第5話「山の頂の村・4」
「いやぁ、すまねえな……。怖がらせねえ様にと思って気を使ったつもりだったんだが、逆に驚かせちまってよ……。」
「とんでもないです!寧ろ私達の方が申し訳ないっていうか、ねえ明日葉?」
「そう、そうなんですよ。
俺に罪を擦り付けようとした明日葉がお狐様のタックルを鳩尾に受けて悶絶した。
ざまあみろ。
俺達は現在、竜馬さんに案内されて最初にいた広間にあった家に通されて、先程の事で謝罪を受けていた。
見た目はイカツイし喋り方もどこか荒っぽい人ではあるが、悪い人ではないらしい。
俺も明日葉に続いて、緩く笑って大丈夫だと返した。
「俺達こそ謝らなきゃいけないんですからいいんですよ。勝手に入って申し訳ありません。」
「あー、それもあんまり気にしなくていいっつーか、何つーか……、ほら立入禁止の札とかも立ててないし、地元の人間もたまに山菜とか採りに来るからよ。とにかく、気にすんな。な?」
そう言って竜馬さんはクマの様なイカツイ顔でにかっと笑った。
ここまで言ってくれるのだ。これ以上は気にするのを止めることにした。
◆◆◆
「大丈夫なの、宗治?」
「平気だよ。ちょっと痛むだけだから、すぐに帰れるよ。竜馬さんも、休ませていただいてすみません。」
「はは!良いってことよ。嬢ちゃん達、コイツはしっかり俺が連れてくから、今日は先に帰りな?」
俺はあの敷石の上を歩いてる最中、足を引っ掛けて少しだけ足を痛めた事を2人に話し、先に帰ってもらう事にした。
美羽だけはジト目を向けながらも「そういう事なら。」とお狐様を抱き抱え、明日葉を連れて帰っていった。
俺と竜馬さんは2人が帰るのを見届けてから、囲炉裏のある部屋へと戻った。
出されたお茶を受け取ってお礼を言い、口を付ける。
「痛むのかい、宗治君……だったか?」
最初に口を開いたのは竜馬さんだった。
俺は緩く微笑んで、首を横にふる。
「まあ、軽くです。降りる分には何とも無いんですが、一応ね。休める場所を貸していただいて、ありがとうございます。」
「良いってことよ。それに……知りたいんだろ?お前さんが敢えて走っていった塞がれた道の先がどうなってるか。」
竜馬さんは湿布と包帯を手渡しながら、そう言った。
やはり、気付かれていたらしい。
「教えてくれますか?」
「駄目だ。第一、俺が危ねえ人間でないって可能性はちっとも考えてねえのか?」
どうせ教えてくれないだろうな、と大して期待も込めず聞いてみると、案の定の答えが返ってきて、竜馬さんが申し訳程度に凄んだ。
無理してやってるのが見え見えだ。
だから俺は「まったく。」と笑顔で返した。
「本当に危ない人なら、あんなところでわざわざ走ってこないで、隙を見せた所に襲い掛かるだろうし、そうでないにせよ、あんな慌てた顔で止めたりしないでしょう?疑う理由がありません。」
「そ、そうかよ………。」
素直に思った事を言うと、竜馬さんは照れくさそうにぽりぽりと頬を掻いた。
そして、胸元のポケットから煙草を取り出して、俺の方にくい、と向けた。
吸ってもいいか?という事だろう。俺は笑顔のまま頷いた。
「すまんな。吸いながらでないと話す気にもなれなくてよ。」
「平気ですよ。うちの親も吸ってますし。」
「そうか……。ご両親は元気か?」
「海外出張行ってるんです。たぶん、元気だと思いますよ。」
たぶんではなく、確実に元気だ。
毎月1回は現地で撮った奏達ばりにイチャコラした写真が送られてきているのだから。
俺がそれを思い出して苦い顔をしてると、それが面白かったのか、竜馬さんはくつくつと笑いながら煙草に火を着け、ゆっくりと口を開いた。
「………もう俺らが生まれる遥か昔……江戸くらいとか言ってたかな、爺さんは。飢饉があったんだとよ。」
「江戸四大飢饉とか、ですか?」
「爺さんはそうじゃないかって言ってる。江戸時代にあった長期の飢饉……、あんなちっぽけな村じゃあ、持ち堪えられねえだろうなぁ……。」
竜馬さんは煙を吐きながら、窓の外……、俺らが入っていった敷石の道の方を眺めた。
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