ちゃん………。川が見えるんだ………。幸せなのに、嬉しいのに……どうして……、」




◆◆◆


目当てのキングダムパフェが出てきて数分後、明日葉が儚げな笑みを浮かべながら、巨大なスポンジケーキと生クリームの塊の前に散ろうとしていた。だが……


「頑張って明日葉。まだ城門だけだよ。」

「そこは見逃して?!」

「いやー、でっかいなー。これ頼んだやつ、絶対バカだろ。」


「「アンタだよ!!!」」


俺のボケに、明日葉と巻き込まれた美羽が同時にツッコんだ。

その後、こっそりと連絡していた流人、雨宮姉妹と合流し、何とか………というか、小鈴によってあっさりと城は陥落したのだった。

流人には「よくも準備してない時にこんなもん食わせやがったな………。」と睨まれたけれども。




―――――――――――――――――――――


山の頂の村・完

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冬木宗治の継ぎ接ぎの本 時計屋 @tubaki-k01

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